【特集】放牧して育てた"経産牛"を食肉に 鳥海山のふもと「上の山放牧場」から始まる農家の挑戦
鳥海山のふもとの豊かな自然のもとで、黒毛和牛の繁殖に取り組んでいる男性がいます。
男性は、これまでは市場価値が低かった、出産を終えた母ウシを食肉として売り出す取り組みにも力を入れています。
まだ日がのぼりきっていない、午前4時半ごろ。
にかほ市象潟町にある牛舎で、放牧の準備が始まりました。
繁殖農家の渡邊強さん。
現在、16頭のメスウシを飼育していて、この日は4頭を放牧場に連れ出しました。
約6キロの道のりを、1列になって進んでいくウシ。
放牧は、例年、5月から11月まで行われています。
一度にすべてのウシを連れていくことはできないため、日を分けて放牧していて、この日は今年2組目でした。
このウシたちが放牧場に行くのは、約7か月ぶりです。
待ち遠しかったのか、張り切って歩いたり、時には文字通り道草を食ったり。
2時間ほどかけてたどり着きました。
鳥海山のふもと、標高500メートルにある、上の山放牧場です。
広さは東京ドーム13個分ほどの、約40ヘクタール。
50年以上前からここで放牧をしてきました。
この放牧場に来るのは、おなかに赤ちゃんがいる母ウシです。
出産直前まで、広大な土地を駆け回ったり、多種多様な草を食べたりして過ごします。
渡邊さんは、5年ほど前、20歳の時に、父親の跡を継いで繁殖農家になりました。
牛舎には、母ウシのほか、生まれたばかりの子ウシも。
子ウシを育てるのは、生後9か月ほどまで。
その後は市場で競りにかけ、肥育農家に売り渡します。
渡邊さんが長い時間一緒に過ごすのは、子どもを産んだあとの経産牛と呼ばれる母ウシです。
生涯で約10頭の子を産み、初めての出産から10年ほどでその役目を終えるといいます。
経産牛は、廃用牛として肥育農家に出荷され、その多くはひき肉に加工されます。
肉そのものが流通することはほとんどありませんでした。
「出産回数が多いと味が落ちる」「肉が硬い」などと、市場での評価が低いためです。
しかし、渡邊さんは「経産牛がおいしくない」という評価が本当なのか、疑問を抱くようになりました。
そこで、渡邊さんは、飼育していた経産牛を3年前、初めて食肉にすることにしました。
13年間も一緒にいた大切なウシを、自分自身の決断で食肉に。
もちろん、悲しい気持ちもあったといいます。
しかし。
渡邊強さん
「こういう、放牧している環境で育って、もうこれだけおいしい牛肉ができるんだっていうのに本当に感動して」
母ウシに感じた大きな可能性。
渡邊さんは、全国的にも珍しい“放牧で飼育した経産牛”を消費者に届けることにしました。
これまでに3頭の放牧経産牛を販売していて、買った人からの評価も上々だということです。
渡邊さん
「最初はやっぱり売るにしても自分で屠畜場に連れていくにしても、別れなのですごくつらいんですよね。つらいんですけれども、そこで終わり、ではなくて、やっぱりお肉にするっていうことなので、お肉になってもう一度、僕らに帰ってくるってことを考えると、やっぱり悲しいままではないなって」
広大な自然で育まれた、大切な命。
渡邊さんは、今後も、長い時間をともに過ごした放牧経産牛を消費者に届けていきます。
渡邊さん
「僕がどういう思いで牛を育てているのかっていうこと、そういう生産背景を含めてお伝え出来たらいいなとすごく思います。消費という枠を超えて、お客さんに体験という形で、うちのウシたちのことだったりとかを紹介できたらいいなぁと思っております」
渡邊さんは、早ければ年内にも放牧経産牛を新たに販売する予定で、今後は、にかほ市の自然を感じながら味わえる場も作りたいと話していました。