「頭を持って帰ってきた」母親が見た地獄「運命…」逮捕までの日々 弁護側の主張
札幌・すすきののホテルで2023年、男性の首を切断し頭部を持ち去った、世間を震撼させた事件。札幌の親子3人が逮捕されました。
死体遺棄ほう助と死体損壊ほう助の罪に問われている母親の田村浩子被告(61)は、2024年6月4日に開かれた初公判で無罪を主張しました。
今回の裁判で明らかになったのは、驚愕…とも言えるいびつな家族の関係性と、事件当時の親子のやりとりです。
弁護側の冒頭陳述は以下の通り(一部抜粋)。
◇不登校・友人なし…瑠奈被告の生活
▼娘の瑠奈被告は小学2年生のころから徐々に学校を休みがちになり、中学入学後は一切登校ができなくなる。
▼浩子被告と父親の修被告は、瑠奈被告を精神外科に受診させ、主治医の意見も聞き、中学3年生からフリースクールに通わせる。しかし瑠奈被告はフリースクールにはほとんど通えず、18歳ごろから自宅で引きこもりの状態になり、昼夜逆転の生活を送る。瑠奈被告は両親が一緒でなければ外出ができず、そのほとんどは修被告の送迎でゲームセンターや趣味のドールショップなどに行く程度で、友人もいない。
◇「田村瑠奈は死んだ」娘の変化
▼瑠奈被告は18歳のころから自殺未遂を繰り返すようになり「田村瑠奈は死んだ」「田村瑠奈の体には5~6人の魂が入って、体を借りているだけ」と言い、妄想が出始めた10年以上前から現在まで、自身が「田村瑠奈」である認識はない。
▼浩子被告と修被告も娘を「瑠奈」と名前で呼ぶことを許されなくなり「お嬢さん」などと呼ばなければならなかった。瑠奈被告も、浩子被告を「彼女」、修被告を「ドライバーさん」などと呼ぶようになった。
▼瑠奈被告はその時々で話し方や様子が別人のようになる時があり、時折虚空を見つめて、妄想上の恋人との会話も繰り返すようになる。
▼精神科医である修被告は、瑠奈被告の精神が不安定にならないよう、瑠奈被告の妄想に対し、肯定も否定もしないスタンスだった。そのため浩子被告も、瑠奈被告の妄想を否定しないよう細心の注意を払って接していた。
▼瑠奈被告は精神が不安定になると、意味不明な言葉を叫び、自宅の壁を殴って穴を空ける、さらに自傷行為や自殺未遂をするため、両親は瑠奈被告の希望は可能な範囲でかなえるようにしていた。
◇自宅はごみ山積み…父親はネットカフェで生活
▼田村家の自宅は、瑠奈被告が小学生のころまでは、家庭教師の先生や浩子被告の友人が来るなど、普通に整理整頓された家だった。しかし瑠奈被告がごみも含め、物を捨てることを嫌がるようになったため、自宅内は瑠奈被告の物やごみであふれかえるようになってしまった。自分の物を触られることも極端に嫌がるため、両親は瑠奈被告が置いたものを移動させたりすることすらできなかった。
▼事件直前は、足の踏み場もほとんどないような状態となり、居間は浩子被告が寝起きするスペースを確保するのがやっとで、修被告は自宅で寝るスペースをとることができず、ネットカフ ェで寝泊まりしていた。それでも修被告は、出勤前あるいは退勤後、必ず自宅によって浩子被告に頼まれた買い物をしたり、浩子被告の作った食事を受け取るなどしていた。1人で外出できない瑠奈被告が、ゲームセンターなどに行きたいと言った時は送迎もしていた。
◇特異な親子関係…娘に対する治療
▼瑠奈被告は6年ほど前、精神科のクリニックに通っていて、診断名としては躁うつ病という診断を受けた。その後瑠奈被告は、クリニックにも通わなくなり、修被告が薬を処方するようになった。
▼浩子被告ら両親と瑠奈被告は、周囲から見ると非常に特異と評価される親子関係になってしまっていた。
頭部を自宅に遺棄…動画撮影までの経緯
◇引きこもりだった娘の変化に喜んだ浩子被告
