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『リトル・マーメイド』実写化で何が変わったのか 映画評論家が語る“ディズニーの強い意志”

2023年6月22日 22:35
『リトル・マーメイド』実写化で何が変わったのか 映画評論家が語る“ディズニーの強い意志”
『リトル・マーメイド』全国公開中 (c)2023 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved. 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
ディズニーの名作アニメを実写化した映画リトル・マーメイド』。アニメ版から実写化するにあたって、さまざまな要素が変更されています。どのように変わったのか、そしてそこにはどのような意味が込められているのか、映画評論家の児玉美月さんに話を聞きました。

※本記事はネタバレを含みます。

■日本で2週連続1位 “細かくアップデート”された実写版

『リトル・マーメイド』は美しい歌声を持つ人魚・アリエルが人間のエリック王子と出会うことで新しい世界に思いを募らせ、夢に向かってひたむきに歩む物語。6月9日に日本公開されると、動員ランキングで2週連続の1位(6/9-11、6/16-18)を獲得し、興行収入は14億6700万円を突破しています。(興行通信社調べ)

1989年のアニメ版を実写映画化し、主人公・アリエル役のハリー・ベイリーさんを始め多様な人種を起用したことでも話題となった本作。「アニメ版からかなり細かくアップデートされている」と児玉さんは話します。

■アリエルがエリックを好きになる理由 “ひとめぼれ”から“共感性”へ

児玉さんが最初に違いとして挙げたのは、アリエルとエリック王子の関係性です。

児玉:アニメ版ではアリエルがエリックを見たときに「ハンサム」と言って、見た目に惹かれているように見えますが、実写版では容姿についての言及はありません。家柄に縛られているエリックの姿と、人間の世界に行くことを禁じられているアリエル自身の境遇が重ねられていて、そうした共感性によってエリックに関心を抱く描写になっています。

またアリエルは人間界のものを洞窟に集めていますが、実写版ではエリックにも世界中のコレクションを集めた部屋があり、コレクションを共有しながら仲を深めていく描写になっています。見た目が重要視されるルッキズム要素を少なくしていて現代版にアップデートされています。

■アリエルをより“自立した女性像”に

アニメ版では声を失った代わりに人間の姿になったアリエルが、間違った使い方でフォークやたばこのパイプを扱うなど、無知で未熟な姿が描かれていました。そんなアリエルのキャラクター像にも変化は表れていると言います。

児玉:アニメ版の声を失ってからのアリエルに比べて、実写版では知的に感じられる描写が増えていると感じました。序盤にサメと格闘するシーンでは、鏡に自分の姿を映してそこにサメを誘導する戦略で倒しています。さらに中盤では、エリックのコレクション部屋で、アリエルが石を叩き割って中から綺麗な宝石を取り出してみせたり、貝殻を吹いて音を出してみせたりする場面があり、エリックに対してアリエルが自分の知恵を授けるという描写になっていて、お互いに知性のある対等な関係になっています。

また、アニメ版では悪役・アースラがエリックと結婚しようとするときに生き物たちによって阻止されたのが、実写版ではアリエルが自分で止めていたり、アニメ版で最後に巨大化したアースラを倒すのはエリックだったのが、実写版ではアリエルが自分の手で倒しています。

元々アニメ版でもアリエルは男性から守られるのではなくて男性を助ける女性として出てきたキャラクター。その部分が実写版ではより強化されていてアリエルの主体性が高まっていると思いました。

■結末にも変化 外の世界へ進んでいく2人

児玉:アニメ版はラストショットがタキシード姿のエリックとウエディングドレスのアリエルのキスをする場面になっていて、そこでは2人のロマンティックな結婚というものが押し出されているんですけど、実写版ではお互い未知なる世界を夢見る同士という部分が強くなっているので、最後は航海に出る2人が描かれています。ロマンティックな関係ではありつつも、対等な存在として手を取り合う共闘関係のように描かれているのが実写版の恋愛関係の描き方です。

■ディズニーが過去の名作を実写化するワケ

ディズニーは『リトル・マーメイド』以外にも『シンデレラ』(2015年)や『美女と野獣』(2017年)など過去のアニメーションを実写化してきました。

児玉:ディズニーはわりと常に自分たちが手がけてきた作品、紡いできた物語をアップデートしていこうという意志があるので、そこに関しては自己反省的というか、エンタメの先陣を切ってやっていくという意志が強くあるからだと思います。近年ではよりLGBTQやそう捉えられるキャラクターも物語に登場させています。自分たちが作り出してしまったステレオタイプを自分たちが壊していこうという意志もあると思いますね。

■映画評論家が見た『リトル・マーメイド』実写化の意味合い

ジェンダーやセクシュアリティーの視点を中心に映画批評をしてきた児玉さん。今回のアップデートについてどう感じたのでしょうか。

児玉:ディズニーヒロインに関しては、大人が見るだけではなくて、子供たちも見るもの。子供たちはヒロインたちの姿を見て育っていくので、主体性があって強くて自分の足で歩くという自立したヒロイン像は、子供たちにより良いロールモデルを提示することを可能にすると思います。そういう教育的な意味では非常に意義があると思いましたね。

『リトル・マーメイド』は、元々原作の童話では人魚姫が泡になってしまうのを、アニメ版では最後まで生かして王子様と結ばれるという大胆な改変を行い、さらにディズニーヒロインの歴史の中でもさまざまな意味で画期的かつ勇敢な作品でした。だからこそ今回のアップデートも、『リトル・マーメイド』の意志を引き継いだ結果としての現代の潮流に合わせた選択だよねというふうに思いました。

児玉美月
映画評論家。これまで『キネマ旬報』、『文學界』、『文藝』、『群像』、『ユリイカ』などに寄稿。ジェンダー、セクシュアリティーの視点を中心に映画批評を行っている。