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鉄道開業150年記念「鉄道と皇室、150年の関わり」【皇室日記@日テレNEWS24】

2022年10月15日 11:27
鉄道開業150年記念「鉄道と皇室、150年の関わり」【皇室日記@日テレNEWS24】

2022年10月14日、日本の鉄道は開業から150年を迎えました。今回はそれを記念し、「鉄道と皇室」の150年の関わりについて、皇室ジャーナリストで日本テレビ客員解説員の井上茂男さんと鉄道ファンの藤田大介アナが貴重な映像とともにふんだんに紹介します。

■天皇陛下 鉄道唱歌を口ずさんだ思い出も

天皇皇后両陛下は10月6日、東京駅構内のホテルで行われた「鉄道開業150周年」の記念式典に出席されました。式典で天皇陛下は、「私自身、子どもの時から折に触れ鉄道を利用してきましたし、小学生の頃、鉄道唱歌の一部を口ずさんだことも懐かしい思い出です。これまで鉄道の発展に尽力されてきた鉄道事業者を始めとする、関係者の皆さんに深く敬意を表します」と述べ、鉄道が伝統と歴史の上に新たな時代を築き、国の発展と人々の幸せに寄与していくことを願われました。

(藤田アナ):井上さん、天皇陛下も開業150年を祝われた訳ですね。お言葉をどのように受け止められましたか。

(井上解説員):「子どもの頃から折に触れ鉄道を利用してきました」という部分に想像を広げました。陛下は小さい時からよく鉄道を利用し、海外訪問でも鉄道に乗っていますから、様々なシーンを思い出しながらお言葉を練られたのだと思いました。鉄道唱歌にも触れられましたが、「汽笛一声新橋を はや我汽車は離れたり」の一節が聞こえてきました。

(井上解説員):“開業150周年”で思い浮かぶ場面があります。2007(平成19)年10月、皇太子時代の天皇陛下が、さいたま市に完成した「鉄道博物館」を訪ね、英国から輸入されて新橋~横浜間を走った150形蒸気機関車、いわゆる「1号機関車」をご覧になった場面です。最初に輸入された10台のうちの1台で、重要文化財に指定されています。私もその場で取材していましたが、陛下が目を輝かせて展示をご覧になっていたことを思い出します。

■鉄道発祥の地「旧新橋停車場」

井上解説員と藤田アナは日本の鉄道発祥の地である「旧新橋停車場」を訪ねました。

(藤田アナ):日本テレビのある汐留地区、高層ビル群の中にあるこの荘厳な建物が、まさに150年前、日本の鉄道が始まった原点でもある場所なんですよね。

(井上解説員):明治5年10月14日、まさに日本の鉄道がスタートした歴史的な場所です。

駅舎は2003年に復元されたものですが、建物の裏側にも日本の鉄道開業当時の様子を伝える史跡が残されています。

(藤田アナ):こちらは「0哩(マイル)標識」ですね。

(井上解説員):全てはここから始まるという、そういう起点の標識ですね。

(藤田アナ):本当にこの0マイルからスタートして、どんどん数字が上がっていくわけですね。

(井上解説員):ホームが再現されています。今は短いホームですが、150mあったといいますから相当長いホームだったのではないでしょうか。150年前の10月14日、多くの人がこのホームから汽車に乗って、煙を上げながら出発していったーー想像するだけでうきうきしますね。

鉄道開業150年を記念して旧新橋停車場内にある「鉄道歴史展示室」では、11月6日まで、鉄道が開業した頃の様子を当時の貴重な絵図や模型などで紹介する企画展が行われています。旧新橋停車場の学芸員・馬場菜生さんに案内してもらいました。

(馬場学芸員):開業した当日の様子を描いた錦絵になります。明治天皇が3両目にご乗車なさいまして、新橋駅から横浜まで行って開業式を開催して、また新橋に列車でお戻りになられて、新橋でも開業式が催されました。

(井上解説員):明治天皇が乗ったと思われる車両は御簾が下りている感じで描かれていますね。

(藤田アナ):上には「御車」と漢字2文字が書かれていますね。

当時の記録には、どの車両に誰が乗ったかも詳しく記されていました。

(井上解説員):この「御」と書いてあるところが明治天皇で、御剣と御文匣(おふみばこ)と書いてあります。おそらく想像ですが三種の神器の剣と勾玉を奉じて付き従ったのではないかと思われます。

(馬場学芸員):新橋駅から横浜駅へ出発したときの様子を描いたもので、発車のときには雅楽なども奏でられたようで、お祝いの雰囲気がすごく華やかだったのかなというふうに伺えますね。

