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【特集】犯罪者の更生支援する若手社長が雇ったのは、4度服役した実の兄…弟への劣等感、社会への焦り、ぶつかり合う想い 「“この人の力になる”と決めたら、僕は徹底的にやる」再犯を防ぐため、必要なものとは―

2024年7月31日 16:00
【特集】犯罪者の更生支援する若手社長が雇ったのは、4度服役した実の兄…弟への劣等感、社会への焦り、ぶつかり合う想い 「“この人の力になる”と決めたら、僕は徹底的にやる」再犯を防ぐため、必要なものとは―
人情社長・松本さんファミリー

 『職親(しょくしん)プロジェクト』にも参加する会社『松本商会』は、罪を犯した若者を積極的に雇い、更生を支援しています。社長・松本和也さん(37)は“社員は家族”という想いから、働く青年たちの衣食住からメンタル面までケア。時にはぶつかり合うこともありますが、社員たちも松本さんを「親代わり」「家族みたいな感じ」と頼りにしています。そんな松本さんの更生支援の原点は、覚醒剤で刑務所に出入りを繰り返していた兄の存在です。兄が出所し、自身の会社で雇うことにしましたが、待っていたのは、本当の家族だからこそ素直に向き合えないという苦悩の日々。そんな中、社員の一人から死をほのめかすメッセージが…。更生には、何が必要なのか?松本さんと“家族”の日々を追いました。

■「“すぐ行動に移せる男なんや”と感じました」皆から信頼が厚い社長の一日は、社員へのモーニングコールから!そんな中、覚醒剤で4度服役した兄が出所し…

 朝6時半。社員へのモーニングコールが、松本さんの毎朝のルーティン。

(『松本商会』社長・松本和也さん)
「おはようございます。旦那さんは?寝てる?(笑)」
「おはよう。起きといてな、頼むわ…悩んどったん?でも来てくれんねやろ?うん、頼むで」

 『松本商会』の仕事は、建物の外壁洗浄やハウスクリーニングなどの清掃業―“洗い屋”と呼ばれています。世間が元犯罪者を見る目は厳しく、少しのクレームも命取りに…。

 元犯罪者に職を提供し更生支援を行う『職親プロジェクト』には、300を超える企業が参加していて、『松本商会』も2020年から元犯罪者たちを受け入れています。

 松本さんが1000万円で購入した会社の寮では、社員たちが自ら料理し、みんなで食卓を囲みます。その中の一人、“ラッパー”こと橋下愛樹さん(22)は、過去に覚醒剤使用などで捕まり、少年院で松本さんに出会いました。

 出院後、帰る家がないところに、松本さんからの電話が鳴ったといいます。

(“ラッパー”こと橋下愛樹さん)
「『家ないんやろ。明日から、どうするねん?』と言われて、『どうしようもないですね』と言ったら、『明日、嫁をそっちに行かすから、準備しとけよ』みたいな感じで…まさか、ほんまに来ると思ってなかったので、用意はしていたものの半信半疑だったというか。“すぐ行動に移せる男なんやな”というのは、そこで感じました」

 そんな松本さんには、更生支援の原点となった人がいます。

(松本さん)
「内心、嫌でした。お兄ちゃんが覚醒剤中毒で、『おまえの兄貴なんかがシャブやめられるわけないやろ』って、周りからは全否定やったんで…」

 松本さんの兄・龍昇(たつのぶ)さん(41)は、覚醒剤の使用などで、4度服役。3年前の2021年、鳥取県内の刑務所に兄を迎えに行くと…。

(松本さん)
「なんでか知らんけど兄が『広島に行きたい』と言ったので、鳥取から広島に移動しました。広島に着いたら、刑務所の中で出会ったというヤクザみたいな見た目のおっさんらが5人ぐらいいて、その人らから携帯電話を貰っていて、“今日から、おまえはもうこっちの一員や”的な雰囲気で。ヤクザのおっさんらに兄が連れていかれた時に、なんでかわからないけど涙が溢れ出てきて、『これで会えなくなるんや、俺には助けられへんやろうな』と思いながら…」

 龍昇さんはその2週間後、再び覚醒剤で捕まり、大阪刑務所で服役。2023年11月に出所日を迎え、そんな兄を松本さんは車で迎えに行きました。

 立ち寄ったのは、焼き肉屋。久々に兄弟揃っての食事です。

(松本さんの兄・龍昇さん)
「うわ!うまいわ!うまい、うまい、最高!」
(松本さんの妻)
「あはは、めっちゃ幸せそうな顔してますよ(笑)」
(龍昇さん)
「めっちゃうまいわ!」
(松本さん)
「……(笑)」

 帰り道の車内で、龍昇さんは誰かと電話で話していました。

-(龍昇さん)
-「龍昇や、松本や!おー、久々やなー!出たよ、今日出たよ。スピーディでしょ?“スピーディたつ”って呼んでください!もう、これから真面目っすよ。ちゃんと働きますわ」

