「深層NEWS」宇宙飛行士野口聡一さん生出演SP〈後編〉~極限の先に見いだす「当事者研究」~
日本の宇宙開発を牽引してきた宇宙飛行士・野口聡一さんが6月1日、26年間務めたJAXAを退職し、翌2日にBS日テレ「深層NEWS」に生出演。東京大学公共政策大学院教授、鈴木一人さんをまじえ、26年間の宇宙人生を伺いました。後編は、宇宙空間が「死の世界」であることを体感する極限的な船外活動の経験が、野口聡一さんの内面にどのような変化を与えたかを研究していきたいといいます。野口聡一さんが進める「当事者研究」とは。
■船外活動で体感する「死」の世界
右松健太キャスター
「船外活動では、宇宙空間と肉体の間には宇宙服しか存在しない状況で、宇宙をどう実感するのでしょうか」
野口聡一さん
「人間がISSの外側を移動するわけですが、宇宙服だけを隔てて完全に『死』しかない世界と向き合っていく必要があります。ヘルメット越しに見る景色というと、ガラス2枚3枚を挟んで真空の世界と向き合っているので、『宇宙が危険』ということが端的に感じられるのが船外活動です」
「我々、宇宙飛行士にとって船外活動は夢の舞台で、多くの宇宙飛行士が憧れているのですが、それと同時に『死ぬ可能性がいちばん高い活動』でもあります。私は3回、宇宙から帰ってきましたが、それ以上に4回、いったん真空に出て帰ってきたというのは本当にありがたいことだと思います。30分程をかけてISSの一番端まで行く船外活動では、もう自分が今持っている手すりより先には全く人工物がないという空間になるわけです。命綱はありますが、やはりこれ以上行くと文字通り『死の世界』だということを体感する活動だと思います」
野口聡一さん
「私は腕のところに色々な作業指示書をつけて船外活動をするのですが、そこに家族の写真をつけていたのです。一番端まで行って『さすがに怖いな』と思って家族写真を見て、『ここからはもう帰っていくんだ』と。『ここが僕の冒険の最終地点』でもう『死』しかないところまで見たから、そこから帰る、と」
「30分かけてエアロックに帰り、そこから2か月ISSに滞在し、地球に戻り、そこから家族の元に帰る。そこまでが『おうちに帰るまでが遠足』という、長い長い帰路がその船外活動の端っこから始まったかなと思います」
■「生と死の境界点」から戻る
右松キャスター
「ISSに持っていった高校3年生のときに出会った本(『宇宙からの帰還』著者:立花隆/中公文庫)の中にも様々な宇宙飛行士の内面性が書かれていたと。極限状態の中でさらにその先には死の世界しか待っていないところに立ったときの『死生観』の変化はあったのでしょうか?」
野口聡一さん
「立花先生も書いていますが、宇宙体験という極端な極限的な経験をするということは必ず内面世界に影響を及ぼすであろうと。それを知りたいというのが、立花先生がこの本を書いた大きなモチベーションなのですが、やはり私もその『ここから先は死だ』というところまで、『生と死の境界点』のところまで行ったところから、いかに『生(せい)の世界』に戻っていくか。その極限的な体験というのは、自分の中の『死生観』であり、あるいは『生命観』であり、といったものに影響を与えていると思います」
■「燃え尽き症候群」からいかに元に戻れるか
右松キャスター
「大きなミッションの中で多くの経験をされ、『燃え尽き症候群』のような状況もあったと、野口さんの著書にも書かれていました」
野口氏
「何かに向けて自分を燃やし、それを達成できるわけですから、燃え尽きるまで燃えられること自体はすごく良いことです。でもやはりその後に来る波の下というのでしょうか、『山の次の谷』というか、それは例えばオリンピックに出場したアスリートがメダルを取った後に感じる寂しさや、アスリートが引退した後の寂寥感。宇宙飛行士が地球に戻ってきて感じるもの。もう少し身近な例で言うと、私もきのう(JAXAを)退職しましたが、最終日にバッジを外して課長に返したとき『もうこのビルには戻らないんだ』と思ったときの寂しさはやはりあるわけです」
「それは定年退職した会社員のみなさんも同じだと思いますが、やはりその意味で人生の中の山を経験したあと落ちてくるところで、そこからいかに向き合って元に戻れるかというのが、私が今取り組んでいる『当事者研究』の大きなテーマになっています」
■野口聡一さんが取り組む「当事者研究」とは
右松キャスター
「『当事者研究』とはどのような研究なのですか?」
野口氏
「元々は、私が宇宙から戻ってきた後に、宇宙体験が私をどう変えたかということを探る過程で、これは理系だけでは解決できない世界ですので、心理学の先生や人文学の先生など色々話を伺う中で、東京大学の熊谷晋一郎先生が当事者研究を引っ張っていらっしゃったんです」
「ご本人も脳性麻痺で、東大教授として頑張られていますが、その苦しみというのは障害者であれ、アスリートであれ、宇宙飛行士であれ、基本的には本人にしかわからないですよね。本人にしかわからない苦しみをいかに向き合って立ち直るかということを客観的に見えるようにしていくにはどうすればいいのか。例えば、宇宙に行くということ自体は極めて珍しい体験で、それをできる人はそれほど多くはないけれども、そこで得た知見、そこから燃え尽きたあと立ち直るという体験の知見そのものは多くの人に役立つのではないか」
野口氏
「例えば、勝ち続けられない自分に価値はないのか、宇宙に行かなくなった自分にはもう用はないのか、会社を辞めた俺には誰も従わないのか。いずれにしてもそのような自分の価値観の崩壊というのが、『燃え尽き』のひとつの大きな原因だと思うんですが、そこからいかに自分自身で自分の価値を与えてあげられるか。外から与えられるのではない価値というのをしっかりと汲み上げていければ、そこから自分自身の再発見があると思うのです。『当事者研究』というその苦しみの渦中にある当事者自身が自分のことを研究対象にして、しかし普遍的な何かを探していくということです」
右松キャスター
「宇宙に行き、その後まさに宇宙のように広がる内面世界。その点を研究にすることについていかがですか?」
鈴木一人氏
「当事者が個別の事象であるものを普遍的なものにして発表していくことは簡単なようでとても難しいことだと思います。個別の事情はそれぞれ違いますから、その中で何がエッセンスなのかを見つけていくというのが本当の研究だと思います。宇宙飛行士であることは自分の属性の一部でしかないのだ、他にも色々な価値があるのだということを見つけていくと、複数の当事者になっていくという面白さもあると思います。『当事者研究』は最先端の研究ですが、これが理系文系の領域を超えて研究が進めば『人間とは何か』ということもわかってくるのだと思います」
■文系理系、両方で宇宙を探る
右松キャスター
「野口さんは今後どのような活動をしていくのでしょうか?」
野口聡一さん
「まず一つは『当事者研究』です。燃え尽き症候群などを含めて自分自身を掘り下げていく。もう一つは『人材育成』です。作家、宮沢賢治さんの言葉で『未来圏』という言葉があるのですが、『未来圏』を担う若い人たちの教育には関わっていきたい」
「具体的には、文系理系にこだわらずに、宇宙というものに関わっていこうということで、『人文社会と宇宙』というようなテーマで大学生の講義を考えています。やはり理系だけの宇宙ではもう広がりがないし、文系の方だけでは宇宙には行けない。その両方のマインドが一緒になって、宇宙に行くということがどのようなプラスになるのか、どのような英知につながるのかということを探っていきたいと思っています」
「深層NEWS」はBS日テレで月~金 夜10時より生放送