【独自解説】なぜ未解決?男が関与ほのめかした17年前の未解決事件「加古川女児刺殺」捜査難航のワケ 手がかりは女児が残した「大人の男の人」
兵庫県で17年以上未解決だった2つの事件が新たな局面を迎えた。
2007年、加古川市でおきた7歳女児殺害事件とその前年、たつの市でおきた9歳女児への殺人未遂事件。
たつの市の事件は、7日、別の事件で服役中の男が逮捕された。男は加古川市の事件への関与もほのめかしているという。17年の時を経て、事件は解決に向かうのか。当時、一連の事件を取材していた記者が、難航する捜査の裏側を解説する。(取材報告:読売テレビ報道局デスク 宇佐美 彰)
■事件から18年 1人の男が逮捕された
7日、未解決だった18年前の事件で1人の男が兵庫県警に逮捕された。
殺人未遂の疑いで逮捕されたのは勝田州彦容疑者、45歳。
事件は、2006年9月、兵庫県たつの市の路上で、小学4年生の女児(9)が、胸などを複数回刃物で刺され重傷を負った。
しかし、客観的な証拠が乏しく捜査は難航。18年間にわたって未解決となっていた。
■勝田容疑者は岡山県の事件で無期懲役、姫路市の事件で懲役10年の判決が確定、服役中だった
勝田容疑者は、2004年に岡山県津山市の住宅で、小学3年生の女児(9)の首を絞めて、刃物で刺して殺害したとして、無期懲役の判決が確定している。
また、勝田容疑者は、2015年にも兵庫県姫路市の路上で、中学3年の女子生徒(14)の胸などをナイフで刺した殺人未遂の罪で懲役10年の刑に服していた。
その服役中に岡山県の事件の犯行を自供し逮捕されていた。
■「刃物で刺したことに間違いありません。殺すつもりはありませんでした」
たつの市の事件は、2004年の岡山県の事件と手口が似ていたことから、兵庫県警は今年5月ごろから、服役中の勝田容疑者に刑務所内で任意の事情聴取を開始。当初は犯行を否認していたものの、聴取を重ねると一転して認め、7日朝、刑務所内で逮捕した。
調べに対し、勝田容疑者は、「女の子を刃物で刺したことに間違いありません。殺すつもりはありませんでした」と話しているという。
兵庫県西部から隣の岡山県東部にかけての半径約40キロのエリアで相次いだ3件の事件。勝田容疑者の犯行の手口には共通点がある。
①ターゲットは小学生や中学生の女の子
②被害者との面識はない
③凶器は刃物
■動機は「少女の腹部を刺してシャツが血で染まるのを見たいという特異な性癖」
勝田容疑者の犯行の動機について、判決では「少女の腹部を刺してシャツが血で染まるのを見たいという特異な性癖に基づく」と指摘している。(姫路市の女子中学生殺人未遂事件・神戸地裁姫路支部の判決)
■たつの市の事件の翌年におきた加古川市の女児殺害事件でも関与をほのめかす供述
そして、たつの市の事件の翌年の2007年に起きたのが、同じ兵庫県西部の加古川市で、小学2年生の女児が殺害された事件だ。
捜査関係者によると、この事件についても、勝田容疑者は、関与をほのめかす供述をしているという。
■自宅前で帰宅した女児が殺害された事件に地域が震撼した
事件が起きたのは、2007年10月16日。
午後6時ごろ、帰宅した小学2年生の女児(7)が自宅前で何者かに刃物で刺されて殺害された。
帰宅した女児が自宅前で殺害されるという事件に、地域には衝撃が広がった。
大人たちは子どもたちの登下校に付き添い、校門では警察官が警戒にあたり、街から子どもたちが遊ぶ姿は消えた。あたりには、張り詰めた重い空気が漂っていたのを思い出す。
■明らかになったのは特異な犯行の状況
捜査で明らかになった犯行の状況は、特異なものだった。
女児は公園で友達と遊んだ後、自転車で帰宅。自宅に帰ってきたときには、玄関先で姉や妹と顔を合わせている。その後、自宅の裏手に回って自転車をとめ、玄関に戻るところを何者かに襲われたとみられる。
女児の悲鳴を聞いて、家族が自宅から飛び出すと、玄関先で女児が倒れていたという。
しかし、家族は犯人の姿を見ていない。一瞬の隙をついた犯行だった。
