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【完全再現】“拉致船”が目の前に――「120%生きて帰れない」緊迫の護衛艦25年前の事件、元航海長の“悔い”今も『every.特集』

2024年3月29日 17:50
【完全再現】“拉致船”が目の前に――「120%生きて帰れない」緊迫の護衛艦25年前の事件、元航海長の“悔い”今も『every.特集』

1999年3月。海上自衛隊の護衛艦「みょうこう」は、能登半島沖に緊急出動していた。北朝鮮の工作船を発見して追尾。乗組員は「乗り込め」という想定外の命令を受け、死を覚悟した。元航海長には、25年後の今も後悔があるという。事件の裏側を再現した。

■幹部らの証言で…25年前の事件を再現

防衛力の抜本的な強化に舵を切った岸田政権。しかしサイバー攻撃への対応など、新たな領域での備えが遅れているとの指摘もある。今から25年前、備えの遅れから自衛官たちが死を覚悟した事件が起きていた。

能登半島沖不審船事件。

武装した北朝鮮の工作船を止めて乗り込むよう、海上自衛隊に命令が下された。護衛艦「みょうこう」元航海長の伊藤祐靖は、「120%生きて帰ってこられないと思っていました」と当時を振り返る。

なぜ、自衛官たちは死を覚悟せねばならなかったのか。証言を基に、海上自衛隊の協力を
得て実際に事件に対応した同艦で再現した。

■またミサイル?…より深刻な事態を懸念

25年前の3月22日。海自の京都・舞鶴基地で、「みょうこう」は緊急出港の準備に追われていた。航海長の伊藤は休暇中だったが、連絡を受け急いで船に戻った。「何人戻っている?」。他の乗組員に確認し、手はずを整えていた。

伊藤
「船務長、戻りました」

由岐中船務長
「おう、航海長。早かったな」

伊藤
「緊急出港、また北のミサイルですかね」

由岐中
「まだ何も聞かされていないんだがな…」

この7か月ほど前。北朝鮮が弾道ミサイルを発射する際も、「みょうこう」は緊急出港していた。より深刻な事態が起きたのかもしれない―。伊藤は艦長室に急いだ。

■不審な電波…出港後に知った乗組員

伊藤
「艦長、出港準備に取りかかれます。行き先をお願いします」

鈴木艦長
「行き先は富山湾だ」

伊藤
「富山湾?国内なんですか?」

この時政府は、北朝鮮の諜報活動とみられる不審な電波を日本の領海内で確認していた。確認を行うのは海自ではなく、海の警察・海上保安庁だ。当時の防衛庁はその支援のため、「みょうこう」など3隻を緊急出港させたのだ。

それを出港後に知らされた乗組員たち。この後、日本を揺るがす事件が起きるとは思ってもいなかった。

■接近、後ろに回り込む…その船の姿は

翌日の早朝、海自の航空機がアンテナの数が不自然に多い、不審な船2隻を発見。誘導を受け、「みょうこう」はそれらしき船に接近した。

伊藤
「右20度(ふたじゅうど)。真反航(まはんこう)の漁船の後ろに回り込む」

その船の後ろに回り込む「みょうこう」。「これは…」と伊藤は驚いた。船の後部に不自然な観音扉があった。ここから隠密活動用の小型船が出ること、こうした船で日本人が北朝鮮に連れ去られたとみられることを、伊藤たちは知っていた。

