翻訳家・戸田奈津子「潮時だと思って」86歳で“通訳引退” スターたちと関係を築く“一番の秘けつ”とは
戸田さんはこれまでに、『E.T.』や『タイタニック』、『スター・ウォーズ』など、数多くの映画の日本語字幕を担当。同時にトム・クルーズさんをはじめとする、ハリウッドスターたちの通訳としても活動してきました。
■通訳者として“潮時” 引退を決意したきっかけ
7月3日、トム・クルーズさん主演の映画『トップガン マーヴェリック』のイベントが行われました。この日、86歳の誕生日を迎えた戸田さんは、トム・クルーズさんから誕生日プレゼントとしてもらったというスカーフを首に巻いて、イベントに参加しました。また、トム・クルーズさんから観客に向けたメッセージ映像が公開され、戸田さんはその通訳をもって通訳者としては引退となりました。
――引退を決意したきっかけは?
私も年をとったわけです。年になるといろんなことがパッと言葉が出なかったりするわけよ。トムがあんなに一生懸命やってるのに、途中で言葉に詰まったら、私はトムに申し訳ないと思って。だからこれは引き時ってものがあるでしょう?だから潮時だと思って辞めました。
――トム・クルーズさんにはお伝えしたんですか?
ひと月前ぐらいにメールを送って、こういうふう(引退すること)にしますからって言ったら、すごく驚いていました。「なんとかやってくれない?」って言われたけども、私は決心が固かったから「こういう気持ちだから」って言ったら「よく分かった」って。それからはふざけて「君が(通訳を)やるんだよ」って言われたけど、理解してくれました。
――最後の通訳となった3日が誕生日。トム・クルーズさんから花とプレゼントをもらったそうですね。
そうよ、これ(スカーフ)が来たばっかり。毎年なんだけど、お誕生日の朝に(贈り物が)来ます。
――同じ誕生日のトム・クルーズさんに何か渡しましたか?
あの人に何あげる? あげるものなんか無いですよ。お礼を言うしかないです。メールで言葉はおくりますけど、物なんかおくれませんよ。
■戸田さんが見てきたトム・クルーズは“努力の人”
戸田さんによるとトム・クルーズさんは、ファンとの交流をどこに行っても大切にしているそうで、自らスケジュールを空けて、ファンが集まるレッドカーペットを2時間以上かけて歩いたことも。間近でトム・クルーズさんを見てきた戸田さんから、印象を伺いました。
――トム・クルーズさんの最初の印象は?
トムは最初、ビッグスターじゃありませんし、あの時(最初に会った時)は(トム・クルーズさんの元妻)ニコール・キッドマンとの新婚旅行で、俳優の1人として素直に付き合って、すぐにいい人だなって分かりまして、以来30年近くなっていますね。
――その人柄をどんなところに感じましたか?
人によって、ちょっと鼻が高くなる人や、ちょっと意地悪なことを言う人もいるけど、(トムは)全然そういう所がなくてね、本当にみんなに平等に優しいの。例えばスタッフの隅々まで優しくて、分け隔て無くというのが素晴らしいことじゃないですか。そこが本当に魅力でしたね。大スターっていうのは才能はもちろんあるんだけど、やっぱり努力なのよ。トムなんて“努力の人”よ。
■心がけてきたことは“先入観を持ってはいけない”
――通訳をするときに心がけてきたことは?
相手がスターだからとかではないですが、人間が他の人に会うとき“絶対先入観を持ってはいけない”ということ。自分の目でその人を見て“こういう人だ”って分かってそして付き合うっていう。それが大事で、先入観を持って付き合うと絶対にうまくいかないです。
私も最初の頃はね、例えばロバート・デ・ニーロが来るっていうと、デ・ニーロって映画で見ると紙一重みたいな怖い役をしてたじゃないですか。みんなあの人は気むずかしそうだって散々脅かされたわけ。最初だから私も怖かった。でも会ったら全然違うのよ。優しくてね、いい方なの。
――ロバート・デ・ニーロさんとの思い出はありますか?
突然電話がかかってきて「家族で京都に行くから一緒に来て」って言うんで、家族と一緒に京都をまわったの。そうすると子ども3人の普通のお父ちゃんで。普段の顔を見ちゃったら映画スターじゃないんですよ。すごい俳優だけど、素顔は普通の人間なの。だから無で接して自分をあまり飾ろうとしないで、素のまま付き合うっていうのが一番の秘けつだと思います。
――通訳や字幕翻訳家を目指す人に伝えたいことはありますか?
まず映画が好きであること。これが一番根本です。それから日本語を勉強しなさい。通訳とか字幕は英語ができなきゃできないと思ってる人がいるけど、とんでもありません。大事なのは日本語です。本を読みなさい。日本語を知りなさいっていうことです。これが一番の決め所よ。