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「プーチンの戦争」を支えるロシア正教会キリル総主教とは

2022年5月2日 21:55
「プーチンの戦争」を支えるロシア正教会キリル総主教とは
2022年4月27日「深層NEWS」より

ウクライナ侵攻を支持するような発言を繰り返す、プーチン大統領の「精神的支柱」ロシア正教会のキリル総主教とはどのような人物なのか?2人を結びつける「ルースキー・ミール(=ロシアの世界)」とは?4月27日放送のBS日テレ「深層NEWS」では、日本大学教授松本佐保さん、慶応大学教授廣瀬陽子さんをゲストに、ウクライナ侵攻の背景にある政治と宗教のつながりを考えました。

■ウクライナ侵攻を「内戦」とする聖職者

右松健太キャスター
「4月24日、モスクワの大聖堂でロシア正教会の復活祭の儀式が行われた。その前日、ロシア正教会のキリル総主教からウクライナ侵攻に関して『できるだけ早く内戦が終わり、待望の平和が訪れますように』という発言があった」
「平和を祈る発言のようだが、ウクライナ侵攻を『内戦』と表現したり、他にも軍人らを前に軍事侵攻を後押しするような発言をしたりしている」

松本佐保氏
「『内戦』という言葉を使っているところから、明らかにロシアがウクライナという別の国と戦争しているのではなく、宗教的な観点で言えば『正教会』という同じキリスト教徒同士の戦いであり、スラブ民族同士の戦いであるという趣旨の発言です」

廣瀬陽子氏
「プーチン大統領も今回『ルースキー・ミール(ロシアの世界)』という『ロシア語を話したり、ロシア人として生活したりする人たちは広く保護していく』ような概念を非常に強く出してますが、その概念の中でウクライナを見ているのだと思います」
「ウクライナを『内』とみる考え方というのは、ロシアのインテリジェンス(諜報機関)にも通じている考え方で、『KGB』の後継組織の『FSB(連邦保安庁)』がありますが、『FSB』は本来、国内を見る組織ですが、ウクライナも対象となっています」
「ロシアからすればウクライナはロシアの一部であって、『内戦』としてこの戦いを遂行していかなければいけないという強い意志を宗教側からも発していると言えます」

■キリル総主教は「元KGB」?

笹崎里菜アナ
「キリル総主教は75歳でロシア国民の約7割が信仰するロシア正教会のトップを務めています。出身はプーチン大統領と同じサンクトペテルブルクで2009年に総主教に就任」
「公の場での発言以外にも、4月11日には世界教会協議会に宛てた書簡で『ロシアをあからさまに敵視する勢力が、ロシアの国境に迫ってくるようになった。NATO諸国は、年々軍事力を増強しています』と記しています」
「キリル総主教とはどのような人物ですか?」

松本氏
「聖職者になるための神学校に行き始めた1972年に実は『KGB』からリクルートをされ25歳の時点で『KGB』の工作員になりました」
「キリル氏は『KGB』の工作員として、そして聖職者として『世界教会協議会』という国際機関にロシア正教会代表として派遣されていました」
「1989年までジュネーブに駐在し、その間『KGB』の工作員として様々な情報収集だけでなく、西側のキリスト教会にとってちょっと不利になるような様々な活動をしていたということです」

右松キャスター
「2009年キリル氏が総主教になる直前、英タイムズ紙が『キリル氏は元KGBのエージェントではないか』と報じたことがあったが、今の話を聞くとまさにそうだという。KGBのエージェントだった人が宗教界のトップになることはどう見る?」

廣瀬氏
「これは非常に珍しいことであると思いますが、だからといってキリル氏がロシア正教会の中で王道を行っているかというと必ずしもそうではなく、特に今回の侵攻に関する諸々の発言などは非常に反発を得ているということもあります」

■ロシア正教会とは?