「北の拉致船じゃねえか」。声を上げた伊藤は艦内電話をつかみ、連絡を入れた。「艦長、見つけました!見つけました!はい、今目の前にいます!」

■「撃たれるか自爆されて全滅だ」

同じ頃、別の護衛艦「はるな」も少し離れた海域で不審船を確認した。海上保安庁に通報し、2隻の不審船を追跡する。

伊藤は甲板の周りで目視していた。「あいつら、日本の海で何やってんだ」。伊藤の部下は「航海長、外に出ると危ないですから。向こうは銃をもっているかも」と話した。

艦内のCIC(戦闘指揮所)でも、不審船の様子を確認していた。

由岐中船務長
「これってまさに、北朝鮮の工作船だよな。こんな大きな船に張り付かれているのに、やけに落ち着いていて不気味だな」

数時間後、複数の海保の船が到着。無線で「護衛艦『みょうこう』。こちら海上保安庁・巡視船、これより不審船に対応いたします」と連絡が入った。

「やっと立入検査のプロが来てくれた」。「みょうこう」の乗組員たちは、ほっとひと息をついた。

不審船に立入検査を行うのは海保の仕事だ。伊藤には、海上保安官たちが待機しているのが見えた。

「船務長、海保の隊員みんな若いんですね」と言う伊藤に、由岐中はこう返した。「相手は特殊な訓練を受けた工作員だ。下手をすると、撃たれるか自爆されて全滅だ」

■日没後に異変…言い合う艦長と航海長

停船命令に応じず、淡々と進む不審船。日没後、異変が起きた。

大きくなるエンジン音。暗闇を待っていたのか、不審船が急激に速度を上げた。

伊藤
「逃げた!達する!不審船が巡視艇を振り切ろうとしている。本艦は追尾するため、これより高速航行を行う!」

高速が出せない海保の船は警告射撃の実施に踏み切ったが、不審船はさらに速度を上げた。一部の海保の船は、完全に振り切られてしまった。また、追尾を続けていた海保の船からは「こちら巡視艇。燃料に不安があり、本部の指示で母港に帰ります。ご協力ありがとうございます」と連絡が入った。

伊藤
「今、帰るって言いました?」

鈴木艦長
「航海長、さっさと『了解』と伝えろ!」

伊藤
「了解していいんですか?日本人が連れ去られているかもしれないのに。燃料がなくなっても追いかけるべきです!」

鈴木艦長
「自衛隊が海保に指示できるわけないだろう!」

納得できない様子でレシーバーを握った伊藤。感情をおさえつけるように「This is みょうこう。Roger out(了解)」と返答した。

■完全に想定外…形式的な立入検査隊

伊藤と艦長のやり取りを知った由岐中船務長は、CIC で「上で航海長が暴れたみたいだな」とつぶやくように言った。

乗組員に「船務長、海保が振り切られた以上、これで終わりですか?」と問われたものの、由岐中は「自衛隊には立入検査の権限はないからな。ADIZ(防空識別圏)までは追尾を続けるとは思うが…」と答えるのみだった。

一方、政府は海上自衛隊に立入検査を命じることを検討していた。史上初となる「海上警備行動」の発令だ。

海上自衛隊にも、船ごとに立入検査隊はあった。しかし当時は形式的なもので、訓練を行ったことはなかった。北の工作船を相手にするなど、完全に想定外だった。

■いらだつ航海長に「私は立入検査隊」

伊藤は感情をあらわに、食堂でテーブルをたたいた。海保がいない今、打つ手はないと考えていた。いらだつような伊藤に、部下が聞く。「航海長、これからどうなるんでしょうか?」

伊藤
「知らねえ」

部下
「いつまで追うんでしょうか?」

伊藤
「分かんねえよ」

そんな時、艦内放送が入った。「達する。現在総理官邸では海上警備行動の発令について審議中。発令されれば本艦は警告射撃および立入検査を実施する」

「航海長…」と戸惑う部下に、伊藤は「発令されるわけない。一度も訓練したことないんだぞ」とぴしゃり。なおも「航海長…」と呼びかけられた伊藤。「だからないって」と打ち消すしかなかったが、部下が打ち明けた。

「私は…立入検査隊に指定されているんです」

伊藤
「お前が?」

伊藤の部下が指定されていた。

■史上初…「海上警備行動」発令の裏側

日付が変わる頃、事態は大きく動き出す。

3月24日午前1時すぎ、野呂田防衛庁長官(当時)は「海上における警備行動が承認されました」と発表した。海上警備行動の発令だ。政府内では自衛隊の投入に慎重な意見が強かったが、別の護衛艦が追っていた不審船が一旦停止したため踏み切ったのだ。野呂田長官を補佐していた山本安正・元海上幕僚長は、当時をこう振り返る。

「海上警備行動を発令した本当のキーパーソンは野呂田防衛庁長官です。(野呂田長官が言ったのは)不審船が止まって動けなくなった。何もやらないで終わるのかと、そんなことができるかと。国として(ということだった)」

■誰もが感じた「死ぬかもしれない」

「みょうこう」に艦内放送が響き渡った。「海上警備行動が発令された。総員戦闘配置につける」。全乗組員が、持ち場を目指して一斉に走った。「本当に発令された…」と、伊藤も即座に駆けた。

「射撃関係員集合CIC。立入検査隊員集合食堂」と、放送で指示が伝達される。CIC で手際よく、「配置よし!配置よし!了解!」と確かめる隊員たち。

伊藤
「艦長、艦内各部戦闘配置よし、非常閉鎖としました」

鈴木艦長
「了解」

食堂では立入検査隊も準備を始めたが、身を守る防弾チョッキはない。隊員を束ねる先任伍長が「これが代わりになるかもしれん」と持ってきたのは、漫画雑誌、そして金属製の食器だった。粘着テープを巻き付け、ライフジャケットの下や上に固定する。