(井上解説員):縦に立っている旗ですが、太陽と月を表してるのだろうと思います。

(井上解説員):令和元年10月、今の天皇陛下の即位礼正殿の儀が行われて宮殿のお庭に「旛(ばん)」という「のぼり」がびっしりと並んだんですけれども、それを思わせる、宮中のお祝い行事の延長にあるのかというようなことを感じますね。

(馬場学芸員):開業式当日に明治天皇が新橋停車場にいらっしゃった様子を描いているものです。

(井上解説員):兵士たちはみな近代的な洋装ですが、迎えている日本政府の代表者なのか、あるいはお付きなのか、皆、日本の伝統的な装いですから和洋混在していますね。

(馬場学芸員):イギリス人の画家で通信員の方が描かれたものになります。

(井上解説員):明治天皇を正面から捉えて描いているのが珍しいなと思います。明治天皇は宮中の直衣(のうし)という装いで、立纓(りゅうえい)というピンと立った天皇だけがつけられる冠をつけています。

(馬場学芸員):明治天皇が読まれた勅語には「朕は我が国が富み盛んになることを期待し、多くの役人や国民一般のためにこれを祝う」とございます。いかに国の繁栄を見据えてこの鉄道が開業されたかというのが、明治天皇もそれを思われていたことがうかがえると思います。

(井上解説員):鉄道というのは、近代化を日本列島の端々へ浸透させていく大変なツールですから、そういう意味で国を挙げてのイベントだったと思います。

■鉄道は皇室が国民の中へ入っていく重要なツール

(井上解説員):皇室と旅は切り離せません。それは上皇さまが天皇在位の30年間に47都道府県を2巡されたことからわかります。皇室にとって旅は国民の中に入っていく具体的な行為であり、その重要なツールが乗り物で、その中心にあるのが鉄道です。その始まりが150年前の新橋~横浜間の鉄道開業でした。

(藤田アナ):さまざまな記録映像が残されていますが、皇室と鉄道と言うとまず思い浮かぶのが「お召し列車」ですね。

(井上解説員):こちらは今から70年近く前、1955年(昭和30)年、昭和天皇・香淳皇后が宮城県を訪問した際、新松島駅でのお召し列車の様子です。

(藤田アナ):C57形蒸気機関車がひく貴重な映像ですね。

(井上解説員):「貴婦人」と呼ばれた“シゴナナ”です。蒸気機関車は昭和40年代後半まで「お召し列車」の牽引に使われました。新橋~横浜間が開業した明治5年に天皇専用の御料車はなく、その後、様々な車両が造られていきました。最も使われたのが、昭和天皇が終戦後に全国を励まして回った「戦後巡幸」の時でした。以後、国体や、植樹祭などで地方を訪問する時や、栃木県の那須御用邸などでのご静養で使われました。

(井上解説員):1973年(昭和48)年の昭和天皇の宮崎訪問の折の映像です。

(藤田アナ):蒸気機関車がひくお召し列車のカラー映像、これは貴重ですね。高鍋駅というと日豊本線。この頃は、まだ電化工事が終わっていなかったんですね。

(井上解説員):この時の宮崎訪問が、蒸気機関車がお召し列車を牽引した最後となりました。

(藤田アナ):そうなんですか。50年前まではSLが牽引していたんですね。手前には少し架線もみえますが、まだ完全電化には至っていないようですね。

(井上解説員):こちらはお召し列車専用の電気機関車EF58・61号機。1958年(昭和33)年、神戸駅での映像です。電気機関車が初めてお召し列車を牽引したのは、昭和2年、1927年の東京~横須賀間ですが、当時の電気機関車は故障が多く、万全を期して機関車2両、“重連”で引っ張ったそうです。そして戦後、1950年代から電化が進んでいきました。〝ゴハチのロクイチ〟は1953(昭和28)年にデビューし、昭和天皇と香淳皇后は四国へ向かう折、東京駅のホームでご覧になりました。“天覧”の電気機関車なんですね。

(藤田アナ):そしてこちらが原宿駅の横にあります皇室専用のホームですよね。そこに機関車が止まっていてお召し列車が出発をしていく。「ロイヤルエンジン」とも呼ばれたこの機関車ですが、やはり美しいですよね。そして原宿駅の「宮廷ホーム」ですが、もう使われなくなりまして、先日ちょっと通りかかって見ると線路の所に黄色いロープがはられて今は入ることができないようになっていました。

