曽我ひとみさんが大学生に講演 拉致問題を若い世代にも関心を めぐみさんと“支えあった日々”語る 《新潟》
横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されてから11月で47年となる中、拉致被害者の曽我ひとみさんが大学生に講演しました。語ったのはめぐみさんと支え合った北朝鮮での日々のことです。
佐渡市で行われた講演会。
曽我ひとみさんの話を聞くのは上越市の大学生6人。教師や教育関係の仕事を目指しています。
46年前、佐渡市で母のミヨシさんとともに北朝鮮に拉致された曽我さん。
《拉致被害者 曽我ひとみさん》
「私と母に襲いかかってきました。抵抗することもできず、口をふさがれ手足をふさがれ、自分がどうなってしまうのかこれからどうなってしまうのか、ただ恐怖するだけで声を殺して泣くしかありませんでした」
北朝鮮の「招待所」と呼ばれる施設に収容されました。
そこで出会ったのが…
《拉致被害者 曽我ひとみさん》
「ひとりの女の子がいました。彼女は笑顔で私を迎えてくれました。その女の子は横田めぐみさんでした。私といるときはいつもニコニコとあのかわいらしいえくぼを見せていました」
年齢が近かったふたりはすぐに仲良くなりました。
《拉致被害者 曽我ひとみさん》
「夜寝静まった時など本当に本当に小さな声で誰にも気づかれないよう日本語で話をしました」
日課となっていたのは夜中に日本語で会話をすることです。
日本のこと、家族のこと。
童謡の「故郷」を声をひそめて一緒に歌ったこともありました。
異国の地での収容所での暮らし。
曽我さんとめぐみさんは約8か月間、共同生活を送り支え合っていました。
《拉致被害者 曽我ひとみさん》
「やっぱりふたりとも日本が恋しかったのです。とにかく日本に帰りたかった。毎日毎日どうしたら日本に帰れるかなんとかして帰れないか、そう考えてばかりいました。めぐみさんも 同じ気持ちだったのです」
そして2002年。24年ぶりに日本の地に降り立った曽我さん。
しかし、そこには、めぐみさん、そして一緒に拉致された母・ミヨシさんの姿はありませんでした。
それ以降、拉致被害者の帰国はひとりも実現していません。
《拉致被害者 曽我ひとみさん》
「24年という長い年月がかかりましたが、帰国できたのは私だけでした。 めぐみさんはまだ北に捕らわれたままなのです」
講演会は拉致問題を若い世代に知ってもらい関心を持ってもらおうと開かれました。
〈大学生〉
「自分が実際に曽我さんから聞いたことをもとに子どもたちに考えてもらえるようなことをしていければ」
「ひとりひとりは小さいかもしれないがそれが合わさることでなにか解決の一歩となるのではないかなと思っている」
めぐみさんの拉致から11月で47年。曽我さんは拉致問題を風化させないように子どもたちに伝えていってほしいと呼びかけていました。