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特集「キャッチ」通学路戦士パトーラは2児の母「強くて優しい存在になりたい」無免許運転の車にいとこを奪われた女性の新たな覚悟 福岡

2024年4月24日 19:29
特集「キャッチ」通学路戦士パトーラは2児の母「強くて優しい存在になりたい」無免許運転の車にいとこを奪われた女性の新たな覚悟 福岡
交通事故被害者の遺族が戦隊ヒロインに
特集「キャッチ」です。12年前、京都府亀岡市の通学路で起きた車の暴走事故でいとこを亡くした女性が福岡にいます。悲劇を繰り返さないため、戦隊ヒロインに扮して戦い続ける遺族の覚悟を見つめました。

23日、福岡県大野城市の自動車学校の卒業式に“戦隊ヒロイン”が登壇しました。

■パトーラ
「私たちドライバーが加害者にならないことが一番の交通安全なんです。」

これからハンドルを握る人たちにメッセージを送ったのは「通学路戦士パトーラ」です。

変身していたのは、地域で交通安全活動に取り組む村岡麗菜さんです。

活動の原点は、12年前に遡ります。

2012年4月23日、京都府亀岡市で集団登校をしていた児童の列に無免許の軽乗用車が突っ込み、10人が死傷しました。

亡くなったのは、2人の小学生と、娘の登校に付き添っていた松村幸姫(ゆきひ)さん、当時26歳です。

妊娠7か月でした。

麗菜さんは、幸姫さんのいとこにあたります。

■NPO法人route代表・村岡麗菜さん(30)
「(事故の)1週間前に3人目(の子ども)も女の子だったと、何気ない電話をした直後だった。」

10歳まで京都に住んでいた麗菜さんは、近くに住む8歳年上の幸姫さんを「ふきちゃん」と呼び、姉のように慕っていました。

事故の知らせを受けて飛び乗った京都行きの新幹線の中で何度も思い浮かべた「ふきちゃん」の笑顔。それを一瞬にして奪ったのは、当時18歳の少年による無免許の居眠り運転でした。

■署名活動をする麗菜さん(当時18)
「少年に厳罰を与えられるよう署名をお願いします。」

事故の直後から、麗菜さんは何かに突き動かされるように活動を始めました。

ほかの被害者遺族とともに30万を超える署名を集めて、無免許運転の罰則をより重くする法改正につなげたほか、NPO法人「route」を立ち上げ、講演活動や地域の交通指導で交通事故の撲滅を訴え続けました。

■麗菜さんの父・村岡智明さん(67)
「いちずに取り組む強さや熱さが昔からすごくあった。」

しかしその一方で、

■智明さん
「個人の尊厳を損なうようなこと、これは人としてやってはいけないというのがあった。」

長い活動の中で誹謗や中傷を受けることもあったといいます。講演の前後に体調を崩すなど、いつしか心と体は傷だらけになっていました。

麗菜さんは、亡くなった幸姫さんと同じ2人の子を持つ母親になりました。

■麗菜さん
「赤ちゃん、誰も抱っこできないまま、ママにも抱っこされないまま、空に行っちゃった。」
■麗菜さんの子ども
「ふきちゃん、抱っこしたかった?」
■麗菜さん
「うん、したかったよ。ママだってゆあちゃんを抱っこできなかったら悲しいもん。」

子どもたちが大きくなるにつれ、あの事故への向き合い方にも変化が訪れたといいます。

■麗菜さん
「私が母親になって、長男が1年生になって、これから一人で登下校するとなった時、幸姫ちゃんは絶対悔しかったよなと私自身確信が持てた。」

我が子の成長を見ることなく事故で命を失った幸姫さん。

その無念を改めて感じた麗菜さんが心に決めたことは、「子どもたちが安心できる強くて優しい存在になりたい」。

そんな思いでまとった戦隊ヒロインのスーツ。「通学路戦士パトーラ」への「変身」で、麗菜さんは新たな活動の形を見いだしました。

■麗菜さん
「『交通事故は人ごとじゃない』と言うのであれば、『近寄りにくい』と『もういいや』となってしまう。『おいでおいで、みんなでやろう交通安全』というふうに巻き込んでいった方が早いかな、近道かなと思うようになって。」

「パトーラ」の活動に賛同する人も現われました。

映像制作を行うボランティアが脚本や撮影を手がけ、講演会やネットで公開するショートドラマを作ることになったのです。

■ドラマ
「口紅はこうやって塗るんだよ。」
「ふき姉ちゃんありがとう。うわ、きれい。」
「麗菜、とってもかわいいよ。」

大切な人を失った遺族の悲しみや、同じ思いをする被害者を生みたくないという思い。麗菜さんが言葉にしきれなかった気持ちをドラマという形で伝えます。

エンディングでは、麗菜さんが幸姫さんに向けて綴った手紙が読まれました。

■制作スタッフ
「エンディングの曲と一緒に再生してみますね。」

■麗菜さんの手紙
「事故から10年がたったね。私は今も事故の日を忘れたことは一日もないよ。私も同じ2児の母になって、あの時のふきちゃんの気持ちが余計に理解できるよ。もっと私、頑張るからね。」

遺族として、母親として、悲劇を繰り返さないため、麗菜さんは闘い続ける覚悟です。

事故から23日で12年となりました。

■麗菜さん
「京都の方でも仲間が活動してると思うので、私も同じように福岡から発信していけたらと改めて強く思う。」

■ドラマの麗菜さん
「通学路戦士パトーラ。みんなを助け、みんなを守る。それは私の使命。」