“もしも”と“いつも”に役立つ防災を発信
地震や台風、豪雨など、毎年多くの自然災害に見舞われる日本。「歌う防災士しほママ」として、全国各地で老若男女に向けて防災術を発信しているのは、柳原志保さん(48)だ。自らの被災体験をもとに伝え手となるまでの歩みや、防災にかける思いを聞いた。
■無理なくできて、人間力の育つ防災を伝えたい
講演会や研修、メディア出演、防災ガイドブックの編集など、さまざまな形で防災について発信している柳原さん。特に、歌やクイズ、自作の映像を盛り込みながら展開するユニークな講演会は、口コミで話題に。これまで全国500か所以上で講演会を行ってきたという。講演の終わりには、東日本大震災の復興ソング「花は咲く」を参加者全員で合唱。みんなで歌い気持ちを前向きにしつつ、歌とひもづけて防災講演を記憶してもらうのが狙いだ。
柳原さんが防災について伝える際に大切にしているのは、「“もしも”と“いつも”の両方に役立つこと」だと語る。
「防災グッズを買いそろえておくことはもちろん大切ですが、いつ起こるかわからない災害に入念に備えるのは、誰しも腰が重くなるもの。だからこそ、まずは災害時だけでなく、日常生活でも活かせる知恵を届けたい。それなら習慣化しやすいと思うんです」
労力やお金をかけず気軽に始められる防災は身の回りにたくさんあると、柳原さんは話す。例えば“あいさつ”もその一つ。
「まずは地域の人に会ったときにあいさつをしてみる。自分の存在を、周りの人に知っておいてもらうことが大事です。そうしたコミュニケーションを続けることで、災害時だけでなく普段ちょっと困ったときにも周囲にSOSを出せるはず。そんな関係を育む第一歩があいさつだと思います」
また、身近にあるものに気づくアンテナを育てることも、防災の一つだと柳原さんは考える。
「普段の生活で、実は見ていないものってたくさんあると思うんです。例えば、公衆電話や道路の側溝、ホテルの非常口の標識、街の広報誌、ポスターなど。一つでもそこに気づけると、視野が広がり身の回りの色々なものに目が向くようになると思います。そうすれば災害時はもちろん、日常生活にも役立つ情報をキャッチできる力が身につくと考えています」
■被災体験を話すだけでなく、そこから何が活かせるかが大事
柳原さんが防災をライフワークにするようになったのは、東日本大震災での被災がきっかけだった。当時、宮城県でビジネスホテルの支配人として勤めながら、シングルマザーとして小学校と保育園に通う男の子2人を育てていた柳原さん。次男を保育園へ迎えにいく車中で、突然地震が起きた。
家族と小学校の体育館へ避難したものの、雪が降るなか凍える寒さが襲う。身を寄せ合いながら3日間を過ごした後、ようやく1家族に1人分の食料が支給された。
「当時は、避難所に行けば当然何かしてもらえると思っていたんです。でも考えが甘かった。いくら寒くてもお腹が空いても、子どもたちに何もしてあげられず、親としてただただ情けなさと悔しさが込み上げてきました」
震災から1年後、子どもたちの心のケアのためにも仕事を辞め、妹家族の暮らす熊本県和水町に移り住むことに。そこで町が地域活性化に取り組む地域おこし協力隊を募集していると知り、働くことにした。
地域おこし協力隊として活動するうちに、被災体験を地元の人たちに話してほしいと依頼された。そこで震災時に困ったことやつらかったことを語ったところ、次々と講演依頼が舞い込むように。だが、柳原さんの心にはひっかかるものがあった。
「まるで映画を観るように、皆さん私の話に涙してくださるのですが、講演会が終わったらそれで完結。聞いた人の新たな行動につながっていないことに気づいたんです。よく考えてみると、私が話していたのはあくまで体験談。そこから何を学び、災害が起こる前に何ができるのか、自分自身が考えられていませんでした。私が伝えるべきなのは、“被災”ではなく“防災”だと思ったんです」
それから柳原さんは、防災士の資格を取得。災害の歴史やプレート構造などの専門知識を学んだが、それらを日常に結びつける入り口が必要だと感じた。
そこで、講演会の参加者によって話の切り口を変えることに。例えば、高齢者に向けるなら「防災につながる健康づくり」、子育て中の人に向けるなら「親子で楽しめる防災」。普段考える機会のない防災をいかに自分ごと化できるか、そのきっかけ作りを意識した。
2016年に行ったのは、地域の婚活と防災をかけあわせた「婚活防災」。婚活イベント中に、カップルの共同作業として炊き出しを組み込んだ。
「普段防災の講演会に顔を出さない若者たちにも、興味を持ってもらえました。その1か月後に熊本地震が起きたのですが、参加者から『避難所の運営や炊き出しの手伝いができました』と聞いたときは嬉しかったですね。避難所では皆受け身になりがちですが、運営する行政の方々も被災者なんです。事前に防災意識があると、お互いに声をかけあいながら自ら行動できます」
■防災は、人生を能動的にかじ取りするための術
柳原さんに防災を学び伝え続ける理由を尋ねてみると、「後悔したくないから」という答えが返ってきた。
「東日本大震災のときは、『もっと~~しておけばよかった』と後悔ばかりでした。でも、そんな生き方はもうしたくないと感じたんです。そのためには身近なことから備え、日々アンテナを張ることが大事だと思います。そうすることで、ゆとりを持って心豊かに生きられると実感しています。災害はコントロールできない。だからこそ、それに振り回されるのではなく、日々の暮らしも人生も自分の手で能動的にかじ取りしていきたい。私にとって、そんな生き方を実践するための基盤が防災なのだと思います」
この活動を通して自分自身が成長できたとも、柳原さんは語る。コロナ禍でリアルな場での講演会が減った今も、困難をどう乗り越えるのか、マイナスをプラスに切り替える精神力が身についた。今後は、これまで以上に防災をポジティブに伝えていきたいという。
「最近YouTubeデビューもしました。災害時に身を守るための体操や、避難所での段ボールパーティションやキッチンペーパーマスクの作り方など、自作の歌に合わせて紹介しています。世の中にある防災情報は、恐怖を植え付けるものも多い。でも、ネガティブなものは心に響かないし、それでは人は動かない。コロナ禍の今だからこそ、元気の出る防災を明るく発信することに一層シフトしていきたいです」
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この記事は、日テレのキャンペーン「Good For the Planet」の一環で取材しました。
■「Good For the Planet」とは
SDGsの17項目を中心に、「地球にいいこと」を発見・発信していく日本テレビのキャンペーンです。
今年のテーマは「#今からスイッチ」。
地上波放送では2021年5月31日から6月6日、日テレ系の40番組以上が参加しました。
これにあわせて、日本テレビ報道局は様々な「地球にいいこと」や実践者を取材し、6月末まで記事を発信していきます。