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欧州王室との「小旅行」とお召し列車

2021年7月19日 15:08
欧州王室との「小旅行」とお召し列車

ひとつの瞬間から知られざる皇室の実像に迫る「皇室 a Moment」。今回は、皇室が欧州王室を迎えた時の「小旅行」と「お召し列車」について、長年、皇室取材に携わってきた日本テレビ客員解説委員の井上茂男さんとともにスポットを当てます。

――こちらはどういう場面でしょうか?

2007(平成19)年3月、天皇皇后両陛下時代の上皇ご夫妻が、スウェーデンのカール16世グスタフ国王夫妻を国賓として迎え、「小江戸」として人気の埼玉県川越市に案内された時の写真です。ヨーロッパ王室から国賓を迎えた折、皇室のおもてなしとして「小旅行」という首都圏への日帰りのお出かけが行われます。古い蔵造りの町並みが続く商店街を45分ほど散策し、川越まつりの山車などを見学しました。喜多院というお寺で見た満開のしだれ桜は、日本ならではの情緒を体験してもらうよい機会でもあります。この時、同行して取材していましたが、国王とシルビア王妃のなんとも言えないやわらかな表情が印象的で、「小旅行」の意味を感じたものでした。

平成の30年間、「小旅行」は10回行われ、行き先は首都圏近郊、上皇ご夫妻は日帰りで案内されてきました。注目されたのは1996年10月、ベルギーのアルベール2世国王(当時)夫妻を迎えた時です。ベルギー王室は、ヨーロッパ王室の中でもとても親しい間柄です。上皇ご夫妻は国王夫妻を迎え、栃木県足利市にある「足利学校」などを案内されました。

――この時は「お召し列車」が久しぶりに運行されたことでも大きな話題になりましたよね。

小山から足利までの移動の際に、天皇専用の車両である「1号御料車」を中心にした「1号編成」と呼ばれる「お召し列車」が使われました。昭和時代、このお召し列車は、昭和天皇の地方への移動に使われていましたが、この時の利用は、1987(昭和62)年に昭和天皇が佐賀で乗って以来、実に9年ぶりのことでした。

――日本中が沸き立ちましたよね。牽引しているのは「EF58-61」、ロイヤルエンジンですね。

そうです。「ゴハチのロクイチ」と呼ばれるロイヤルエンジンです。またこの時、特別に事前に報道陣に「1号御料車」の内部も公開されました。両陛下が乗られる御座所は、和のテイストでシックにまとめられ、1人掛けのソファが配されています。防振、防音、完全冷暖房で、部屋の隅にはテレビもあります。その隣にある休憩室には横になれるようなソファも置かれています。奥には洗面台や鏡などもあり、広々とした作りとなっています。

続いての「小旅行」は、1999年4月、ルクセンブルクのジャン大公(当時)夫妻を山梨県に案内された時です。この時は大月からの帰りにお召し列車が使われました。到着したのは原宿駅の敷地内に今もひっそりと残る「皇室専用ホーム」です。「宮廷ホーム」と呼ばれるこのホームも、昭和時代は多く使われましたが、平成に入って上皇さまはできるだけ一般に近い形を望まれて使われなくなって、2001(平成13)年が最後の利用です。

――原宿駅の普通のホームからも見えますが、普段は門が固く閉ざされていますね。ただ、2016年10月に1日だけ一般公開されました。とてもゴージャスな白塗りの建物に古いレールなども柱に使われている部分もあり、まもなく100年経つというのに素敵なたたずまいだなと思いました。こういった「小旅行」の訪問先はどうやって決められるんですか?

ちょっと驚くのですが、上皇さまがご自分で探し計画を練られていたそうです。ルクセンブルク大公を案内した山梨県でのお目当ては、工業用のロボットを作るファナックという会社の工場でした。ルクセンブルクに日本から最初に進出した企業で、上皇さまはそこに注目されたのです。

2001年3月にはノルウェーのハラルド5世国王を、神奈川県にある江の島ヨットハーバーへ案内されました。国王は、1964(昭和39)年に開催された東京オリンピックにヨットの選手として出場しました。その競技が行われたのが江の島ヨットハーバーで、37年前の思い出の地へいざなわれたんですね。この時は、帰りの手段がまた興味深いんです。横須賀から東京までは海上保安庁の巡視艇の「お召し船」で約1時間半の船旅を楽しまれました。

――船旅というのも珍しいですよね。

1度だけです。実は1985年にノルウェーを上皇ご夫妻が訪問された時、国王夫妻が1泊の船旅でフィヨルド観光に案内しています。横須賀からの船旅はその「お返し」でもありますし、海との縁が深い国の国王への敬意なのだと思います。

――「小旅行」で、お召し列車以外の列車に乗られることもあるんですか。

新幹線もありますし、2007年にスウェーデン国王夫妻を川越に案内した時には、西武鉄道の臨時専用列車に乗って、西武新宿駅と本川越駅を往復されています。

――西武10000系の特急ニューレッドアローですね。

また2008年スペイン国王夫妻をつくばに案内した時には、帰りにつくばエクスプレスの一般車両をつくば駅から南千住駅まで利用されています。つり革が下がっている車両で、国王も非常に喜んでいました。

お召し列車は「1号編成」の老朽化に伴い、機関車にけん引される客車型から、特急電車型の車両に変わり、2007年にE655系がデビューします。2008年、スペイン国王を迎えた時に初めて利用されました。この時、私も取材で同乗しましたが、とても快適な乗り心地で静かな車両だったことを覚えています。

――このE655系は、一般の人も乗れるような豪華列車というコンセプトで作られたんですよね。

「なごみ」という団体専用列車として乗ることができ、お召し列車の時だけ真ん中に御料車が入るという形です。

――そして今の天皇陛下も小旅行をされているんでしょうか。

皇太子時代の陛下も案内されています。2010(平成22)年9月、皇太子時代のオランダ国王を千葉県北西部の「利根運河」に案内されました。明治初頭、オランダ人技師ムルデルの指揮で造られた運河です。私も現地で取材をしていましたが、オランダ国王は、日本で技師の名が忘れられないでいることを喜んでいました。

――こうした小旅行の意義をどのようにとらえていますか。

天皇時代の上皇さまは、国内外を問わず、訪問先で観光をされませんでした。訪問は常に人と会うためです。小旅行は、訪問した時のもてなしに対するお返しという意味が大きいでしょうが、その国とのゆかりのある場所を一緒に訪ねて思い出を作る、その思い出が友好親善につながっていくのだと思っています。

【井上茂男(いのうえ・しげお)】
日本テレビ客員解説委員。皇室ジャーナリスト。元読売新聞編集委員。1957年生まれ。読売新聞社で宮内庁担当として天皇皇后両陛下のご結婚を取材。警視庁キャップ、社会部デスクなどを経て、編集委員として雅子さまの病気や愛子さまの成長を取材した。著書に『皇室ダイアリー』(中央公論新社)、『番記者が見た新天皇の素顔』(中公新書ラクレ)。