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「私の一票が未来」アフガン女性の思い

2020年11月2日 10:55
「私の一票が未来」アフガン女性の思い

11月3日の投開票日(現地時間)に向け、熱量を増すアメリカ大統領選挙。大国のリーダーが、どちらになるのか世界中で関心を集めています。国や世界の将来を左右する「選挙」。戦場ジャーナリストの佐藤和孝氏が、アフガニスタンでの選挙取材で出会った18歳の女性は「私の一票が未来へつながる」と語りました。

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■大統領選…アフガニスタンでは
アメリカ大統領選挙が終盤戦に入るなか、トランプ大統領とバイデン元副大統領による2回のテレビ討論会が行われたが、第1回目は非難の応酬に終止し過去のテレビ討論会からするとなんともみっともないあぜんとする内容だった。まさに今のアメリカを象徴するカオスが両候補による討論会で見て取れたのではないだろうか。

大統領選挙といえば、アフガニスタンでの選挙を何度か伝えたことがある。アフガニスタンの近代史を探ってみると、1970年代に王政から社会主義国家に移行。イスラム主義主体の国家を標榜する反体制武装勢力ムジャヒディンが組織され国内が混乱すると、旧ソ連軍が1979年12月、社会主義政権を支援する為に電撃的に軍を投入した。戦火は収まるどころかますます激しさを増し、アフガニスタン全土で戦闘が繰り広げられ、内戦は泥沼化していった。

砲弾や銃弾の嵐の中、多くのアフガニスタン人は血の海の中にあえぎ、住み慣れた土地を追われてパキスタンやイランに生きる場所を求めて国外避難民となって国を後にした。社会主義政権とムジャヒディン勢力との間で決着が着いたのが1992年、旧ソ連軍が撤退してから3年後のことだった。

その後、ムジャヒディン政権が船出をするのだが、ムジャヒディン各派の血で血を洗う権力闘争により国民からの信頼を失ったことで、タリバンがアフガニスタンの政権を手にすることとなった。首都カーブルを追われたムジャヒディン勢力はタリバン政権との戦闘を継続するのだが、戦線は膠着状態に陥っていった。


■建国以来初めての国民が参加した自由選挙
そんな最中、タリバンが匿っていたオサマビンラーデイン率いるアルカイーダがアメリカで同時多発テロを起こし、アルカイーダを匿うタリバン政権を壊滅させるべく米国主体の有志連合がタリバンと対立する旧ムジャヒディン勢力(北部同盟という)が彼らと手を組み巡航ミサイルなどでタリバンを攻撃、首都からタリバンを追い出したのが2001年のことだった。それから3年後の2004年に建国以来初めての国民が参加した自由選挙が行われた。

キャプション:2014年に行われた第2回大統領選挙時の投票所の様子

2004年当時のアフガニスタンにおける治安はタリバン戦闘員の活動が今よりもかなり抑え込まれていたこともあり多くの地域で投票が行われた。だが、2004年に選ばれたカルザイ大統領の治世が続く中で政権の腐敗がじわじわと蔓延するに従いタリバンが復活し始めた。特に地方では政府によるコントロールが及ばない地域が拡大していった。

その後に行われた議会選挙などを何度か取材したが、治安の悪化で選挙のための登録所が爆弾テロにあったり、銃撃戦が起きたりで投票出来ない地域が増えていった。これらはタリバンによる選挙妨害なのだ。

アメリカ現地では投票ボックスが燃やされたり、武装したグループが他党員を威圧するなど投票日に向けて物騒な空気が漂っている。アフガニスタンのように爆弾が炸裂したり銃弾が飛び交ったりはしていないものの、民主主義とはなにか蜃気楼のように見えるのはボクだけだろうか。民主主義の基本は参政権、選挙権や被選挙権のことだが、2004年にアフガニスタンで参政権が行使されたのは社会主義政権下で行われた1965年以来39年ぶりのことだったのだ。それは国家の混迷が続いてきたからに他ならない。


■「私の一票がアフガニスタンの未来につながる」
議会選挙投票日に投票所に取材に行くと道の辻辻に武装警官が目を光らせ、投票所の入り口では入念なボディーチェックが行われていた。

キャプション:アフガニスタン 議会選挙投票日に警戒している武装警官

入り口は男女別々で女性投票所に入るとブルカで全身を覆った女性が列を作っていた。その中のブルカを纏わない女性に話を聞くとこう話した。

「最高です。投票できたなんて。タリバン政権下では考えられないこと。私の一票がアフガニスタンの未来につながるんですよ」

18歳だという彼女は投票を済ませた証しである青いインクが付いた右手の人差し指を誇らしげにかざしてくれた。民主主義国家では選挙権を行使することでしか変化を起こすことが出来ない。日本でも国や地方議員の中に、「何でこの人が権力を持つ議員なのか」と驚いてしまう人がいる。果たして議員個人だけの問題なのだろうか、このような人に1票を入れた人が”次の選挙でだれを選ぶかが大事”なのではないだろうか。

私の1票が未来と言った彼女の青く染まった人差し指が忘れられない。
 
キャプション:投票を済ませた証しである青いインクが付いた右手の人差し指をみせるアフガニスタンの少女(18)


【連載:「戦場を歩いてきた」】
数々の紛争地を取材してきたジャーナリストの佐藤和孝氏が「戦場の最前線」での経験をもとに、現代のあらゆる事象について語ります。

佐藤和孝(さとう・かずたか)
1956年北海道生まれ。横浜育ち。1980年旧ソ連軍のアフガニスタン侵攻を取材。ほぼ毎年現地を訪れている。他に、ボスニア、コソボなどの旧ユーゴスラビア紛争、フィリピン、チェチェン、アルジェリア、ウガンダ、インドネシア、中央アジア、シリアなど20カ国以上の紛争地を取材。2003年度ボーン・上田記念国際記者賞特別賞受賞(イラク戦争報道)。主な作品に「サラエボの冬~戦禍の群像を記録する」「アフガニスタン果てなき内戦」(NHKBS日曜スペシャル)著書「戦場でメシを食う」(新潮社)「戦場を歩いてきた」(ポプラ新書)