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【解説】コメ異例の品薄に価格1.85倍も それでも「やっと生産可能な額」 関係者たちのホンネ

2024年9月7日 7:00
【解説】コメ異例の品薄に価格1.85倍も それでも「やっと生産可能な額」 関係者たちのホンネ

「今回のことはかえって良かった可能性もあると思うよ」

コメの品薄から始まり新米価格が大幅に上昇する中で、生産者から実際に聞かれた言葉です。

一部スーパーなどで棚にコメが並ばない状態や、購入制限がかけられる「異常な事態」が全国各地で見受けられたコメの品薄問題。一部店舗では新米の入荷が始まるなど解消に向けた動きも見えてきていますが、今度は店頭価格が「昨年の1.5倍だ」という声が小売り業者から聞こえてくるなど「新米価格の引き上げ」がどうなるのか関心が集まっています。

全国各地にあるJAが、農家から新米を買い取る際の目安となる「概算金」が先月末までに全国で出そろいました。新潟や北海道など、主要産地で去年より2割~4割ほど高い水準となっています。

そんな中で、生産者がこぼした「今回のことはかえって良かった可能性もあると思うよ」という発言。どんな思いで口にしたのか?今回、広く世間の関心を集めることとなった「コメの品薄」と「コメの価格」。取材を進めていくと、この「異常事態」にコメに関わる当事者たちが感じた「意外なホンネ」が見えてきました。

◆生産者のホンネ「ようやく再生産可能な価格に」

都心よりも1~2度気温が低く感じられる千葉県にあるコメの一大収穫地。次々と袋詰めされていく新米を前に、ある生産者は今も続く品薄状態に対してこう語ります。

「不思議だよね、どこいっちゃったんだろう。こんなにコメあるのに」。今年の新米はすでに800俵、480トンほど出荷済みで、収穫は3分の2ほど終えた状態だと言います。いまの店頭での品薄状態に関しては、収穫は例年と変わらず順調なので、あとは流通の問題なのではないかと話しました。では、その出荷した新米を卸や小売が買い取った価格は、例年と比べてどれくらい上がっているか尋ねると「7割(上がっている)」という驚きの答えが。全国各地にあるJAが、農家から新米を買い取る際に支払う価格の目安となる「概算金」。先月末に北海道が決定し、全国の主要産地の「概算金」が出そろいました。今年は各銘柄で、前年に比べて2割から4割程度の引き上げとなりましたが、その引き上げ率を大きく上回る価格の設定が、生産者と卸売り業者・小売り業者の間で行われていることがわかります。

「“農協の概算金”っていうのはあくまでも目安の前渡し金だから。今の実情の価格から言うと、市場での買取価格は(品薄の実情を)反映してるわけだから、それはもう全然違うんだよ」。

特にコシヒカリの場合、(価格がやや上がった昨年ではなく)一昨年と比較すると、1俵1万3500円だったところが、今年は2万5000円。8割以上(1.85倍)、上がっていると言います。

この価格上昇について生産者は、「小売り業者や卸売り業者は仕入れ額が下手すると倍いるのだから大変だろう」と心配しつつも、生産者としては「ようやく生産コストの上昇分を価格に反映することができた」という「ホンネ」も漏らします。

「例えばコンバイン(収穫機)が一昨年までだったら1600万円で買えたのが今は2000万円なんで、プラス400万円+消費税ですから、たまったもんじゃない。設備投資が価格転嫁できないでいるのが現状なんで」「企業もちゃんと、そういうことを踏まえた値づけをしていただきたい。そうでないと生産者がいなくなっちゃう」

日本ではデフレが長期化したことで、安いことが食料品の大きなアピールポイントとなり、生産コストが上昇しても販売価格に転嫁しにくい状況があると言われています。複数の生産者やJA関係者からも、特にコメは「今まで生産コストの上昇を価格に反映できない状態が続いていた」という声があちこちから聞こえてきました。総務省が公開している消費者物価指数を見ても、2020年度を100とした場合、パンは121.3、めん類は120.3に対してコメ類は106.7と、6月末時点では上昇率が大きく下回ることがわかります。

こうした背景から、帝国データバンクが今月5日に発表したデータによると、今年の1月から8月に発生した「コメ農家の倒産件数」は34件で、初の年間40件台到達も想定される苦しい状況です。そのため、今年の新米価格でようやく、生産者がコメ作りを続けていけるだけの収入につながる価格になった、再生産可能な価格になった、という「ホンネ」もあるのです。

では、生産者からコメを集荷するJAは今回の品薄騒ぎと新米の価格をどう受け止めているのでしょうか?

◆集荷業者のホンネ「少しでも高く売りたい」 理由は…

取材した千葉県のJAでは、8月23日から直売所で新米の販売を開始し、5キロの精米が1日100袋ほど売れていく状況で「全然品薄という状況ではない」と語ります。

ただ、お盆を過ぎて新米が入ってくる前は、近年付き合いのなかった業者や新規の業者から「取引できないか?」という問い合わせが多数入り、「品薄」を感じたと言います。しかし、その時点で在庫があったとしても売り先はほぼ去年の秋の時点で決まっており、「回してあげたくても対応ができなかった」と実情を明かしました。

一方で、スーパーなど一部の小売りにまだ並んでいないという世の中の状況については「なかなか“値決めができない”のも一つの要因ではないか」と分析しています。

「20年ぶりの高値ということで、どこに価格の設定を持っていっていいのか、あまり高すぎると売れないとか、いろいろあろうかと思いますので、その辺でちょっと苦慮している点があるのかなと」