(井上解説員):昔は山手線と貨物線だけでしたけれども、今は湘南新宿ラインとかかなりダイヤが過密になっていまして、なかなかあそこを使うのが難しいという時代背景があるようですね。

(井上解説員):1984年の福島でのお召し列車運行です。

(藤田アナ):交流区間用の赤い電気機関車ED75が牽引してますね。交流区間を走るお召し列車の映像もあまり見ることがないと思いますけれども、お召し列車も、SLから電気機関車になって、時代と共にスピードアップし快適さも増したんでしょうね。

(井上解説員):一方、当時の皇太子ご夫妻、今の上皇ご夫妻のご一家も、公務のほかに軽井沢や沼津での静養などプライベートでも鉄道を利用されました。こちらは1950年から東海道線の東京~大阪間を走った昼間の特急「はと」です。新幹線開業前は6時間半かかっていたそうです。

(藤田アナ):これでも当時は速いという特急の誕生、国鉄カラーでボンネット型ですね。先頭車両が特徴的な151系の電車です。

■「夢の超特急」 驚きを歌に詠んだ昭和天皇

(井上解説員):1964(昭和39)年、東京オリンピックの9日前に新幹線が開業して鉄道は高速時代を迎えます。“夢の超特急”の登場です。東京~新大阪の所要時間は「ひかり」で4時間と、2時間半近く短縮されました。

(藤田アナ):当時、“夢の超特急”といわれた新幹線にまつわる大変珍しい映像があるんですよね。

(井上解説員):実は開業の1年4か月前に、三笠宮妃百合子さまが、秩父宮妃、高松宮夫妻と一緒に新幹線の試運転に乗車されているんです。小田原市から綾瀬市を結ぶ「モデル線」と呼ばれた30㎞ほどの試運転区間に乗られました。

(藤田アナ):そんな貴重な映像があるんですね。試運転だからこそ見られる速度計は時速200キロとありましたし、耳を押さえられているシーンもありました。それだけ速いということでしょうね。

(井上解説員):昭和天皇が初めて新幹線に乗ったのは、開業の翌年の5月7日でした。鳥取県で行われた「植樹祭」の時で、東京から新大阪の間を利用しました。12両を8両にした特別編成で、昭和天皇は営業用の1等、後の「グリーン車」に乗っています。この時、浜松~蒲郡を走行中に運転台を15分ほど視察し、安全性や運転士の疲労などについて質問したと記録に残っています。この日のことを昭和天皇は歌に詠んでいます。

【昭和天皇の歌】
『四時間にてはや大阪に着きにけり新幹線はすべるがごとし』
『避け得ずに運転台にあたりたる雀のあとのまどにのこれり』

(藤田アナ):4時間の驚きというのはよくわかりますが、雀の衝突の跡を詠んでいるのは驚きました。いかに速いか、スピードを感じたんでしょうね。さらに昭和天皇は東北新幹線にも乗っていますよね。

(井上解説員):1982(昭和57)年7月、昭和天皇は香淳皇后と一緒に、前の月に開通したばかりの東北新幹線に乗っています。乗車したのは大宮~那須塩原の間です。同じ車両にカメラが入ってご様子を映すというのは、なかなかなかったことだと思いますので、この映像は珍しいと思います。

(藤田アナ):開通当時は、まだ大宮~盛岡間のみで、上野そして東京とはつながっていなかったですよね。

(井上解説員):上野から大宮までは「新幹線リレー号」が結んでいました。昭和天皇はこの時も運転席に案内され、「助士席」に座って、国鉄総裁や運転局長らから運転方法などの説明を受けています。

(藤田アナ):喜んでいるお二人の姿も見ることができました。時代を経て鉄道が発展して、また皇室の旅の形が変わってくるのを見るのも非常に興味深いですね。

■列車内で立ちながら……沿線で出迎える人たちとの触れ合いを大事に

(藤田アナ):井上さん、皇室の方々は国鉄やJRのみならず、私鉄に乗られることもありますよね。

(井上解説員):いろいろありますが、印象的なのは、上皇ご夫妻と黒田清子さん、当時の紀宮さまが横浜にある「こどもの国」を訪ねる時、半蔵門線の青山一丁目駅から電車に乗って東急・田園都市線などを使われたシーンです。

(藤田アナ):当時は渋谷から新玉川線が間にあった時代。そして乗り入れて長津田での乗り換え、こどもの国に向かわれた。こうした通勤で使うような電車に乗られるのは大変珍しいですよね。ずっとお立ちになられてますね。

