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妊娠中から出産後1年まで同じ担当者が伴走 東京都の新事業 効果も検証

2024年2月20日 7:10
妊娠中から出産後1年まで同じ担当者が伴走 東京都の新事業 効果も検証
2月2日の報告会

妊娠中の女性を出産1年後まで同じ担当者が切れ目なくサポートする新たな仕組みに東京都が取り組んでいて、モデル事業で得られた効果などが2月2日に発表された。

■新たな子育て支援策「アーリーパートナーシップ」モデル事業

東京都は25歳以下の初産の妊婦を対象に、1人の担当者が妊娠中から出産後1年経過するまでサポートする制度を創設すべく、墨田区、大田区、渋谷区、調布市で3年間、モデル事業を行った。

●妊婦が行政の窓口で母子手帳を受け取る際に面接。その後、出産後まで一貫して相談にのる行政の担当者、ファミリーサポートワーカー(FSW)が決まる

●妊娠初期からFSWが妊婦の要望や不安などを聞き、各自に応じ、主に生活面をサポート(収入・貯金をもとに出産後の家計の見通しを専用ソフトで考える、保育園の下見、出産後の家具配置を考えるなど。必要に応じて専門家や行政の他部署などにもつなぐ)

●出産後1か月頃までに訪問、要望を聞き、サポート内容決定

●出産後1年までサポート

特徴は、妊産婦側の視点、ニーズを大切にして支援を考えることだという。サポートは妊娠中や出産直後の母子に対応する「母子保健部門」と子どもの福祉などを担当する「子ども家庭支援センター」が連携して行うのがポイント。妊産婦からみると、出産前と後に別々の窓口でイチから説明する必要がなく、気心の知れた1人の担当者に、直接の面会や電話、LINEなどで様々な疑問、悩みを相談でき、切れ目なく支えてもらえる形だ。

■なぜこうした制度が必要なのか

制度設計に協力している東京都医学総合研究所は、人類の歴史を研究してきた長谷川眞理子氏を招いて海外の論文などの勉強会を重ねてきた。2月2日に行われた報告会で、同研究所・山崎修道さんが次のように説明した。

人類は父親や母親だけでは育児ができない生き物で、周りの大人も参加しての「共同養育」が基本。人の脳はそうしたものなのに、母親一人で子どもを育てるのは、人類の歴史からみると「異常な環境」であり、どうにかしないといけない。

そしてサポートは妊娠期から始めないと間に合わない。出産後に何か困ったら相談に来てね、では困りごとが大きくなるまで気づいてもらえないし、人は本当に困った状況だと相談などしなくなる。

従来の「妊婦面接」では、初対面の妊婦さんに「お酒を飲んでいるか」などと質問するが、妊婦は怒られると思い、正直に答えないのではないか。行政は良かれと思ってやっているが、サポートが必要な人に届いていない。

パートナーからの暴力など初対面の行政の人には打ち明けにくい。つまり早い段階から出会い、信頼関係をつくることが必要だ。リスクが高そうな妊婦を探そうというスクリーニング方式ではうまくいかない。かといって行政が妊婦全員と信頼関係をつくるには、人的資源が足りず、広く薄くになり、サポートのミスマッチが起きている。

限られた資源で必要な人に手厚く対応するとして、対象をどの層にするのか? 国際思春期学会などが「25歳以下は脳の発達途中で思春期である」とし、「優先的な支援対象とすべき」と指摘していることなどを受けて、都は事業の対象を「25歳以下」かつ「初産」の人に決定した。虐待や産後うつなどが起きてからサポートするのが「下流活動」だとすると、そうしたことが起きる前の早い段階=川の上流での活動に力を入れるのが世界的な潮流だ。

この新しい方法は、これまでのサポートとは「似て非なるもの」で、実効性を持たせるには、担当者や管理職を対象にした専門知識などの研修と意識改革が重要だ。

このモデル事業の効果を調べる指標の一つとして、都医学総合研究所は海外の論文などをもとに、妊産婦の「ゆとり感」を把握するアンケートを独自に考案。モデル事業の効果を調べた速報値を、報告会で発表した。

妊娠早期、妊娠後期、産後1か月、産後6か月、それぞれの時点の「ゆとり感」をはかったところ、従来の制度でサポートを受けた妊産婦の「ゆとり感」は妊娠早期と後期ではあまり変わらず、出産後は低下。一方、モデル事業でサポートを受けた妊産婦の「ゆとり感」は妊娠中に高まり、産後1か月で下がったものの、妊娠早期よりも高い状態を保ち、産後6か月ではプラス7.76にまで上昇していた。

従来の制度とモデル事業の対象者の「ゆとり感」は、産後1か月では、約4点の差があり、これは産後うつのリスクが半分になる状態だという。産後6か月時点では約10点差で、産後うつのリスクは、モデル事業の妊産婦では従来のサービスを受けた場合の20%にまで下がったことになるという。

■自治体の報告

モデル事業を行ったある自治体では、妊婦と月に1~2回対面し、産後の育児のイメージづくりをしたという。その際、自治体の担当者は、部屋が狭く、ベビーベッドが置けないなら布団を使おう、妊婦が語りたくないことを語らないのは当たり前だ、と思えるようになり、妊婦の生活スタイルを無理に変えようとしないなど、サポートする側の心の変化を実感したと報告した。

■専門家は

報告会では武蔵野大の中板育美教授が「この事業は妊娠期から福祉分野と保健分野が一緒に支援を開始することにより、妊婦さんへのアドバイスに一貫性が持てる。こども家庭センターを検討する時にも軸になる考え方、全国にも発信してほしい」と述べた。

また「行政側は、妊婦にこれをやるべき、これをしなさいと言いがちだが、妊婦は、まず自分が何を頑張っているか、してほしいかを聞いてほしいものだ」と聞く姿勢の重要性を改めて強調した。

モデル事業創設に携わった東京都医学総合研究所の社会健康医学研究センター長の西田淳志氏は、次のように解説した。

モデル事業の発端となった都児童福祉審議会の答申では、科学的根拠のある予防モデルの開発が要請された。効果が科学的に検証されている福祉政策はこれまで非常に少ない。行政は一生懸命、政策を実行したとしても、データからその成果が見いだされない場合、その結果に謙虚にならなければならない。

このモデル事業で、妊婦の「ゆとり感」の得点が上がってきたが、従来型支援を受けた妊産婦の「ゆとり感」が出産後、下がっている。似て非なる支援策がたくさんある中、エビデンスがあるサポートに積極的に取り組むかどうか、だ。

そして、このモデル事業を実施した自治体は、組織変革にも熱心に取り組まれたことも強調したい。母子保健部門と福祉部門は、強烈な縦割りで分断されてきた歴史があるので、4月以降、こども家庭センターができても、ただ物理的に横に座っただけではおそらく何も変わらない。管理職の意識を変えないと、組織変革は起こせないと強く訴えた。

東京都は、2024年度から3年間、この新しい妊産婦サポート策を「こども家庭センター体制強化事業」と名づけ、手をあげた自治体には、サポートのノウハウを提供し、人件費を補助する計画だ。

群れで子育てする「共同養育」が失われた現代、行政の担当者が妊産婦の話を否定せずに聞き、切れ目なく、困りごとを一緒に解決する新たな取り組みがどこまで広がるか注目される。

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