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上皇さまとブルーギルとティラピア

2021年7月31日 10:59
上皇さまとブルーギルとティラピア

ハゼの新種2種を新たに発表された魚類学者の上皇さまには、ハゼだけでなく関わりの深い魚があります。外来魚のブルーギルや、タイ北部の食卓に欠かせないティラピアです。その関わりにいろいろ逸話がありました。(日本テレビ客員解説委員 井上茂男)


【皇室コラム】「皇室 その時そこにエピソードが」第10回<上皇さまとブルーギルとティラピア>


■心を痛めるブルーギルの繁殖

2007(平成19)年11月。滋賀県の琵琶湖で開かれた「第27回全国豊かな海づくり大会」は、「海」ならぬ内水面の「湖(うみ)」で行われた初めての大会で、上皇さまのお言葉が大きなニュースになりました。

「外来魚やカワウの異常繁殖などにより、琵琶湖の漁獲量は、大きく減ってきています。外来魚の中のブルーギルは50年近く前、私が米国より持ち帰り、水産庁の研究所に寄贈したものであり、当初、食用魚としての期待が大きく、養殖が開始されましたが、今、このような結果になったことに心を痛めています」

ブルーギルは北米原産の淡水魚です。体長10~20センチ。小魚や魚の卵などを食べて生態系を壊すため、ブラックバスと共に「特定外来生物」として防除対象とされています。琵琶湖ではホンモロコなど固有種が減少した一因とされ、上皇さまのお言葉は心痛の吐露と受け止められました。

上皇ご夫妻がアメリカを訪問されたのは1960(昭和35)年秋のことです。今の天皇陛下の誕生からわずか7か月。日米安保条約の改定で国内が騒然とするなか、アイゼンハワー米大統領の来日が中止となり、若いお二人の“皇室外交”に大きな期待が寄せられました。

ワシントンやニューヨークなどを訪問し、シカゴで上皇さまはシェッド水族館を訪ね、1時間ほど見学されました。この時、市長からアメリカ産の魚を贈られます。当時の朝日新聞は「四種類の魚を贈られて皇太子さまは大喜び」と伝えています。うち1種がブルーギルでした。

終戦から15年。日本は食糧難で、たんぱく源を増やそうとしていた時代です。上皇さまは「釣りやすい魚だから」と持ち帰り、水産庁の淡水区水産研究所に託されます。その一部が1963~64(昭和38~39)年に滋賀県の水産試験場に分けられました。淡水真珠を作るイケチョウガイ(池蝶貝)を養殖するために、貝の幼生の寄生先にブルーギルを使うためでした。2007(平成19)年当時の取材で県から「網は二重で逃げ出したとは考えられない」と聞きましたが、60年代末までには琵琶湖内で見られるようになります。

財団法人淡水魚保護協会の機関誌『淡水魚』第3号(1977年発行)に興味深い寄稿があります。協会の木村英造氏が上皇さまから聞いた話をまとめた寄稿です。そこには「滋賀県に移され一部が養殖池から逃げだし、淡水魚の宝庫である琵琶湖に見られるようになった」という事実認識が記され、「殿下が心配されていた、外来魚ブルーギルの開放水域への侵入が現実となってしまったことになり、殿下は残念に思われている御様子だった」と拝察が綴られています。心痛は、お言葉のはるか前の、30年前から始まっていたのです。


■キャッチ・アンド・リリースで繁殖

琵琶湖畔でのお言葉から約1か月後。上皇さまは74歳の誕生日の会見でお言葉の思いを聞かれ、「ブルーギルを滋賀県水産試験場に移すという話を聞いた時に、淡水真珠養殖業者の役に立てばという気持ちも働き、琵琶湖にブルーギルが入らないようにという程度のことしか言わなかったことを残念に思っています」と話されました。さらに、かつて釣った魚は食べるのが普通だったものの、現在は「キャッチ・アンド・リリース」が浸透してブルーギルなどが繁殖するようになったことを指摘し、「おいしく食べられる魚と思いますので」と、食材にして繁殖を抑えることを願われました。

心痛ばかりが注目された琵琶湖のお言葉ですが、上皇さまは「かつて琵琶湖にいたニッポンバラタナゴが絶滅してしまったようなことが二度と起こらないように、琵琶湖の生物を注意深く見守っていくことが大切と思います」と警鐘も鳴らされました。

ニッポンバラタナゴはコイ科の体長2~4センチの魚です。上皇さまは会見で、ニッポンバラタナゴは中国から移入されたタイリクバラタナゴより立場が弱く、一尾でも混ざると雑種ができて純粋性が保てないことも解説されました。その上で、交雑の心配のない場所で飼育しようと、赤坂御用地の池で大阪産を、常陸宮さまに頼んで常陸宮邸内の池で福岡産を飼育していることを明かされました。できることを実践されていたのです。


■皇室からの贈り物 タイに贈ったティラピア

外国で喜ばれている魚もあります。上皇さまがタイの故・プミポン国王に贈られたティラピアです。1964(昭和39)年にタイを訪問した折、上皇ご夫妻は北部のチェンマイを訪ね、上皇さまは水産試験所や養魚池などを視察されました。そこで食用に育てているティラピア2種が大きくならないことを聞き、帰国後、御所で飼っている種は大きくなるからと、上皇さまは稚魚50尾を国王に贈られました。

その魚は「プラーニン」と呼ばれてタイ各地で養殖され、揚げたり、蒸したりして広く食されているそうです。数年前、日本でタイ語を教えているタイ人に聞いたところ、「タイ人なら知っていますよ。『日本の皇室からの贈り物』として小学校の教科書に載っています。おいしいですよ」と自慢げでした。日本で暮らすタイの人たちのために“逆輸出”もされているということでした。

「上皇さまは科学にまつわる話が本当にお好きです」という話を関係者からよく聞きます。ハゼの研究で海外に知られる上皇さまですが、ブルーギルやニッポンバラタナゴ、ティラピアにまつわるエピソードからも「科学者天皇」の素顔がうかがえます。
(終)


※冒頭の動画は「外来魚ブルーギルを持ち帰ったことに言及された上皇さま」(2007年11月 滋賀・大津市)


【略歴】井上茂男(いのうえ・しげお)
日本テレビ客員解説委員。元読売新聞編集委員。皇室ジャーナリスト。1957年東京生まれ。読売新聞社会部の宮内庁担当として天皇皇后両陛下のご成婚や皇后さまの適応障害、愛子さまの成長などを取材。著書に『皇室ダイアリー』(中央公論新社)、『番記者が見た新天皇の素顔』(中公新書ラクレ)。