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中国で相次いだ無差別襲撃事件 政府が監視を強める「数字」と、漂う“閉塞感”

2024年12月31日 15:00
中国で相次いだ無差別襲撃事件 政府が監視を強める「数字」と、漂う“閉塞感”

無差別襲撃事件が相次いだ2024年の中国。中国政府は「世界で最も安全な国だ」と強調し、その傍らで、ある「数字」で国民を徹底的に監視する。中国社会にまん延する不満と、閉塞感を取材した。
(NNN中国総局 森葉月)

■相次ぐ無差別襲撃事件 背景に見えたある「数字」たち

2024年、中国各地で相次いだ無差別襲撃事件。9月に広東省深セン市の日本人学校で、男が日本人の男子児童を刺殺。さらに11月には同じ広東省珠海市で、男が車を暴走させ35人が死亡。その後も江蘇省の職業専門学校で学生らが無差別に切りつけられ8人が死亡するなど、各地で残虐な事件が相次いだ。

肝を冷やした習近平国家主席は、事態を深刻に受け止め異例の指示を出した。地方政府に対し、国民の安全と社会の安定を図り、治安対策を徹底するよう伝える。その指令に“ある特徴”が見えた。台湾メディアや香港メディアによると、中国政府独自の解釈で罪を犯しやすい人をさまざまな「数字」で表現したのだ。

⚫「3低3少」所得・社会的地位・社会的人望が低いこと。人付き合いや社会と触れあう機会、そして不満を口にできる機会が少ないこと。

⚫「4無5失」「4無」…配偶者/子供/仕事/持ち家などの資産がない人「5失」…投資や貯金に失敗/人生で失意に陥る/正常な人間関係を失う/安定したメンタル状態ではない、など…

⚫「8失人員」職を失った人/男女関係で失意に陥った人/人間関係で不和を抱える人/精神的なバランスを失った人/子供のころ不遇だった人、など…

これらのタイプに1つでも該当する人物を、地方政府が徹底的に監視し、管理を強化して、犯罪の芽を摘む作戦だ。

しかし、子供のころの成育環境が整っていなかったり、恋愛に失敗したりした人が、いわば「犯罪者予備軍」のような扱いを受ける恐れはないのだろうか。

いずれの「数字」にも共通してみられたのが、社会との接点や愚痴を言える環境すら整っていないという“閉塞感”だった。

中国政府が襲撃事件の原因や動機を言及しないなか、中国経済の困窮が生んだ悲劇だとの指摘も聞こえてくる。しかし、それだけではない、自由にモノが言えない空気感に我慢の限界がきているという若者たちの声が聞こえてきた。

■無言の抗議から2年…「表現方法変わっただけ」息苦しい若者

2022年に中国全土で行われた無言の抗議、「白紙運動」。若者を中心に、ゼロコロナ政策をめぐる厳しい行動制限への抗議活動が行われたが、後に当局の網にかかった参加者が続々と拘束された。

「相次ぐ襲撃事件は自由を抑圧されてきた国民の不満の表れの一つ」こう話すのは、北京で行われた白紙運動に参加していた20代の女性。「経済の低迷も一因ではあるものの、自由にモノが言えない空気感がますます強まり、就職難や生活への不安を口にすることすら許されない結果だ。犠牲になった命を思うといたたまれない気持ちになる」と胸を痛める。

また、白紙運動に参加していた別の男性は「天安門事件以来、最大ともいえる政府への抗議活動だった」と振り返る。そのうえで、相次ぐ事件について「国民が公平に政治に参加するすべが、中国では世界と比べて圧倒的に欠けている。怒りや不安が蓄積され、化膿したことが引き金となった結果なのかもしれない。ストレスが総合的に爆発したんだ」と肩を落とした。周囲からも“もう耐えられない”という声を耳にする機会が増えたという。

最後に男性は「モノを言うことをあきらめた中国社会全体がつくり出してしまった結果なのかもしれない」と声を潜めた。

■国民に“点数制度”も 心療内科に通院する若者増加

取材相手の若者がふと放った言葉が引っかかった。「国民には『点数制度』がひも付いているから。学生時代にボランティアに参加すればポイントが稼げる。将来のために必死だったわ…」

この女性は教育学を専攻していた。清掃プログラムやボランティア活動に参加することで、“ポイント数”を獲得していたという。国民一人一人を評価し、点数をつけて判断するこの制度は、例えば学校や地元でボランティアや献血活動を行えば、加点対象に。一方で、犯罪以外にも、スピード超過などの交通違反をすると減点されるという始末。点数が低くなるにつれ、航空機や鉄道などの乗車も断られるなど生活にも影響を及ぼすというのだ。

この“ポイント数”は大学の成績や学部の単位取得に影響するというよりは、一生涯ついて回ることになる、人々の人生を大きく左右しかねない制度だ。

ただ、若者たちが落ち込む原因は社会の閉塞感だけではないのかもしれない。若者の失業率が高止まりし、名門大学を出ても職にありつけない、過酷な競争社会への疲労感の表れか。先日、北京市内の心療内科を訪れると、平日にもかかわらず長蛇の列ができていた。特に若者が多い印象で、人気の医師の予約をめぐって、し烈な戦いが繰り広げられていたほどだ。中国メディアによると、鬱症状を患う患者のうち、24歳以下が65%を占めるという。弱音を吐くことを許さない社会の雰囲気が、若者を圧迫しているに違いない。

■実態を伝える難しさ つきまとうメディアへの“妨害”

2024年の取材中、ことあるごとに「あなたを通報している住民がいる」という、不気味でちぐはぐな声かけがあった。

中国に浸透する愛国教育を取材中、取材先から500メートル以上離れた場所で突如、肩をポンポンとたたかれ「ちょっと話を聞きたい」と声をかけられた。また別の取材中には、利用する予定だったタクシーの運転手に電話がかかり、「日本メディアが何の取材で来ているのか教えてほしい」と何度も尋問したようだ。結果、終日にわたり、運転手の自宅前に張り込んでいたという。いずれも中国当局とみられる。

統制は、われわれ海外メディアだけではないようだ。近年、中国メディアを取り巻く環境も厳しくなる一方だという。中国国営メディアの記者として働く知人に話を聞いたところ、2020年以降、採用試験の際に、留学経験の有無を問われるケースが増えているというのだ。「西側の価値観」を排除し、思想統一を図る習近平政権にとっては一見、有利にみえる留学経験も不利に働くのだろう。こうした思想教育の徹底ぶりに、「目指すべき報道のあり方ではない」と、記者職を辞める若者も少なくないという。

言論統制が強まり続ける中国で生きていく若者を、どう見ているのか。あるインフルエンサーは、こう答えた。「統制の手段も巧妙化している。でも当局がいかなる方法で、情報・言論・SNSを監視しても、若者が情報を手にしたいという欲望は高まり続けるだけだ」

そして、こうも訴えた、「中国の現実にふたをして隠すことで、社会の隅で犠牲を払う人がいることも忘れたくない」

最終更新日:2024年12月31日 15:00