■当時の取材メモと映像から振り返る 捜査が難航したワケ
捜査は難航した。そのワケを当時の取材メモや映像をもとに振り返る。
事件の発生直後に行われる捜査は「定時通行車(者)の捜査」、通称「定通」だ。
犯行のあった時間帯に、事件現場やその周辺を通る人に対して行われる聞き込みのことだ。
多くの人は通勤や通学で毎日同じ道を同じ時間帯に通る。その人たちに話を聞き、不審者など事件につながる目撃を探すのだが、連日の「定通」でも、有力な目撃情報は出てこなかった。
■犯行の時間帯と現場周辺の地理
目撃情報が出てこなかった要因のひとつとして、犯行の時間帯があげられる。
犯行時刻は午後6時ごろ。日没から40分ほどがたち、すっかり暗くなっている時間だ。当時の映像を見ると、現場周辺に街灯は少なく、すれ違う人の顔を確認することは難しいことがわかる。
一方で、現場周辺は住宅が点在していて、人通りがないわけではない。
ただ、細い路地が多く、入り組んでいて、私も取材で歩いていると迷ってしまうことがあった。土地鑑のない人が通るような道には思えなかったし、見知らぬ人が歩いていたら、住民の目に留まってもおかしくないと思われた。
また、現場から数十メートル西には幹線道路が走っている。午後6時ごろは、帰宅の時間帯で交通量は多い。
にもかかわらず、手がかりとなる目撃情報はあがってこず、捜査幹部はよく「モク(=目撃情報)がない」とこぼしていた。防犯カメラも、当時は今ほど普及していなかったし、画質も悪かった。
次に、犯人の特定につながるような物証も出てこなかった。
犯行に使われた凶器の刃物は見つかっていない。血痕も、女児が倒れていた自宅の玄関先には血だまりができていたが、周辺の道路からは見つからなかった。
凶器には血が付くので、血痕が検出されれば、そこから犯人の逃走経路がわかる可能性があるが、可視血痕は見つからなかった。
■捜査難航のワケ③動機がない
通常の事件では、犯行の状況や被害者の周辺の捜査で、犯人像や動機が浮かび上がってくることが多い。
被害者の金品がなくなっていれば「金銭目的」。被害者に人間関係のトラブルがあれば「怨恨」の線が考えられる。
しかし、被害者は7歳の子ども。金銭目的はもちろんのこと、人に恨まれるようなトラブルは考えにくい。
家族に対する恨みは考えられなくはないが、それであれば、わざわざ家族に顔を見られる恐れのある自宅の前で犯行に及ぶだろうか?
一方、犯行の状況は、刃物で女児の胸を突き刺すという残忍かつ非道なもので、犯人の強い殺意がうかがえる。
当時の取材メモを開くと、捜査幹部の見立ては早い段階から、被害者とは面識のない人物による犯行、いわゆる「流し」に傾いていた。
私もいくら取材を重ねても、犯人像は見えてこないままだった。
目撃も物証もなく、犯行の動機も見えてこない事件。
しかし、わずかな手がかりが残されている。殺害された女児が残したダイイングメッセージだ。
■薄れゆく意識の中で残した最期の言葉
女児は救急搬送される際、犯人について「大人の男の人」と話したことがわかっている。
消防によると、搬送時の女児の意識レベルは「30」。たたいたり、つねったりすれば、かろうじて目を開けるものの、会話はできないレベルだ。
そんな薄れゆく意識の中で、最後の力を振り絞って口にしたのが「大人の男の人」という言葉だった。
この約1時間半後、7歳の女児は息を引き取った。
■遺族は情報提供を求めビラ配りを続けている
それから17年。
遺族は毎年警察とともに、情報提供を呼びかけるビラを配ってきた。これまでに562件の情報が寄せられ、警察はのべ5万4000人の捜査員を投入して捜査を続けてきた。(10月16日時点)
しかし、寄せられる情報も乏しくなっていた今、捜査は再び動きだした。
関与をほのめかしているという勝田容疑者の犯行なのだろうか。女児と遺族の無念がわずかでも晴れる日は来るのだろうか。今後の捜査の行方を見守りたい。
宇佐美 彰
2004年読売テレビ放送入社。現在報道局デスク。当時神戸支局の記者として、たつの市の女児殺人未遂事件や加古川市の女児殺害事件を取材。