▼瑠奈被告は、数年前からホラー映画やSМに興味を持つようになっていた。それまでずっと引きこもりのような生活を送っていたが、2023年2月ごろから急に外出するようになる。
▼2023年5月28日、瑠奈被告の希望ですすきのにあるクラブの閉店イベントに修被告が連れて行くことになった。
▼瑠奈被告がいわゆる「クラブ」という場所に行ったのは、この時が初めて。午前3時ごろ、修被告が瑠奈被告をイベントに連れて行き、浩子被告は自宅で過ごした。
▼午前7時半ごろ、修被告から、「瑠奈被告がクラブで知り合った人と意気投合した」という連絡がきて、浩子被告は喜んだ。長い間引きこもりで、両親以外との交流がない瑠奈被告が、誰かと遊びに行くことは、母親である浩子被告にとっては、大きな前進だと思ったから。
◇被害男性との出会い・トラブル
▼その後、帰宅した瑠奈被告と修被告から聞かされた話に浩子被告は驚いた。その内容は、瑠奈被告がクラブでカラオケに誘われた人物について行ったところ、ホテルに連れて行かれ、そこで性的トラブルになったことだった。トラブルになった相手が被害男性だった。
▼瑠奈被告は男性に怒りを示していたものの、浩子被告には男性について「謝ったら許してあげる」と言っていた。
▼浩子被告は細かなことは聞いていなかったが、修被告から聞いたところによると、瑠奈被告は性的トラブルによって気分が落ち込むとともに、強い怒りの気持ちを持っていた。
◇両親は男性に“娘と会わないよう”懇願
▼6月中旬ごろ浩子被告は、瑠奈被告が修被告とともに、すすきののクラブを何件か回って男性を探し、7月1日に会う約束をしたと聞かされた。
▼修被告と浩子被告は、一度トラブルになった男性と再び会うことには消極的だった。しかし瑠奈被告の意思は強く、とても楽しみにしている様子だったこともあり、とめるようなことは一切言っていない。
▼そこで浩子被告と修被告は、男性に対し、瑠奈被告に会わないよう直接求めることにする。7月1日午後、修被告が公衆電話から男性に電話をかけ、瑠奈被告の関係者を名乗り、この後、待ち合わせ場所に行かないでほしいと頼む。しかし男性は「向こう(瑠奈被告)も会いたがっているわけだから」などと言って拒否したため、修被告は会うこと自体は止められないと思い、瑠奈被告が嫌がることをしないよう男性にお願いした。
◇「頭を持って帰ってきた」母親が見た地獄
▼事件翌日の朝、浩子被告は浴室に見慣れないプラスチックのケースと、そこに入った黒いごみ袋のよういなものを目撃する。瑠奈被告が嫌がるので、黒いごみ袋が何かは確認していない。
▼瑠奈被告から「頭を持って帰ってきた」と聞かされる。浩子被告は半信半疑だったが、頭部のない遺体発見の報道を見て、瑠奈被告の言葉が本当ではないかと考える。恐ろしくて中身は確認していない。
▼瑠奈被告から「見て」と言われる。あまりに普通の言い方だったため、警戒せずに浴室に行くと、洗い場に人間の頭部が置いてあった。
▼浩子被告は「この世の地獄がここにある」と思い、深い絶望感に襲われた。
◇頭部を直視できず、夫に助けを求めた浩子被告
▼7月7日、瑠奈被告が浴室で作業をすると言って、浩子被告に動画の撮影を頼む。具体的に何をするか、浩子被告は聞いていない。
▼浩子被告は頭部を直視できず、理由をつけて断り、修被告に助けを求めたところ、修被告が撮影を了承する。
▼その後、修被告が外出してしまったため、2人きりになった瑠奈被告から再び撮影を求められる恐怖を感じ、「撮影カメラマンするでしょ?」と修被告にメッセージを送信。軽い表現になったのは、瑠奈被告が浩子被告のメッセージを見ることがあったため、瑠奈被告に見られてもいいような日常的な表現を使った。
◇“運命を受け入れよう”逮捕されるまでの日々
▼自宅に頭部があることを知ってから、修被告と浩子被告の生活は言葉に尽くしがたいストレスを感じるものだった。2人ともなすすべもなく、あえてこれまでの日常どおり過ごした。
