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北京五輪が閉幕…厳戒の「中国版バブル」で記者が見たものは

2022年2月20日 18:28
北京五輪が閉幕…厳戒の「中国版バブル」で記者が見たものは

2月20日に閉幕する北京冬季オリンピック。外部との接触を遮断する「バブル方式」は、東京大会とは比較できないほど厳しい措置がとられた。北京の中心部にいながら、その内側は別世界。NNN中国総局の記者が3週間以上にわたるバブルの内側取材で見たものとは。(NNN中国総局 森本隼裕)

■境界線の向こう側へ…全身に浴びた消毒液

開幕まで一週間に迫った1月28日。北京中心部にあるNNN中国総局から車を20分ほど走らせ、指定されたホテルに到着した。敷地は高さ2メートルほどの柵に囲まれ、複数の警察車両が待機している。飲食店やマンションが立ち並ぶ街の一角で、そこは少し異様な雰囲気だった。

車から下りると、近づいてきた警察官ら数人に「ここは入れない。車に戻って」と制止された。私が宿泊者だと説明すると、数分後ようやく柵を開けてくれた。柵の内側には「クローズドループ(バブル)から出ないでください」との注意書き。そこが“境界線”であることを実感しながら、敷地内へ足を踏み入れた。

新型コロナウイルス対策として、北京でも採用されたバブル方式。ただ、報道関係者やボランティアが自由に出入りできた東京大会とは別物だ。中国版バブルは“例外なく”中と外の接触を切り離す。北京で暮らす私でさえ、一度中に入れば、大会後の隔離を終えるまで自宅に戻れないのだ。

ホテルのスタッフは全員、防護服やフェースシールドを身につけていた。館内はマスク越しでも分かるほど消毒液の臭いが充満し、部屋の扉やエレベーターには散布後のシミがこびりついている。感染予防を優先し、内観の美しさなど二の次だ。

ある日、私が部屋から出た瞬間、電動の噴霧器を持った女性スタッフと鉢合わせ、全身に消毒液をかけられてしまった。防護服姿の女性は慌てて謝ったが、「びっくりしたわ!」と笑いながら散布を続けていた。

■毎朝の憂鬱…ノドを突くPCR検査

東京よりも厳格なルールが適用された中国版バブル。選手を含む大会関係者は、毎日のPCR検査が義務づけられた。検査場はホテルや取材拠点となるメディアセンターなどに設置され、営業時間内に検査を受けなければならない。とはいえ、終日仕事に追われると、つい忘れそうになる。

実際そうしたケースが増えたのか、私のホテルでは、検査を済まさなければ移動用バスに乗せてもらえなくなった。ある朝、出発前のバスに駆け込もうとした私を複数の従業員が制止し、「バスは待ってますから先に検査してください!」と指示してきた。

PCR検査は、綿棒でノドの粘膜を拭うかたちで行う。ただ、検査員によって“流派”が異なり、比較的手前を軽くなでる人もいれば、奥まで執拗に突いてくる人もいる。順番待ち中に、前の人がうめいていると「今日はそっちの人か…」と嫌な気分になった。

北京大会ではPCR検査に加え、毎日の体温や健康状態をスマートフォンの専用アプリで報告することも求められた。報告はバブル内に入る14日前から始まり、一日の漏れも許さない。いずれも大した負担ではないが、こうした管理の徹底ぶりは東京との違いを鮮明にした。

■IOC会長は「世界で最も安全な場所だ」

大会組織委員会は毎日、バブル内で確認された陽性件数を公表した。最も多かった日は、開幕前2月2日の26件(空港検査を除く)。組織委は「世界的なパンデミックの中、我々の目標は感染者ゼロではない」と強調。陽性が出たのは潜伏期間が原因だとして、「感染を広げず、外へ流出させないことが重要なのだ」と説明した。

開幕から数日が経つと、陽性の数は一気に減った。大会終盤の一週間は「ゼロ」も続いた。18日にバブル内で会見したIOC(国際オリンピック委員会)のバッハ会長は「コロナ対策は大成功だ。ここは世界で最も安全な場所になった」と絶賛した。

その一方で“犠牲”もある。PCR検査で陽性になった選手たちだ。競技日程にかかわらず隔離用の施設に移され、2度の再検査を受ける。出場予定の競技を断念した選手もいた。その間の不安やストレスは計り知れない。一部では食事や衛生面で苦情も出た。私たちは施設の取材を申請したが、組織委は受け入れなかった。

■越えられぬ境界線「家族に会いたい」

バブルと市街地の境界線には高い柵が設けられた。一部には、小さい花壇を並べただけの場所もあったが、周辺では武装警察に加え、無数の防犯カメラがにらみをきかせる。意図的に越えようとした人はいなかったようだ。

“塀の中”を再認識すると、住み慣れた北京にいながら不思議な気分になる。目と鼻の先にあるスーパーや、おなじみのファストフード店にも行けない。記者専用のバスやタクシーで移動するときは一時的に街へ出られるが、途中で下りることはできない。

それは、運転手も同じことだ。バブル内では運転手に加え、警備員や清掃員、そしてボランティアなど数万人が勤務した。ほとんどが中国人だが、外に出られないのは一緒だ。毎年、帰省ラッシュの“民族大移動”が起きる旧正月の春節(2月1日)もバブルの中で過ごした。

