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「山に魅せられ半世紀以上」天皇陛下と登山

2021年8月16日 14:19
「山に魅せられ半世紀以上」天皇陛下と登山

ひとつの瞬間から知られざる皇室の実像に迫る「皇室 a Moment」。今年で6回目となった「山の日」は、東京オリンピックの特例措置で8月8日でした。今回は「山の日」にちなんで「天皇陛下と登山」について、長年、皇室取材に携わってきた日本テレビ客員解説委員の井上茂男さんとともに振り返ります。


――井上さんこちらはどのような場面でしょうか。

5年前の2016(平成28)年8月11日、国民の祝日に「山の日」が加わり、第1回記念式典が長野県上高地で行われました。その時の一場面です。天皇皇后両陛下は愛子さまを伴って式典に登山スタイルで出席し、その後、上高地を散策されました。中学3年生の愛子さまにとって、初めての地方公務への同行でしたが、地元の小学生らとにこやかに話をされました。この時、陛下は式典で挨拶をされています。

天皇陛下「私自身,山に登り始めて50年ほどになりますが,山に登るたびに新しい発見や新たに学ぶことがあり、山の魅力は尽きることがありません」

実は、この49年前、陛下はご両親の上皇ご夫妻と一緒に、親子3人で上高地を訪問されました。お言葉では、その時のことを「穂高(ほたか)連峰の雄大な景色に魅了され、(略)梓川の清流に心を癒やされたことが、懐かしく思い出されます」と述べられています。親子三人でのお出かけは、“思い出の地をわが子とも”というお考えだったと思います。


――井上さん、陛下はいつ頃から登山をされているんでしょうか?

初めての登山は天皇陛下5歳の夏でした。静養先の軽井沢にある標高1256メートルの離山(はなれやま)に登り、その後も周辺の山を立て続けに登られました。映像はその夏の登山の様子ですが、この年だけで計12回に上ります。5歳で山の魅力に取りつかれたと思われます。


――12回もその年だけで登られたんですね。その後はどんな山を登られるんでしょうか?

中学・高校・大学と進むにつれ北アルプスの燕岳(つばくろだけ)など本格的な登山経験を重ね、英国留学中もスコットランドやイングランドの名峰にも登られました。帰国後は南アルプスを縦走し山の上でのテント生活も経験されています。これまでに登られた山はのべ170以上にわたります。


――井上さんも登山に同行されたことがあるんですよね?

はい、6度ほど同行しました。今は、記者は頂上などに先回りして待ち構えて取材する形ですが、独身時代は、麓から後ろに付いて登っていく“完全同行”でした。


――登山の時の陛下はどういうご様子なんでしょうか?

健脚ぶりにいつも舌を巻いたものです。運動不足のこちらは喘ぎ喘ぎ登って行きますが、陛下は颯爽と、涼しげで、楽しそうでした。陛下はよく足を止めて写真を撮られていました。


――ご結婚後は皇后さまも一緒に登山をされているんですか?

1993(平成5)年に皇后さまと結婚されてからは、お二人で登山を楽しまれるようになります。お二人での3度目の登山となった北海道の知床半島にある羅臼岳(らうすだけ)には、私も同行しました。ナナカマドが赤く色づく初秋の知床で、周りから離れてお二人で昼食を取られ、熱々だったことを覚えています。この時、頂上はあいにくの霧でしたが、一瞬晴れて麓のウトロの町が見え、皇后さまが声を上げられたのが印象でした。


――山の上では、一般の登山客もいるんですよね?

はい、時には気さくな出会いもあります。登山者と行き会う時は必ず「こんにちは」「どちらからですか」と声をかけられます。普通の登山者という感じです。


――愛子さまが生まれてからも登山はされているんですか?

<写真:2009年8月 栃木・那須連峰 牛ヶ首>
2009(平成21)年には、7歳の愛子さまを伴って、ご一家3人で那須連峰に登られています。これが愛子さまの初めての登山でした。その後も那須ご静養の折には3人で山登りをされています。


――素敵なお写真ですね。家族で登山を楽しまれているんですね。また、日本一の富士山にも登られているんでしょうか?

陛下は2008(平成20)年、念願だった富士山の頂上を極められました。昭和63年に一度挑戦していますが、激しい風雨に遭って8合目付近で断念され、20年越しの登頂でした。その時、陛下はこんな喜びを語られています。

天皇陛下「富士山の高さというか大きさと言うのを本当に感じましたね。登らせていただくという気持ちでいつも来ていますけれども、ここまで来ることが出来て本当によかったと思います」

<写真:1990年6月 奈良・大峰山裏行場>
こちらは、陛下が1990(平成2)年6月の奈良県の大峰連峰で岩登りをされている場面です。この山は山伏達が行き交う“修験の山”で、この場所も裏行場とよばれる修行の場所でした。

その1か月後に、南アルプスの甲斐駒ヶ岳にも登られました。この山は“信仰の山”で、陛下は二つの登山をセットでお考えでした。陛下は翌年「私にとって信仰の山への登山は、過去を偲びながら歩む生きた歴史探訪なのである」と思いをつづられています。ただ山がお好きなのではなく、歴史学者の陛下にとって、登山道は歴史と触れ合う場でもあるようです。


――即位されてから登山はされているんでしょうか?

まだ登山はされていません。ですが、日本山岳会の晩餐会には出席されました。陛下の胸に注目していただきたいのですが、「天皇陛下」と書いた名札をつけられているんです。

――本当だ!つけられていますね。

会員番号は「10001番」。天皇陛下としてではなく、山を愛する会員の一人として、という姿勢が、会員と同じ名札を付けられることに表れているように思います。


――本当に山がお好きだということが伝わってきますね。また今後も登山を楽しまれる姿を拝見したいです。

塀に囲まれた御所で育った陛下は、外の世界に通じる「道」に興味を持ってこられました。登山道もその道です。ですから塀のない大自然の解放感は特別なのではないでしょうか。天皇陛下のお出かけは、山であれ、最高度の警備体制が敷かれます。皇太子時代のようにはいかないでしょうが、コロナが収束した暁には、可能な機会にご一家3人でお好きな山に触れていただきたいと思います。


【井上茂男(いのうえ・しげお)】
日本テレビ客員解説委員。皇室ジャーナリスト。元読売新聞編集委員。1957年生まれ。読売新聞社で宮内庁担当として天皇皇后両陛下のご結婚を取材。警視庁キャップ、社会部デスクなどを経て、編集委員として雅子さまの病気や愛子さまの成長を取材した。