たった1人の新1年生、山間部の小学校が2年ぶり復活 「消滅可能性自治体」存続する可能性と課題とは #令和の子 #令和の親
松山市の人口が合併後初めて50万人を割るなど、人口減少が続く愛媛県。先日公表された「消滅可能性自治体」には、県内20の市と町のうち、12の自治体が名を連ねています。そんな中、2年ぶりに復活した山間の小さな小学校。再開のカギとなったのは…
過疎化で休校の小学校 “再開”を住民総出で歓迎
愛媛県久万高原町の柳谷小学校です。今年、新1年生1人を含む4人の児童が新たに入学しました。
柳谷小学校 川本孝校長:
「希さんの入学をお父さんお母さん、家族のみんな、そしてたくさんの地域の人が楽しみにしていました。待ち望んでいました」
新1年生 藤岡希さん:
Q.お友達とどんなことしたい?
「おいかけっこときょうりゅうごっこ」
Q.将来の夢は?
「おいしゃさんに先になって、あとからユーチューバーになること」
入学式を終えた子どもたちを待っていたのは…この日のために用意した歓迎の横断幕を掲げた、地域の人たちです。
いまから19年前、地区の2校が統合して誕生した柳谷小学校。
しかし、少子化や過疎の影響で児童数の減少に歯止めがかからず、去年3月をもって休校に。区切りの卒業式で学び舎を後にしたのはわずか2人でした。
卒業生 鎌腰亜美さん:
「地域の皆さん、今まで私たちを 支えてきて下さって、ありがとうございました」
卒業生 山本海人さん:
「まだもうちょっといたいなって思ってますね」
地域で唯一の学校再開。入学式の2日前、小学校では、住民総出で新入生を出迎える準備が進んでいました。
柳谷地区の住民:
Q.小学校あるとないとでは?
「全然違うと思います。地域に学校がある、ましてやこの柳谷地区は農協も撤退したり、いろんな意味で過疎化が久万高原の中でも進んでいるので」
人口はピーク時の10分の1以下…柳谷地区で打ち出した戦略
高知県との境に位置する久万高原町柳谷地区。かつて6600人余りを数えた人口は1900年代の半ばから減少の一途をたどり、いまではピーク時の10分の1を切る、およそ550人に。
柳谷地区の住民:
「すごい減った。ここだけでも子どもが20何人おって、ここでいつも宴会しよったけど一気におらんなったな」
町全体でも、現在の久万高原町が誕生した2004年当時およそ1万2000人いた人口は、現在およそ6割、7400人あまりとなっています。
久万高原町 まちづくり戦略課 大西 巧史課長補佐:
「高校進学するとか就職する契機に(町から)出て行ってしまうところがあって、実際“社会減”ということで転入より転出のほうが上回っている」
歯止めが利かない人口減少。町が打ち出した戦略のひとつが…
「平成29年に移住促進班という新しいセクションを作って」
移住です。
再開の学校で 全校児童4人のうち3人は“移住組”
再び歴史を刻み始めた柳谷小学校です。
川本校長:
「子どもたちが来て活気のある声も聞こえるし、活動も見えて、学校が本当に始まったんだなと」
全校児童は4人。
竹内琴美先生:「どんな教室があったかおぼえてますか?」
希さん:「覚えてます」
竹内先生:「なんでしたっけ」
希さん:「ニコニコルームと本を読むところ…図書室と教室」
地元・柳谷からの新入生は唯一の1年生、藤岡 希さん、ただひとり。
残る上級生3人は、全員が町外から家族で柳谷へ移り住んだ、“移住組”です。5年生の黒田忠克(ただかつ)君と3年生の黒田信幸(のぶゆき)君兄弟は松山市から。
そして5年生の福田正壽(まさひさ)君はこの春、四国中央市から家族で柳谷へと移住しました。
移住のきっかけは“体験ツアー”だった 福田さん一家
やんちゃ盛りの弟、福田壽得(ひさのり)君。今年から柳谷幼稚園の年長クラスに通っています。
壽得君:
「幼稚園のお菓子が1個になるけん、なくなったらまたお菓子買う」
母・さおりさん:
「買いに行こうな」
Q.どこに買いに行く?
「ほとんど高知の梼原のスーパー」
Q.日々の暮らしに不便は感じてない?
「感じてないですね」
福田さん家族が移住を決意したきっかけは、去年の夏、柳谷地区の住民グループが開催した体験ツアーだったといいます。
母・さおりさん:
「(ツアー終えた後は)ほんとにいいなっていう感覚でした。子どもたちも学校も気に入ってますし、最初は人数の多いところから少ないところに移動するので、子どもたちもお友達と離れるっていうのが不安だったらしいんですけど、来たら全然。子どもたちも私もよく笑うようになりました」
兄・正壽君:
「ここ、少し前まで桜が見えてた」
Q.柳谷好きになれそう?
「もう柳谷大好きです」
2018年以降、久万高原町ではおよそ80人の移住者を受け入れています。
小学校再開の一方で課題も…“移住成功”のカギとなるのは
この日、小学校の授業で使われていたのは、柳谷小の先輩たち手作りのパンフレットです。
竹内先生:「学校にこんなに雪が降るんだよ」
正壽君: 「え?これ学校?」
竹内先生:「学校よ」
小松先生:「久万高原町は雪がドカッと降るときはほんとに車が通れんなるけん。そういうこともあります」
正壽君: 「八釜甌穴(やがまおうけつ)に行ってみたい」
小松先生:「なぜ行ってみたいと思った?」
正壽君: 「浴びてみたい水を。川に入ってみたい」
小松先生:「できることがあったら柳谷のこともっと好きになれそうですから、行ってみたり調べてみたりいろいろできるといいなと思います」
彼らにとっての故郷となる柳谷地区。小学校が再開する一方で、課題は残っています。
久万高原町 まちづくり戦略課 大西 巧史課長補佐:
「(移住で)来るだけではなくて住んでいる人が良かったと言えるような取り組み。移住の担当だけではなく福祉とかそういったところとも相談しながら、より住みやすい久万高原町として何かできれば」
町では移住と定住の促進に向け、若い世代への住宅改修費用の補助や、就労支援などの取り組みを行っています。
竹内先生:「どんな学校にしたい?」
正壽君: 「楽しい。みんなが毎日休みの日も来たくなるような学校」
竹内先生:「いいねぇ」
母・さおりさんは柳谷地区へ移住後、地域おこし協力隊として活動するのに加えて、地元のNPO法人で高齢者の訪問や給食サービスなどを行っています。
福田さおりさん:
「介護福祉士の免許もきちんと取りたいんですけど、地区の人たちともお会いしてその方たち全体のお手伝いができるような“福祉関係”っていう大きいくくりで(今後の仕事を)考えています。子どもが楽しくて細く長くこちらで生活できることが多分“移住の成功”になると思う」
愛媛県の総人口が78万人になると予想されている2060年。久万高原町の人口予想は、1703人。故郷を次の世代へ。住民と自治体が一体となった取り組みが求められています。
※この記事は、南海放送報道部とYahoo!ニュースによる共同連携企画です。