なぜここで働くのか。あるタクシー運転手の男性は「(バブルの)外にいても花火が上がらないし退屈だ。春節は手当が出るし、稼ぐ方がいいと思ってね」と笑う。北京では1月から、春節の風物詩である花火や爆竹が禁止された。大会期間中の大気汚染を防ぐためとみられている。

仮設トイレのメンテナンスをする高齢男性は「会社に言われて来ただけだ」と言葉少なげ。プレハブ住宅に寝泊まりし、休みは一日もないという。春節は甘粛省で暮らす妻や子どもとビデオ通話で話した。「早く家族に会いたい」と寂しげな男性だが、いつ外に出られるかは「よく分からない」という。

食事はどうしてるのか。その高齢男性によると、従業員専用の食堂を使うか、支給された弁当を食べるという。それと同じものかは分からないが、先ほどのタクシー運転手は「弁当がまずくてしょうがない。君たちは良いものを食べてるんだろ?」と愚痴った。

■いちいちロボット…「ハイテク五輪」を誇示

報道関係者の多くは日中、メディアセンターの食堂を利用した。中華料理が多めで、味はまあまあ。値段は決して安くない。ただ、取り立てて伝えるほどの特徴がなかった。

メディアがこぞって取り上げたのが「ロボット飯」だ。ガラス越しに展示されたような調理ロボットが注文を受けて調理。その後、天井の通路を行き来する配膳ロボットがテーブルへ運んでくれる。当初は物珍しさから注文客で賑わったが、一週間もたてば静かになった。焼きそばやチャーハンなどを作る大げさな機械は、時に40分ほどかかり、仕上がりは大味。リピートする気にはなれなかった。

食堂には、巨大なアームがカクテルを作る「バーテンダー・ロボット」もあった。食事を終えて廊下に出ると、モップがけの清掃ロボットが動き回っている。満杯になったゴミ箱ロボットは、自律走行で回収場所まで行き、袋を交換している。メディアセンターはさながら「ミニ・ロボット博」のようだ。

中国は「ハイテク五輪」を掲げ、自国の技術力をアピールした。聖火リレーでは、水中でロボット同士が受け渡す演出。会場間の移動には、時速350キロを出す自動運転の高速鉄道。超高画質「11K」での撮影やAI実況手話アナウンサーなど、至る所にハイテクをちりばめた。

■マスコット人気に中国も“便乗”

バブル内での光景が当たり前になってきた頃、メディアセンターでは異変が起きた。2階の五輪公式グッズ店に連日、椅子を持参した人の大行列ができるようになった。店は朝10時にオープンするが、先頭に並んだ警備員の男性は「朝4時に来た」という。

目当てはパンダをモチーフにした公式マスコット「ビン・ドゥンドゥン」だ。「宇宙強国」を目指す中国らしく、氷の宇宙服を身にまとっている。大会の途中からグッズが飛ぶように売れ始め、街の販売店やネットショップでも入手困難になっている。

中国語でも人気が出ることを「火」と表現するが、まさに火が付いたという印象だ。ビン・ドゥンドゥン自体は、五輪ムードを盛り上げるため、ずいぶん前から街にあふれていた。しかし大会そのものへの関心が低く、知名度は今ひとつだった。

火付け役となったのは、同じくバブル内で取材していた日本テレビの辻岡義堂アナウンサーだ。朝の情報番組で「ギドゥンドゥン」としてマスコットの魅力を熱弁する様子が中国のSNSで話題に。辻岡アナ自身も“時の人”となり、国営テレビなど中国メディアの取材依頼が殺到した。その過熱ぶりは取材活動に影響が出るほどで、途中からは断らざるを得なくなった。

中国側がこの思わぬブームに便乗した感もある。組織委などはSNSでビン・ドゥンドゥンを前面に押し出し、大会のPRに活用しはじめた。羽生結弦選手で話題の4回転半ジャンプに挑戦して転ぶ動画などは“あざとさ”も透けて見える。中国外務省の会見室前には巨大なビンドゥンドゥンも登場。報道官は定例会見で「世界中の人々から愛されている」と称賛した。開幕前に欧米で相次いだ外交的ボイコットを念頭にした言葉にも聞こえた。

■中国版バブル方式は成功したのか

まもなく世界中のメディア関係者が帰国する。しかし、東京五輪と違い、私のような中国常駐記者以外は閉幕後も街にくり出すことができない。専用車両で空港に直行し、帰国するだけだ。ホテルの目の前には北京ダックの有名店もあるが、日本から来た同僚たちは一歩も近づけずに帰国する。

ある日の組織委の定例会見で、外国人記者が質問した。

「オリンピックはその都市を知る良い機会だ。しかし今回は、人にも食べ物にも一切触れられない。本当の北京をどこで感じればいいのか」

組織委の担当者は「競技会場やホテルでも中国の発展状況を感じられると思う」と述べ、理解を求めた。

中国版バブル方式は成功したのか。どんな結果であれ、中国政府や組織委は「大成功」を宣言するだろう。大会期間中に北京でコロナ感染者は激減した。招待客とはいえ、形式上は「有観客」も実現した。世界と一線を画し、強権的な「ゼロコロナ」政策を続ける中国の豪腕ぶりを見せつけたかたちだ。組織委は大会の総括で、習近平国家主席による指導の成果だと強調した。

良くも悪くも、記憶に刻まれそうな北京オリンピック。選手にもメディア関係者にも前代未聞の大会となったが、世界はどう評価するのだろうか。3月に開幕するパラリンピックでも、この中国版バブルは継続される。