6月末時点では比較的緩やかだったコメ類の消費者物価指数の上昇率ですが、7月末にはコシヒカリ以外のうるち米が18.0%、コシヒカリは15.6%上昇し、いずれも20年3か月ぶりの上げ幅となりました。取材したJA関係者も「今年のコメの相場は1週間、2週間で全くガラリと変わったという状況」として、急な価格の上昇に集荷業者だけでなく、卸売り業者、小売り業者も戸惑っていると話しました。

今年はこの先の価格動向も読めず、非常に売りづらいとしながらも、「生産者のためにも、少しでも高く売って生産現場へ還元したい」という「ホンネ」も語っています。

◆卸売り業者のホンネ「高止まりが続けば“コメ余り”も」

「20年ぶりの高値」という今年の新米の価格について、9月4日、農水省で開かれたコメの販売状況等に関する意見交換会では出席した多くの卸売り業者から懸念の声があがりました。

参加者の一人は、今年の新米は去年の2倍にあたる「1俵(60キロ)=2万4000円~7000円ぐらいの値付けになっている」とした上で、「それがずっと一人歩きしてしまえば消費者が購入できる価格ではなくなってしまう」と警鐘を鳴らします。コメの価格がもう少し下がらないと、外食向けなどで今まで国内産を使っていたところも外国産米を使用するなどの対策を取ることになり、結果として国産米の需要を低下させてしまい、「(国産米を)買い切れない」=国産米を余らせてしまう状況を招く恐れがある、と見ています。

農家の手取りの問題もあるが、想定以上に上がっていて、適正な価格とは言えないとの見方を示しました。ただ、会議の中で他の参加者からは「現在の高値は端境期の取引価格で、今後は年間の需要を反映したものになる」と価格は落ち着いてくるとの見方も示されました。

また、今の品薄状況に関して卸売り業者から聞かれたのは、「小売り業者への新米の出荷は例年より前倒しで順調に行われている」と強調する声です。また、卸売り業者や集荷業者の手元には5年産米(古米)の在庫もまだあるのに出さないのか?という疑問の声もあることに対しては「在庫は確かにあるが、それは業務用で契約をしている取引先に渡すためのもので、家庭用に仕向けるわけにはいかない」として、「(消費者には)もう少し待てば潤沢に出回ってくるので、もう少し待ってもらいたい」と求めました。

◆小売り業者のホンネ「安定供給の重要性、見直した」

実際に新米の入荷のめどがたったというスーパーも出てきています。都内のあるスーパーに聞いたところ、今までは、精米日から1か月や2か月経った、通常のスーパーでは出さないコメを安く買って仕入れ、足りない場合は問屋から追加で仕入れる方法を取っていたと言いますが、今回の品薄騒動は「コメの安定的な仕入れの重要性」を見直すきっかけになったと言います。

「安定供給というのはこれからやはり大事かなということで、安定供給してくださる先を探した」

今月、農家直送でコメを販売する会社と新規に契約し、早ければ10月以降、店の需要の7割ほどを継続して入荷することになりました。店頭販売価格は上がってしまうものの、お米が棚に並ぶことを優先するようにしたということです。

「(新米の価格は)1.5倍ぐらいはいってるんじゃないですかね」「お米があるということの方に今は価値を置いているので」

また、ようやくお米が並ぶようになった小売店の間では、「新米の陳列場所」に関するこんな「ホンネ」も聞かれました。通常なら入り口近くに置いているというコメの棚を、店の奥の方に変更しているという都内のスーパー。その理由は…

「通りすがりの方に“お米がある!”って買っていただく形じゃなくて、常連さんに買っていただきたいなっという思いで」

ようやく仕入れた新米を常連客に買ってもらいたい、転売目的で買われるのを防ぐという意味合いもある、と「異例の事態」への対応を語りました。

◆年々需要が減少してきたコメ 今後の供給は…

取材を進める中で、生産者、集荷業者、卸売り業者、小売り業者それぞれのホンネが見えてきたと同時に、「共通の声」も見えてきました。一つは「価格の乱高下は避けたい」という声です。生産者やJAとして、生産コスト上昇分をようやく価格に転嫁できるようになった状態は喜ばしいけれど、この先の価格動向がまったく読めず、不安な気持ちも強いといいます。生産者の中からは「国家の根幹である米を国が、国家の食糧安全保障という観点からも、乱高下をさせてどうするんだよ!1万円だったり2万円だったり、こんなのないでしょう」と政府のコメ政策に対する厳しい声も聞かれました。

もう一つは、「これからも米を食べ続けて欲しい」という声です。近年、年間でおよそ10万トンずつ、国内のコメの需要量が減少を続けていた中で、今年は10年ぶりにコメの需要量が増加に転じました。農水省は今後も需要の増加傾向が続くのか、それとも再び減少に向かうのか、現時点では判断できないとしています。

関係者が予期していなかった形でコメが注目されることとなった、今回のコメ品薄騒動。取材した生産者からは、「消費者にコメが行き渡らない事態を招いてしまったことに関しては残念」とするものの、「コメの大切さ、コメという存在を考えてもらうきっかけになった。そういう意味でかえって良かった可能性もあると思う」という声もあがりました。

日本人の主食であるコメが安定的に供給されるために、見直すべきことは何か、生産者、流通に関わる業者、消費者、政府は「のどもとすぎれば…」でなく考えていく必要があります。