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ストリーミングが変えた 国内外の音楽ヒット傾向【SENSORS】

2023年8月5日 20:01
ストリーミングが変えた 国内外の音楽ヒット傾向【SENSORS】

音楽を楽しむ方法として、すでに一般化したストリーミング。しかし、日本でのサービス展開が本格化したのは2015〜16年からと、まだ10年にも満たない。たった数年間でストリーミングが世の中にもたらした功績はとても大きい。ストリーミングとは、従来の方法と違い、インターネットに接続した状態でWeb上の音声データを再生する方法だ。

ストリーミングの登場で、音楽のヒット傾向は大きく変化した。発売から時間が経った楽曲が少しずつ広がってヒットしていくという、新たなパターンが現れたのだ。また、以前よりもずっと日本の曲からグローバルヒットが生まれやすくなった。その背景や具体例を、音楽ビジネスを生業とする3人が紹介する。

■ストリーミングで二極化するヒット傾向

ストリーミングが日本でも急速に浸透して以来、音楽のヒットする特徴は二極化している。

1つは、リリース当初の人気は程々でも徐々にチャート上位へ上昇していく楽曲。2つめは、リリース直後から爆発的ヒットとなり人気が持続する楽曲。これらはどのような過程を経てヒットとなるのだろうか。Billboard JAPAN.com編集長 髙嶋直子さんは次のように解説する。

「例えば、Tani Yuukiさんの『W/X/Y』はTikTokで少しずつ広がっていたところ、さらに人気の振付師の方がその曲を使った動画を投稿し、じわじわ口コミのように広がりました。一方、瞬発力があった例としては、米津玄師さんの『KICK BACK』やOfficial髭男dismさんの『Subtitle』があります。これらはタイアップによる相乗効果で爆発力を発揮しました」

直近、音楽業界のみならず世の中に大きな衝撃を与えた楽曲と言えば、2023年4月にリリースされたYOASOBIの「アイドル」だろう。配信直後から多数再生され、チャートイン2週目で2000万回再生を突破。アニメ『推しの子』とのタイアップによる戦略的なマーケティングやSNS効果が相まって、今なおその勢いは止まらない。

ストリーミングが普及したことで、「アイドル」のように即効性を持ってリスナーに響き大ヒットとなるケースに加え、ロングテールで再生数を積み上げて、最終的に大ヒットに繋がるケースが登場した。Spotify Japan 音楽企画推進統括の芦澤紀子さんも、二極化の傾向があると考えている。

「ストリーミングでは、年代や国を超えてパーソナライズされたおすすめ曲と出会うことができます。出会ったときが、その人にとっての新曲で、リリースされたばかりの新曲である必要性はありません」

いつリリースされたかにかかわらず、自分が出会ったときから何度も何度も聴く。そのようなリスナーによって、徐々に再生数を伸ばし、後に大ヒットに至るという。確かに、ストリーミング時代の新たなスタイルだ。

■海外で日本のポップカルチャーとして支持される楽曲たち

ストリーミングによって変わったのは、国内のヒット傾向だけではない。今や、日本の楽曲は世界のあらゆる場所で聴かれているが、海外においては、“日本の音楽”というより“日本のポップカルチャー”として愛される傾向があると、芦澤さんは言う。

「アニメとのタイアップでなくとも、曲のジャケット画像にイラストを使ったり、ミュージックビデオにアニメーションを使ったりしている事例があり、日本のポップカルチャーの象徴として人気が出ているように感じます。例えば、YOASOBIさんの『夜に駆ける』は、2年連続、世界で最も聴かれた国内楽曲年間ランキングのトップ3に入っていて、彼らの曲の中で一番聴かれているんです」

「夜に駆ける」は、アニメ主題歌ではない。しかし、ボカロやアニソンのような、世界的にファンが多い日本のカルチャーと親和性が高い楽曲・アートワーク・MVのタッチが、これほどまでに息の長いブームを支えている。

そんな中、芦澤さんが勤めるSpotifyが作成したプレイリスト「Gacha Pop」が大人気となった。

「『Gacha Pop』は海外でヒットしている日本の曲からヒントを得て作ったプレイリストなんです。おもちゃ箱をひっくり返したようなカラフルで何が出てくるか分からない日本のポップカルチャーを1つに束ねて、海外に紹介したくて」

TuneCore Japan K.K. 代表取締役の野田威一郎さんも、海外では日本の音楽がポップカルチャーとして好まれているという意見に賛成する。

「最近だとHoneyWorksさんの『可愛くてごめん』が、まさにその例だと思います。国内では曲への動画のあてはめや踊りでヒットしましたが、海外ではAIマンガの象徴として広く知られています。曲は同じだけど流行り方が違う、興味深い例です」

■言語・国境・ジャンル・時代… ストリーミングが壊してくれた壁

国内外の膨大な音楽から、自分の好みに合う曲と出会えるようになった今、国外の曲との関わり方は全世界的に変化している。十数年前であれば、聴かれる場所に合わせ、その土地土地の言葉で作り直されていた音楽が、今はオリジナルの楽曲の言葉のまま何の抵抗もなく聴かれているのだ。

例えば、次々に世界的ヒットを生み出すK-POP。日本や欧米において韓国語を正確に理解するリスナーは多くないはずだが、あらゆる国の人々がサウンドや受ける印象に惹かれ、オリジナルのまま受け入れていると、芦澤さんは言う。

「ストリーミングでは言語・国境・ジャンル・時代などを飛び越えて、さまざまな楽曲が渾然一体として流れてきます。普及するにつれ、それらの違いに違和感を持たないリスナーが増えています。ストリーミングは、いろんな壁を崩してくれました。それによって、世界中の人々が“感覚的に音楽を受け止める”というふうになってきてるのかなと思います」

あらゆる壁を越えて世界の音楽を楽しむことができ、日本の音楽やカルチャーを届けることができる。ストリーミングがもたらした功績は計り知れない。音楽ビジネスのフィールドはますます広がる一方で、音楽と私たちとの距離はますます近くなっていくのだろう。