▼浩子被告は、かなり早い段階で警察の尾行に気づいていたので、両親はそう遠くない時期に瑠奈被告が逮捕されるだろうと思っていた。一緒に暮らせなくなる日がすぐそこまで来ていること、警察が来た時は運命を受け入れようと考えて、その日までのわずかな時間をこれまで通り家族として生活する選択をした。2人とも瑠奈被告だけが逮捕されるとしか思っていなかったところ、修被告と浩子被告まで逮捕されることになった。
弁護側の主張
◇死体遺棄ほう助罪について
▼浩子被告は、瑠奈被告が頭部を自宅浴室に置き続けたことを認識しながら、そのまま生活したことは間違いないが、瑠奈被告が頭部を隠す意思を持っていたとは思っていなく、隠匿を容易にする意思はない。
▼浩子被告は、瑠奈被告をとがめたり、警察に通報するなどのことはしていないが、頭部を隠す行為を容認するような発言も一切していない。特に何もしないまま生活を続けたことを、死体遺棄のほう助と評価することは不可能で、犯罪は成立しない。
◇死体損壊ほう助罪について
▼浩子被告は瑠奈被告からビデオ撮影をしながら頭部を損壊する計画を立てているとは聞いておらず、認識していない。修被告に対しても、抽象的に撮影を 依頼した。
瑠奈被告が浴室で頭部を損壊した際、浩子被告はその場にいなかった。
検察は、浩子被告が娘の犯行を容認したと主張しました。
検察側の冒頭陳述は以下の通り(一部抜粋)。
▼浩子被告と修被告は、瑠奈被告に対し、幼少のころから叱ったりするようなことはせず溺愛し、成人した後も瑠奈被告の要望には最優先で応え、望むものも買い与えた。
▼瑠奈被告の食事の世話などは浩子被告がしていたが、常に瑠奈被告の機嫌を伺い、浩子被告は毎日のように瑠奈被告の様子をSNSで修被告に報告。
▼瑠奈被告にほしい物や食べたい 物を聞いて、それを修被告に買 って帰るように伝えた。
▼浩子被告と修被告は、瑠奈被告のことを「お嬢さん」と呼び、敬語を使っていた。
▼瑠奈被告は所有物の向きが、自分が置いた位置と違うなどと言った些細なことでも、浩子被告らに叱責。修被告が運転中であっても、その首を絞めて自分の怒りをぶつけるなどした。
▼それに対して浩子被告らは、瑠奈被告を叱ることはなく、謝るなどしてその怒りが収まるのを待っていた。
▼浩子被告は、瑠奈被告から「お嬢さんの時間を無駄にするな。私は奴隷です」「立場をわきまえて無駄なお金を使うな」という趣旨の誓約書を書かされ、奴隷のように扱われても、反論したりせず従っていた。
▼修被告も瑠奈被告から「ドライバーさん」と呼ばれ、瑠奈被告が望めば、ゲームセンターやクラブなどまで車で送迎し、夜通し遊ぶ瑠奈被告に徹夜で付き合った。
▼このように家族の中では、瑠奈被告が圧倒的な上位者であり、わがまま放題に振る舞い、両親は奴隷扱いをされても叱ることはせず、「瑠奈被告ファースト」の親子関係が形成されていた。
▼浩子被告は2023年7月3日ごろには、瑠奈被告が自宅に男性の頭部を隠していることを知ったが、7月24日、修被告とともに容認し生活を続けた。
▼瑠奈被告は浴室で、ビデオ撮影しながら頭部を損壊することを計画。
▼浩子被告は瑠奈被告から「ビデオカメラで死体損壊作業するところを動画で撮ってほしい」と求められ、実行を容認。修被告に対してSNSで「撮影カメラマンするでしょ?」などとメッセージを送り、依頼した。
▼修被告は浩子被告の依頼を応諾し、頭部を損壊する様子をビデオ撮影した。
検察は「事件前に瑠奈被告が被害男性との間に性的トラブルがあり、殺意を募らせていたことを認識していた」と指摘しました。
検察側と弁護側の主張が真っ向から対立した今回の裁判。
浩子被告に対して、「ほう助」という犯罪が成立するのかが争点となります。