(井上解説員):はい、沿道で歓迎がある限り、お応えになろうとされたんだと思います。

(井上解説員):こちらは上皇さまが退位される前に最後の地方訪問として三重県の伊勢を訪ね、近鉄特急を利用された時の映像です。ずっと列車内に立って沿線の歓迎に応えられていたのが強く記憶に残っています。上皇ご夫妻を始め皇室の方々は、沿線で出迎える人たちとの一瞬の一期一会の触れあいをとても大事にされます。

(藤田アナ):新幹線の旅ですと非常に高速ということもあって、沿線の皆さんと目を合わせるという機会はあまりありませんから、こうした在来線や私鉄の旅はまた特別なんでしょうね。

■新幹線での一人旅や友人とのスキー旅行…天皇陛下も親しまれた鉄道

(藤田アナ):今の天皇陛下もたくさんの鉄道に乗られたわけですよね。

(井上解説員):たくさん乗られていると思います。乗り物はお好きです。今の陛下が4歳の頃、かつて秋葉原にあった交通博物館を上皇さまと訪問された映像が残っています。陛下は電車が走るジオラマを目を輝かしてご覧になり、新幹線の模型の前では「あっ夢の超特急だ」と大きな声を上げ、周囲に笑顔が広がったそうです。

(井上解説員):その夢の超特急に乗られたのは7歳の時。浜名湖への一人旅で浜松まで新幹線に乗られました。社会勉強でした。

(藤田アナ):7歳で新幹線の一人旅ですか!私は9歳の時に初めて東急線のスタンプラリーで一人旅に出ましたから、陛下がいかにすごい旅をされたのかと驚きますね。きちんとご挨拶もされていて、この頃からしっかりされていたんですね。

(井上解説員):ご家族とも一緒に様々な列車に乗られています。こちらは那須御用邸での静養にご一家で行かれる時の映像です。

(藤田アナ):急行「しもつけ」とあります、165系ですね。上野駅も懐かしいたたずまい、そこから乗られているというわけですね。

(井上解説員):東北新幹線が開通するまでは、那須御用邸の最寄り駅は黒磯駅でした。そのため黒磯駅には今も皇室専用の貴賓室があります。

(藤田アナ):発車する列車の横からの様子もありましたが、窓が大きく上から開いている様子も見られましたね。

(井上解説員):こちらは陛下が高校2年の時に、学習院の同級生たちと岩手県の八幡平スキー場にスキーにいらした際の映像です。

(藤田アナ):485系の電車特急「はつかり」ですね。スキー板を持って列車に乗られる姿も大変貴重ですね。

(井上解説員):また結婚後には、皇后雅子さまと群馬県でわたらせ渓谷鉄道に乗って、列車の旅で車窓の景色を楽しまれたこともありました。

(藤田アナ):本当に大自然を感じられる鉄道路線として知られるわたらせ渓谷鉄道。ご結婚1年後の頃ですから、新婚の列車旅といってもよいのでしょうね。レールバスですね、バス型の折りたたみドアもありましたけれども、景色も合わせて楽しまれたんでしょうね。

(井上解説員):陛下の鉄道の旅は、国内だけではありません。2014年のスイスご訪問では、「ブリエンツ・ロートホルン鉄道」という登山鉄道にも乗られています。この鉄道は静岡の大井川鉄道と姉妹提携を結んでいます。

(藤田アナ):大井川鉄道の千頭から先、井川線には、2本のレールの間に歯のついたレールがあって、機関車につけた歯車とかみ合わせて急勾配が登れるようになっているアプト式の区間があります。そこと姉妹提携を結んでいるんですね。こうして見て参りますと、皇室の方々にとって鉄道は単なる移動の手段だけではなく、時には市民との触れあいの場でもあったということですね。天皇陛下がアルペンホルンを吹かれる様子もありますが、その土地を深く知るツール、それが鉄道でもあるということが感じられますね。

(井上解説員):天皇陛下は開業150周年式典でのお言葉の後半で、鉄道が「環境への負荷が小さい交通機関」として注目されていることに触れ、「引き続き人々に親しまれながら、暮らしと経済を支えていくことを期待します」と述べられています。鉄道開業の頃を振り返り、その意義と将来を考えたいと思います。

【井上茂男(いのうえ・しげお)】
日本テレビ客員解説員。皇室ジャーナリスト。元読売新聞編集委員。1957年生まれ。読売新聞社で宮内庁担当として天皇皇后両陛下のご結婚を取材。警視庁キャップ、社会部デスクなどを経て、編集委員として雅子さまの病気や愛子さまの成長を取材した。著書に『皇室ダイアリー』(中央公論新社)、『番記者が見た新天皇の素顔』(中公新書ラクレ)。