「ただ今より銃を貸与する」。狭い船内に立ち入るため、幹部自衛官用の拳銃が用意されたが、隊員たちは一度も扱ったことがなかった。伊藤の部下は「これどうやって使うんですか」と口をつく。

この状態で不審船に乗り込めば、死ぬかもしれない―。誰もがそう感じていた。

■ついに実弾で警告射撃が…不安は頂点に

不審船に停船命令を出すが、逃走は続く。不審船を止めるため、実弾による警告射撃を開始した。鈴木艦長が「戦闘右砲戦」「初弾、弾着点後方200(ふたひゃく)」と指揮し、伊藤が復唱する。

艦長
「撃ち方、始め!」

伊藤
「うちーかた、はじめー!」

主砲が火を噴き、不審船の後方に着弾。暗い海にしぶきが高く上がる。食堂にも衝撃が伝わる。表情がこわばり、固唾をのむ隊員たち。伊藤の部下は「始まった…」とつぶやいた。これで不審船が止まれば、行かなければならない。訓練の経験もないにもかかわらず。

主砲弾を何発も撃ち込むが、事態は変わらなかった。伊藤は「エコー(不審船)、減速の兆候なし」と声を張り上げる。

艦長
「やつら、当てないと止まらないのか。次回、弾着点、後方50」

伊藤
「50?50は近すぎます!」

艦長
「止めるためにはギリギリを狙うしかない。次回、弾着点、後方 50」

もうすぐ立入検査が始まるのではないか―。隊員たちの不安は頂点に達しようとしていた。食堂に「不安がるな」というかけ声が響く。そのことを知らされた由岐中船務長は、隊員たちに「見捨てはしない」と伝えるべきだと考え、先任伍長に頼んだ。

「立入検査隊が行く時は俺が指揮官で行くから、そう伝えてくれ」

「本当にいいんですか?」と確かめる先任伍長。由岐中は「今言った通り伝えてくれ」と告げた。

■「誰かが犠牲に…」。後悔した言葉

乗組員の誰もが、死は免れないと考えていた不審船への立入検査。隊員たちは、自分たちが行く意味を必死に探しているように見えた。

伊藤の部下は「航海長、私の任務は手旗です。こんな暗闇の中、手旗を読めるわけがありません。行く必要は本当にあるのでしょうか」と尋ねてきた。伊藤は心の中で「確かにこいつが行く意味なんてない」と思いながら、こう伝えた。

「国家が意思を示す時、誰かが犠牲にならなければならないのなら、それは自衛官である我々がやることになっている。行って、できることをするんだ」

部下
「…ですよね、そうですよね。分かりました。ありがとうございます」

自分の説得めいた言葉を、部下は納得して受け入れた。伊藤は後悔した。

■「間違った命令だ」。伊藤は強く思った

隊員たちの中には、「両親へ 生んでくれてありがとう 悔いのない人生でした」などと遺書を書いた者も。食堂の隊員は互いに、ライフジャケットの粘着テープに「ガンバレ」「負けるな」とペンで書いた。短い時間の中で、それぞれが覚悟を決めたのだろうか。

整列した彼らの表情を、伊藤は複雑な思いで見つめていた。部下が駆け寄り、「航海長、後はよろしくお願いします」と敬礼した。伊藤も右手を顔にかざして答礼した。

達成できる見込みがない任務で、命を失うかもしれない。それを受け入れた若者たち。伊藤は強く思った。「これは、間違った命令だ」

その後、不審船2隻は追尾を振り切り逃走。結果、立入検査が行われることはなかった。

■志願して…特殊部隊の創設に尽力

事件後、日本政府は2隻を北朝鮮の工作船と断定。この事件のような事態に対応できる体制づくりを急ピッチで進めた。元航海長の伊藤は志願して、船への突入などを任務とする特殊部隊「特別警備隊」の創設に関わり、隊員たちを育てた。

あれから25年。伊藤は今も、あの時の言葉を悔やんでいる。

伊藤
「私は彼らが絶対に任務が達成できず絶対に生きて帰ってこられないことはわかっていたのに、ただ行かそうとした」
「なぜ任務が達成できず120%死ぬ、死亡することがわかっているのに行かすのか、政府にその理由を言ってくれとなんで言えなかったのかなというのは、私が一生恥じて生きていくことなんです」

(3月27日『news every.』より)