着物がつなぐ家族の思い出 15坪から始まり上野で77年…惜しまれつつ閉店
東京・上野で70年以上営業を続けてきた着物店が、惜しまれつつ閉店します。移転のために閉じる店内には、着物がつなぐ家族の思い出があふれていました。
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お客さん1人1人と向き合う普段どおりの光景。それを貫いてきたからこそ…
常連客(60代)
「今にこの高い着物を買えるようになるぞって。今はたくさん買えるようになりました」
──今までどれくらい?
常連客(60代)
「わからないですけど、たぶんマンション買えるくらい」
これほど長くお客さんに愛され続けてきたのかもしれません。
東京上野の呉服店「鈴乃屋上野本店」。この日、店に来ていたのは、30年以上、店に通い続けてきた常連客です。
30年以上通う常連客(60代)
「30年くらい前に買った着物を今年の春、着ました。ここで買った初めての着物。だから昔のこと思い出しました。母と買いに来たなーと、一緒に来たとき」
30年前に自分の給料で初めて買った、思い出が詰まったピンクの着物。その母は、今は入院していますが…
「着物着ると母が喜んでくれる。こんな年になって着物を着て、喜んでくれるの母くらいしかいない。また(母が病院から)帰ってきたら着物みせてあげようと」
1947年に誕生した「鈴乃屋」。従業員はたったの1人。15坪の2階建ての小さな店は戦後の混乱期を生き抜き、1964年に大規模改築。売場面積も4倍に。1990年には、現在の地上8階建てのビルが建つほどになりました。この成長を支え続けてきたのが…
「鈴乃屋」創業者 小泉清子さん(2006年)
「着物に明けて着物に暮れて。60年間、無我夢中で着物と一緒に歩んでまいりました」
2019年、100歳で亡くなった創業者、小泉清子さん。女性の経営者が珍しかった戦後、独自に販売ルートを開拓し、上皇后さまがお召しになる着物のデザインを担当。今日まで皇室とのかかわりを持ち、さらには着物学校を設立するなど、日本の和装文化を支え続けてきました。
そんな小泉さんが大事にしてきたのが…
鈴乃屋に39年勤務 青木功さん(62)
「お客さま第一というのが教えだったので、今もそれは心がけています。その方の生活とか節目に携われるのがうれしいことなので」
“お客さまファースト”。しかし、小泉さんが亡くなった翌年、新型コロナの緊急事態宣言が発表。式典の中止などによる業績悪化などを理由に、上野本店の77年の長い歴史に幕を下ろすこととなったのです。(9月16日閉店)
“人生の晴れの舞台”を、支え続けてきたこのお店。
茶道教室を経営(60代)
「私はこちらのビルができるぐらいから、かれこれ30年から40年ぐらいかな、信頼をして通ってきています。その着物を若い人たちに譲り、その子たちが着物のよさをわかり、着物を伝えていったらすてきだな」
この店で教わった着物の魅力を若い世代に。
別のお客さんは…
お客さん(60代)
「母の着物がいっぱいあって、母がもう亡くなってしまって。それが3年前。(母への)あこがれがあって。これを着ようとしているんです」
鈴乃屋を信頼して母が残してくれた着物の直しを相談。そこには、こんな理由が。
お客さん(60代)
「今度、私の息子が結婚するので、母の黒い留め袖を着たいと思って。母=着物というイメージが私の中にはあって」
子を思う母の気持ちを受け継ぎ、息子の結婚式に…
着物で家族の絆をつないできました。
3世代で利用(50代)
「母によくしてくださる担当の方がいらっしゃったと思う。母は他界して。娘の成人式はこちらでレンタルでお願いした。3世代ってことですね。かわいかったです、親バカですね」
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上野本店は閉店となりますが、同じ上野に新たな店をオープン。(今年11月オープン予定)
新しい場所でも変わらず、家族の歴史を見守り続けます。