【何が…】受刑者に遺族が思いを伝える『心情伝達制度』開始1年…更生への期待と浮かび上がる“課題” 「過去のことは忘れる」心無い言葉に「希望は100%打ち壊された」
遺族らが抱える思いを受刑者らに伝えることで、苦痛や不安を和らげ、加害者の更生を促す、新たな仕組み「心情伝達制度」が始まって1年が経ちましたが、心ない答えが返ってくることで遺族が傷つく「二次被害」も起きています。その功罪に迫りました。
■22歳の娘を殺害された父親 刑務所で服役する加害者の反応は…
「もう20年近くたっているんで、あいつ(加害者)も変わってちょっとは“真人間”に近づいてきているかなと、少しだけ希望があったんですよね。それが(通知を)開けて読んでいくうちに、もう100%打ち壊されて、がっかりしたっていうのと、怒りが湧いたっていうのと…」
横浜市に住む渡辺保さん(76)は心情伝達制度を利用して、加害者から『二次被害』を受けました。
渡辺さんの長女、美保さんは2000年、横浜市内で仕事の帰り道に車ではねられたうえ、包丁で首を刺されて亡くなりました。22歳でした。
逮捕され、無期懲役となったのは美保さんの中学時代の同級生・穂積一受刑者。
裁判では否認を続け、一審の判決時には遺族に対し、ひどい言葉を吐き捨てていました。
娘を殺害された渡辺保さん「裁判長が『退廷です』って言った時に、娘(美保さんの妹)が思い余ったんでしょうね、『あんたなんかは本当は死刑なんだから』って言って、僕も『お前のことは絶対許さない』って言ったら、連れていかれるドアのところで、パッと振り返って、『お前が迎えに行かなかったから娘は死んだんだよ』って、捨てぜりふを残して連れ去られたんですよね。だからなんだこいつはと思って」
その翌年には、娘を亡くして精神的に不安定になっていた妻の啓子さん(当時53)が電車にはねられて亡くなりました。
大切な家族2人を奪った穂積受刑者の刑務所での生活態度からは、全く更生の意思はみられず、5500万円の賠償金も一銭も支払われていません。
■制度に一縷の望みも…加害者「過去のことは忘れる」「俺には関係ない」
そんな中、2023年12月に始まった心情伝達制度を知りました。
刑務官などが被害者や遺族の心情や質問を聞き取って書面にし、加害者に読み聞かせたうえで、希望があれば、加害者の反応や回答を被害者側に書面で通知する仕組みです。
渡辺さんは一縷の望みを抱き、2024年に2度にわたり、制度を利用。しかし、返ってきた結果通知書には、男の、あ然とするような心ない言葉の数々が並んでいました。
「過去のことは忘れて、今できることをやりたい。人生をやり直すことを考えている。過去のことをなかったことにする」
「被害弁償については金額が大きいから払わない」
「保さんがどう思っていようが俺には関係ない。それを保さんが自己中心的な考えだと思うなら勝手に思えばいい」
「俺のことを憎んでもどうしようもない。人を憎んでも挫折とか絶望しか生まれない」
「二度と手紙を書いてこないでください」
渡辺保さん
「ふざけんな。人のことは何にも考えていないんだよこいつは。原因を作ったのはお前だろう。原因を作ったやつが、のうのうといけしゃぁしゃぁと、『俺は過去のことを忘れる』って言っているんですから、恐れ入ります」
取材班は、穂積受刑者に回答の真意を直接尋ねるべく、刑務所に向かいましたが、「受刑者の状況などを考慮し、面会は認められない」として取材は叶いませんでした。
記者
「この制度、渡辺さんは使って良かったんでしょうか、悪かったんでしょうか」
渡辺さん
「半々ですね」
渡辺さんはいま、3回目の“対話”をすべく、準備を進めています。
■加害者の更生に資するケースも 遺族「唯一のコミュニケーション手段」
一方、制度を利用することで、加害者の更生に確かな感触を得るケースもあります。
釜谷美佳さん(59)は15年前、最愛の長男を亡くしました。
当時19歳だった長男の圭祐さんは、アパレル関係の会社の面接を当日に控えた2010年10月、神戸市須磨区で車の中で血だらけの状態で発見され、亡くなりました。約2時間にわたり、頭や顔に執拗に殴る蹴るなどの暴行を受けていました。
逮捕されたのは、当時22歳の無職の男ら。理不尽な言いがかりによる犯行で、男は、傷害致死などの罪で懲役14年の実刑が確定し、現在刑に服しています。
男の出所が来年に迫る中、刑務所側から伝えられる男の生活態度は悪く、約4500万円の賠償金も支払われず。
『更生していないのでは』と不安を感じる中、釜谷さんは2024年4月、心情伝達制度を利用。約1時間にわたる聞き取りで、釜谷さんは溢れる思いをぶつけました。
「どういう心情で受刑しているのか」「事件を起こしたことへの公開はあるのか」
刑務所の担当官も時折、涙を浮かべていました。
約3週間後、結果通知書が届きました。
「大切な息子さんを奪ってしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「少し前までは(刑務所内で)ふざけ過ぎていました」
「出所後は真面目に働いて、弁済を始めたいと思っています」
釜谷美佳さん
「文章だし、これが本心なのかなっていうのは何とも言えないですけど、少しは響いているのかなって」
文章の内容は行動にも現れ始め、刑務所側からの通知によると、男の生活態度は制度の利用前に比べて良くなっていました。
男からは手書きの手紙も届き、釜谷さんは2度目の利用を考えています。
釜谷美佳さん
「今まで本当に刑務所にいる加害者に接触する術がなかったんです。相手との唯一のコミュニケーション手段なのかなって」
■刑務官「直接伝達に意義」 被害者支援の弁護士「サポート体制が必要」
心情伝達制度は、開始からの1年間で113件の伝達が行われました。担当する刑務官もまだ手探りの状態ですが、取材した刑務官は制度の意義をこう強調します。
播磨社会復帰促進センターの池田孝治・被害者担当官
「やはりこれまで被害者の声というのは、加害者には伝わっていないんです。加害者が自分の犯した罪について、反省とか悔悟の情を深めるというためには、直接加害者に伝達するということに、この制度の意味があるのかなと思います」(※当該加害者を収容する施設ではありません)
また、被害者支援を行う河瀬真弁護士は、「返ってきた反応が非常に重い場合もあると思う。それはやはり臨床心理士とか、我々弁護士とかが一緒のチームを組むみたいな形で、きっちりサポートができる体制があった方が利用もしやすいし、どんなことがあっても受け止めができるということで、役に立てるんじゃないかなと思う」と指摘します。
これまで受刑者とやりとりをする方法が手紙だけに限られていたなかで始まった画期的な制度。被害者や遺族にとっても、加害者にとっても、利用して良かったと思える仕組みに、これからも改善が求められています。