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「選択の幅を…」解説:職場の旧姓使用

2016年11月21日 17:54
「選択の幅を…」解説:職場の旧姓使用

 東京地裁で先月、「職場の旧姓使用」に関する注目の裁判で判決があった。

 この裁判では、都内の私立校に勤める女性教師が「職場で旧姓を使いたい」と求め、勤務先の学校を訴えた。女性は結婚後も生徒たちから旧姓で呼ばれていたものの、通知表などに記載する姓は戸籍の姓=夫の姓しか認められていなかった。この裁判で、東京地裁は女性の訴えを退けた。


■旧姓使用をめぐる双方の主張

 女性教師は「旧姓を使用できないのは、人格権の侵害で違法だ」と訴えている。結婚した後でも旧姓を使いたいという人は多いが、学校側は「法律上で戸籍姓が正しい名前である以上、通知表など責任ある書類を出す時には、戸籍の姓を使うべき」と主張していた。

 これに対し、東京地裁は「職場という集団の場では、戸籍上の名字を使うよう学校が求めることに合理性がある」と学校側の主張を支持した。

 今回の判決に対し、女性は旧姓を使えないことのつらさを語った。

 女性教師「生徒も保護者も、私のことを信頼して『誰それ』と認識しているのに(名字が変わることは)間に割って入って信頼関係を壊すような感じで残念です」


――旧姓が使用できるかできないかは、全て学校が決めるということか。

 その判断は、公立の場合は管轄する教育委員会、私立の場合は各学校の判断に委ねられている。女性教師が勤務しているのは私立校のため、“旧姓使用は認めない”と学校が判断を下した形だ。

 ただ、大学などの高等教育機関では、国立で97.5%、私立でも67.2%が旧姓使用を認めている。(文部科学省調べ)

 今回の判決について、民法や家族法に詳しい早稲田大学の棚村政行教授は「戸籍姓よりも、実際に社会で使われている名前の方が個人の識別には役立つ。判決は時代遅れで、裁判官の認識と社会の認識に“ずれ”が生じている」と話している。


――学校以外の職場での旧姓使用は、どのくらい認められているのか。

 省庁では2001年から一斉に職員の旧姓使用を認めている。また、企業では年々増えていて、労務行政研究所の調べによると、2013年は64.5%が旧姓使用を認めている。

 一方で国家資格が必要な職業では、旧姓の扱い方がまちまちだ。美容師や薬剤師は自分の名前を登録する際、旧姓が認められず、新しい名字に変えることが定められている。ただ、司法書士や建築士の場合、旧姓を使うこともできる。


■最高裁判決との“ずれ”

 実は今回の東京地裁の判決についても、過去の最高裁判決との“ずれ”が指摘されている。今の民法では、結婚の時に戸籍上の夫婦別姓を認めていないが、これが憲法に反するかが争われた裁判で、最高裁は去年12月、「憲法違反には当たらない」、つまり「夫婦別姓を認めなくてもいい」との判決を言い渡した。

 判決理由としては、名字が変わることによる不利益は「旧姓を使うこと」で緩和される点も挙げている。つまり、最高裁判決は職場などでの旧姓使用の広がりを根拠の一つとしている。

 一方で、東京地裁は今回、「職場での旧姓使用を認めない」という学校側の主張を支持したため、最高裁判決と“ずれ”が生じている。これでは職場で旧姓を使いたい人は、職場を変えるか、そもそも結婚を諦めるしかないことになる。

 東京地裁の判決について女性側は「不服だ」として控訴していて、高裁での判決が注目される。


■選択の幅を

 国は今後、マイナンバーカードに旧姓を併記したり、住民票にも旧姓の欄をつくるようにしたりと、選択の幅を広げようとしている。人から呼ばれる名前に違和感がある人がいるならば、手続きの煩雑さを厭(いと)うよりも、いろいろな選択肢を用意できる社会でありたいものだ。