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ESG伝道師「新しい感覚を経営戦略に」

2021年5月23日 17:50
ESG伝道師「新しい感覚を経営戦略に」

「日本のESGは世界から遅れている」そんな危機感をあらわにする夫馬賢治さん(41)。アメリカ留学で感じた世界とのギャップを基に、サステナビリティやESGに関する情報を発信してきた。夫馬さんが感じる日本社会への危機感と期待を聞いた。

■海外の情報を日本に伝える

自身の会社で取り組む、コンサルティング業やメディア運営。環境省、農林水産省、厚生労働省の専門家会議委員に加え、国際NGO日本法人の理事と、様々な仕事を掛け持つ夫馬さん。Jリーグの特任理事でもある。

取り組みに共通するのは「ESG」。環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の頭文字を取った言葉で、特にこれら3点に着目して企業に投資することを「ESG投資」と呼ぶ。夫馬さんは、いわば“ESG伝道師”として日本での啓発を行う。

「最初に始めたのが、メディア運営です。現在は有料で購読いただいていますが、企業を中心とした多くの方に情報収集していただいています。扱っている情報が主に海外のものであること、さらにサステナビリティの分野で専門性の高い情報を扱っている点が特徴です」

日本のESGへの対応状況は「遅れている」という。そのため、夫馬さんの会社では海外で飛び交う情報を集め、目利きをしたのちに自前で記事を作成。「雑多にある情報の中でも、主流となる潮流をつかめるのが強み」だ。

メディア運営から発展し、ESG投資領域でのコンサルティングにも着手。社会貢献活動のように捉えられていたESGへの理解が深まったのは、ここ数年だという。

「2017年に日本の年金基金がESGに取り組むと発表したのが、日本企業が変わるひとつの大きなきっかけでしたね。さらに、開眼させるきっかけになったのはコロナです。海外の企業がESG経営を進めているのは、社会貢献ではなく未来の競争力をつかむため。そうしたメッセージが、業績が悪化したコロナ禍で、海外からさらに強く出てきたことから、日本企業は自分たちの理解が間違っていたのではと内省するきっかけを得られた。未来に対するリスクに対応するため、自分たちを変革しなければならないと思うようになったんです」

■海外で痛感した日本企業の危機

夫馬さんがESGの重要性に気づいたのは約10年前、アメリカ留学中のことだった。アメリカやヨーロッパで「再生可能エネルギーだけで十分なのか」「ダイバーシティがなぜ必要か」「廃棄物をどう減らすか」など、企業が事業の持続可能性の観点で議論している状況を知り、ESGを社会貢献活動としか捉えられていない日本社会との感覚の差に驚きを覚えたという。さらに、CSR(Corporate Social Responsibility)への認識の違いにも驚くことになった。

「CSRが売上目標を持っていると言うんです。社内で意思決定をするために、環境マネジメントシステムを作ったところ、社長がCSR部長に対し『これを売れ』というミッションを与えた。そしてCSR部門が自然と売上目標を持つようになった。CSR分野が完全にビジネスになっていたこと、むしろ収益事業にすることが大切だという方向に走っているのをたまたま知り、非常に驚いたんです。日本企業でのCSRは、利益にならない取り組みといった位置づけでしたから」

2011年に東日本大震災が起こった日本。原発事故が起き、欧米諸国のように再生可能エネルギーに目が向くと思われたが、そうではなかったという。

「ヨーロッパやアメリカでは、再生可能エネルギーを普及させる機運が強まっていました。一方、日本では再エネは無理とされ、原発か火力かの2択しか議論されなかった。風力発電機メーカーは世界市場でほとんどシェアを取れておらず、太陽光発電パネルメーカーも世界市場シェアをどんどん落としていた。危機感しかありませんでした。このままでは日本企業の電力関連産業は全滅すると思いました」

渡米前から「帰国したら起業しよう」との思いがあった夫馬さん。偶然出くわした大きな危機を目にし、ESG領域での起業を決意した。

「日本ではブルーオーシャンだと思いました。このまま放っておけば日本企業は全滅してしまうだろうし、自分がやるしかないなと」

まずは必要性を知ってもらうため、メディアでの情報発信を開始。しかし、2013年当時、何人にも言われたのは「海外ではそうかもしれないけど、日本にはESG投資はこない。投資家がESGと言い出すなんてありえない」だったという。

「関心を持ってくれるのは、一部の感度の高い人くらい。危機感を共有できる人は本当にいませんでした。ESGの波が日本に到来するには5年はかかるだろうと思っていました。5年という数字に根拠はなかったのですが、結果的に動き出したのは2018年頃。ああ、本当に5年で動き始めたなと思いましたね」

■投資家と企業の意識を変える

ようやくESG投資への関心が高まってきた日本。しかし、欧米諸国のスピード感はさらに増しており、差は広がる一方だという。この絶望的な状況に対し、夫馬さんは「真面目さは日本がピカイチ。必要性を理解すれば、一気にスピードが上がると思っています」と語る。

「本来、いい方向に向かって走るパワーがあるのに、今は自分たちでその進路を邪魔している状態です。日本は圧倒的な情報鎖国状態。みんながやっていると知ればやり始めますが、海外の情報が日本国内に届かないため、後手に回りがちだと思います」

日本社会を変えていくためには、意識変革が必要。その中でも、大きな影響力を持つのが、投資家と企業だという。

「例えば、気候変動を止めるためには、一般人がコンセントをこまめに抜いたからといって、社会に大きな変化はありません。CO2排出量を一番減らせるのは、CO2を最も排出している“企業”です。徐々に変化は起きてきていて、気候変動がもたらすリスクへの理解度が向上していると感じます。トップダウンでなければ社会は大きく変わらない。それは欧米諸国も同様です。僕は日本でも海外でも生活していますが、率直に言って一般の人の環境意識の差はそこまで大きくないと感じます。それよりも欧米の金融機関と企業の環境意識がものすごく高い。海外の状況に目を向け、情報を仕入れ、それを上回る新しい取り組みを行っていく。新しい感覚を持つ若い社員を経営戦略に巻き込んでいくことも、日本企業が生き残っていくために必要なことだと思います」

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この記事は、日テレのキャンペーン「Good For the Planet」の一環で取材しました。

■「Good For the Planet」とは

SDGsの17項目を中心に、「地球にいいこと」を発見・発信していく日本テレビのキャンペーンです。
今年のテーマは「#今からスイッチ」。
地上波放送では2021年5月31日から6月6日、日テレ系の40番組以上が参加する予定です。
これにあわせて、日本テレビ報道局は様々な「地球にいいこと」や実践者を取材し、6月末まで記事を発信していきます。