(松本さん)
「……」

 松本さんは、自分の下で働いてもらい再犯を防ぎたいと、兄を雇うことにしました。

 いよいよ初出勤の日。松本さんが一から仕事を教えていきます。

(松本さん)
「携行缶は、絶対車に戻しておいてくれ」
(龍昇さん)
「けいこうかんって何や?」
(松本さん)
「これ…」

 刑務所暮らしは、15年。41歳にして、まともに働くのは今日が初めてです。

(松本さん)
「一枚一枚、ゆっくり。お手本見せるわ。ゆっくりで良いから」

 それでも、龍昇さんなりに精一杯、与えられた仕事をこなしていきます。

(松本さん)
「形になってますわ。ちょっと、ぎこちないですけど(笑)」

■入社早々、他の社員とトラブルに…兄の言動のウラにあった劣等感と焦燥感 本当の家族だからこそ向き合うことの難しさ

 問題が起きたのは、働き始めてすぐのことでした。“車の修理”や“リフォームの業者手配”など複数にわたる副業を始めた龍昇さんは、作業中にもかかわらず副業の電話を取り、注意した社員とトラブルになったのです。

 移動中の車内で、話を切り出す松本さん。

(松本さん)
「おまえ、副業の電話や言うて」
(龍昇さん)
「おまえ、良いって言ったやん」
(松本さん)
「いやいや、状況が違うやん。マサキ(社員)に言われたんやろ、『作業中に副業の電話やめてください』って。『“和也に許可もらってる”って言われた』って、マサキにキレられたわ」
(龍昇さん)
「なんで?」
(松本さん)
「『なんで許可なんか出すんですか?作業中ですよ』って。自分が今与えられている仕事の最中に副業って…俺らからしたら関係ないやん。『後で折り返します』でいいやん」
(龍昇さん)
「あいつも喋りやな」
(松本さん)
「そりゃ何でも言うよ、俺には」

(龍昇さん)
「…刑務所から出て来て、いろんな奴を見て、周りには稼いでいる奴ばっかりで。俺もこうなりたいな、ああなりたいなと思って、今俺なりに動けることは動いているけど。まぁ俺も、3年以内に社長や」
(松本さん)
「何の社長になるん?」
(龍昇さん)
「わからん…」

 社長である弟、かけ離れた自分―。焦りから来る言動は、社会では通用しませんでした。

(松本さん)
「兄を現場に一日入れて、お客さんから『松本くんのお兄ちゃんやから、こんなこと言いたくないけど、明日からお兄ちゃんは入れるのやめてくれ』というのは、ありました。ここもダメ、ここもダメとなったら、日替わりで元請けさんが替わるわけではないので、正直、連れていける現場がなくなってきて。お兄ちゃんに何て話したらいいのかなとか、結局その話も、まともにできていないんですけど…」

 せめてもの救いは、兄が覚醒剤を絶っていること…。

■「もう生きるのしんどくなりました」一難去る前にまた一難…それでも更生支援に人生を懸ける社長の熱意と人情が、再犯の歯止めに―

(ラッパー)
「一人になりたい時は、海か、その辺の公園か…一人になりたい時は来ます」

 ラッパーも、覚醒剤をやめることができています。

 しかし―。

-(ラッパー/メッセージアプリで)
-『社長すみません、もう生きるのちょっとしんどくなりました』
-(松本さん/メッセージアプリで)
-『え?なんで?』

 松本さんのもとに、ラッパーから死をほのめかすメッセージが届きました。

 その後返信はなく、松本さんの家族や社員も総出で探し回ることに。すぐには見つからなかったものの、会社の寮に戻ると、料理をするラッパーの姿が…。

(松本さん)
「どこにおったん?」
(ラッパー)
「海のほう。…最初、社長の家に行くか迷ったんですけど」
(松本さん)
「俺ん家、来ようと思ったん?」
(ラッパー)
「日曜日に迷惑かなって」
(松本さん)
「あんまり曜日は関係ないと思うで。おまえも近付いて来ないとあかんし、俺ももっとおまえに近付かないとあかんと思うわ」
(ラッパー)
「次、同じようなことがあったら、社長に連絡取ります」
(松本さん)
「うん、良いんちゃう。それで良いと思う」

 松本さんについて、ラッパーは…。

(ラッパー)
「親じゃないけど、親代わり。親に相談できないことも相談できるし。自分のせいで社長が悲しむような表情は、やっぱり見たくない」

(松本さん)
「布団で抱き合って寝ることはできないですけど、さすがに(笑)でも、『俺にできることが何かあったら言ってこい。俺が父親代わりやねんで』って言っていたら、あいつは悪いことしないと思います」

 そんな弟の存在が、兄の再犯も防いでいます。龍昇さんが見せてくれたのは、幼い頃の兄弟の写真です。

(龍昇さん)
「僕と和也。小3と幼稚園ぐらい違いますかね。かわいい弟でしたよ。ドラゴンボールごっこ、いつもしていました」

 松本さんは刑務所に足を運び、出所した受刑者が道を踏み外さないために、仕事を紹介する活動もしています。

(松本さん)
「現在、もがいている社員が一人いまして、その社員って誰やねんと言ったら、僕の実の兄なんです。実の兄が、刑務所4回目。兄弟だから、ぶつかり合うことが多いですけど、やっぱり最終的に『お兄ちゃんのために力になる』と決めて、これもやっているので。『こいつのために力になる』って決めた人に関しては、僕は徹底的に、自分のできることはやらせてもらいます。それは絶対、約束できます」

 ある日曜日の早朝。『松本商会』の社員らが揃って、街のゴミ拾いをしていました。

Q.社長に『来い』って言われたんですか?
(ラッパー)
「そうなんすよ、日曜日の朝早くから…へへっ(笑)」

 再犯の歯止めになるもの―それは、“裏切りたくない人”の存在。彼らは、再び罪を犯していません。

(「かんさい情報ネットten.」2024年5月28日放送)