「笑い声や拍手が力に…」新国立劇場バレエ「コッペリア」に満場の観客が喝采~コロナ禍の無観客上演から約2年
先月末、東京・新国立劇場でバレエ「コッペリア」が上演されました。実はこの公演、2021年、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、観客を入れての上演が中止となり出演者らが涙をのんだものでした。ただこの時は無観客ライブ配信が行われ、17万人近くが視聴。新たなファン開拓にもつながりました。無観客ライブ配信の舞台裏を取材してから2年。満を持して観客の前に帰ってきた様子を取材しました。(報道局社会部 和田弘江)
東京・渋谷区にある新国立劇場では、2月23日(木・祝)から26日(日)にバレエ公演「コッペリア」が6回にわたり上演されました。今回の「コッペリア」は、フランス人の名振付師ローラン・プティの演出によるもので、小粋でおしゃれで、ユーモアたっぷり、そして少しほろ苦さも残る傑作です。
実はこの作品、2021年5月に上演が予定されていたものでした。しかし、この時、新型コロナウイルスの感染拡大にともなう緊急事態宣言による東京都の要請を受けて、公演初日直前で無観客での上演を余儀なくされます。
劇場は急きょ公演を無料でライブ配信することにしました。赤字覚悟の苦渋の決断だったといいます。その反響は大きく、4日間で約16万7000人が視聴。劇場には「初めてバレエを見た」という声も寄せられたといいます。
無料ライブ配信の初日、私たちは、その舞台裏に密着取材していました。普段は衣装や小道具が置かれているという倉庫は、即席のライブ配信を行うための機材部屋に。舞台袖へと移動すると、衣装を着けウォーミングアップを行うダンサーの姿がありました。しかし、観客席はがらんとしたまま。通常、観客をむかえる前に、舞台上で衣装や舞台メイクをつけて本番と同じように行う「舞台稽古」がありますが、この時の様子はまるで「舞台稽古」のようでした。
バレエでは、シーンの終わりや大技が決まるなどのタイミングで、観客から拍手が沸き起こります。ダンサーたちは、その拍手を全身に浴び、観客に挨拶をするのですが、無観客での公演となると、もちろん拍手は起きません。ガランとした客席を前にして、しーんと静まりかえった中、ダンサーたちはカメラの向こう側にいる観客に向け心をこめてお辞儀をする様は、とても切なく胸が締め付けられました。
上演後、主役を務めた2人にインタビューしたところ、井澤駿さんは「普段ではない無観客のライブで緊張した。普段はバレエを見られない方も楽しんでいただけたら」と話し、米沢唯さんは「いまあまり移動も出来ないし、 外出するのも怖いのでおうちでゆっくり楽しんでいただけたら嬉しい」と胸の内を語っていました。
今回、満を持してようやく観客の前で上演することが出来た「コッペリア」。無料ライブ配信をみて、劇場に初めて足を運んだという観客もいたといいます。平日の夜公演以外はほぼ満席が続き、千秋楽では、4階席までいっぱいとなった観客から割れんばかりの拍手が劇場に響いていました。終演後、観客のスタンディングオーベーション、いつまでも鳴り止まない拍手を前に、ダンサーらは何度も何度もカーテンコールに呼び出され続けました。
この様子について今回最終公演の主役を務めた米沢唯さんはこうコメントしています。
米沢唯さん
「前回2021年5月の「コッペリア」の上演は、コロナで中止になり、無観客ライブ配信されました。そのときは、どんな形であっても舞台で踊ることができて嬉しい、と思いましたが、今回、上演中に聞こえてくる客席からの笑い声や拍手に、大きなエネルギーをいただきました。客席の反応は、私を作品のなかへのめり込ませ、物語を前へ前へと進め、踊り終わった後はからだの中が幸せでいっぱいになっていました。最近、コロナ対策は緩和しつつありますが、お客さまの前で演じることは当たり前ではないと知ったので、これから、より一層一つ一つの舞台を大切に踊っていきます」
「観客も舞台を作り上げる一員」とはよく言ったもので、ダンサーらのパフォーマンスと拍手という相互コミュニケーションにより、舞台はより良いものへと作られていくのだということを目の当たりにした瞬間でした。
新型コロナウイルスの感染拡大で、舞台演劇などエンターテイメント界は大きな影響を受けました。“不要不急”だとされ、劇場には人が多く集まることなどから、公演は軒並み延期や中止に。3年にもわたる長いコロナ禍を経て、劇場は少しずつ以前の活気を取り戻しつつあります。
新国立劇場では、来月、シェークスピアの原作による2つのバレエ作品が上演される予定です。やはり新型コロナウイルスの影響で公演が中止となった「真夏の夜の夢」と世界初演となる「マクベス」です。
長年、英国ロイヤルバレエ団でプリンシパルをつとめた吉田都さんは、新国立劇場バレエ団の芸術監督への就任時、「ダンサーの環境を整えたい」と話していました。
国際的なコンクールで日本人が入賞することもめずらしくなくなり、プロのダンサーとして活動する人も増えましたが、練習場所の確保や給料の支給体系など、欧米と比べると国内のダンサーを取り巻く環境はまだまだ厳しい状況が続いています。それにさらに追い打ちをかけた新型コロナウイルスの感染拡大。厳しい期間を耐え抜いたダンサーたちが、大輪の花を咲かせようとさらに活躍することを願ってやみません。
また、新国立劇場バレエ団では、公演数を増やしたり、ケガをしたダンサーが適切な治療を受けられるよう医療機関と連携したりするなど、ダンサーらの環境改善に向けた取り組みも行われています。
就任当初からコロナ禍に巻き込まれながら、バレエ団運営をしてきた吉田都芸術監督が、これからどんな挑戦をするのかにも注目されます。