笹崎アナ
「東方正教会は、ローマ・カトリック、プロテスタントと並ぶ、キリスト教三大宗派の一つで、東方正教会の中で『ロシア正教会』は最も多い約1億人の信者がいると言われています。なおウクライナ正教会はロシア正教会の管轄下に置かれていたが、クリミア併合などを受け2019年に独立しました」

右松キャスター
「ロシアは世界一の国土面積に多民族国家。ロシア正教会がロシア社会に与える影響は?」

廣瀬氏
「非常に大きいと思います。特にソ連時代『宗教はアヘンである』ということで基本的に宗教は禁止されていて、当局の目の届く範囲でのみの活動が認められていました」
「他方でソ連崩壊後、国民の精神の支柱がなくなってしまった。何を礎に生きていったらいいのかと。そこを埋めていたのが宗教なのです」
「ソ連時代に多くの教会や修道院などが壊されていたのですが、その再建もすぐに行われ、人々が日曜日に礼拝に行くというような習慣が再びでき、特にロシアの初代大統領のエリツィンも宗教を利用し、国民の心を満たすために広く使われました」

■プーチン氏とキリル氏の蜜月関係とは

右松キャスター
「2012年のプーチン大統領の就任式にキリル総主教の姿もあり、プーチン氏の統治を『神の奇跡』とたたえている。今年2月、キリル総主教就任13年を記念し、プーチン大統領が白いバラの花束を持ってお祝いに駆けつけるシーンもあった。いまや『蜜月関係』とも言われる二人は、なぜ近づいた?」

廣瀬氏
「二人ともサンクトペテルブルク出身という共通性もありますが、互いに『ルースキー・ミール(ロシアの世界)』を体現していく上で、ロシアの版図を拡大していきたいという欲望ががっちり合った。それ故にお互いの考え方を相互に生かしつつ、共闘体制をとることによって、互いの目的を果たしていこうという形で関係を緊密化しているというように感じます」

右松キャスター
「庇護を受けているキリル氏はプーチン氏をどう見ている?」

廣瀬氏
「お互いに利用できる存在だと思っていると思います。宗教を展開していく上でもやはり政治の庇護はあった方がやりやすいと。そして政治の方も宗教の精神性を借りることができれば、政治を展開しやすい。お互いに一蓮托生のような形で野望を展開しているというように思われます」

■軍の中にも存在感を示すロシア正教会

右松キャスター
「おととしモスクワ郊外にできたロシア大聖堂という建物は第二次世界大戦の対ナチスドイツの戦勝75年を記念して作られた」

廣瀬氏
「政治と軍が非常に密接であると同時に、宗教もそこにコミットメントしている、『三位一体』として表した象徴的なものだと思います」
「興味深いのはこの施設にはこれまで活躍した偉人のモザイクのようなものがあり、プーチン大統領とショイグ国防相のモザイクもあるらしいのですが、『まだそれを出す時期ではない』と公開しておらず隠していると」
「今後プーチン大統領がそれに値すると自分を判断したときに、モザイク画を公開していくのだと思いますが、もしかすると、このウクライナでの『戦争』に勝ったときに、自分を偉人であるというような形でそのモザイク画を出してくる可能性というのもあるかと思います」

右松キャスター
「この建物が発する思想・世界観とは?」

松本氏
「本物かどうかはともかくとして、ナチスドイツから奪った戦車や武器を溶かして、鐘や建物を造ったということが言われています。ロシア軍の存在と宗教の存在というのをより近付ける意味があります」
「さらに、第二次世界大戦でナチスドイツとソ連軍が対決した1943年のスターリングラードの戦い。この時点ではスターリン政権でしたので、ロシアでは宗教が弾圧されていたはずですが、この時期はスターリンが宗教を緩和し兵士たちの士気を高めてナチスドイツに立ち向かう戦争をしました」
「スターリングラードが第二次世界大戦の戦況をひっくり返したと言っても過言ではないソ連側の勝利、すなわちそれが連合国側の勝利」
「それをかなり誇張するような形でこのような建物を造り、ロシア国民だけではなく世界のロシア正教会に広く訴える目的なのではと思います」

■二人をつなぐ「ルースキー・ミール」

右松キャスター
「キリル総主教とプーチン大統領は最近、同じような発言をしている」
「プーチン氏は『私たちはウクライナ、ベラルーシ、そしてロシアという三位一体の民だ』」
「キリル氏は『私たち(ロシアとウクライナは)みんなキーウから出発し歴史的運命で結ばれた一つの民族』と」

飯塚恵子 読売新聞編集委員
「プーチン氏の歴史認識の原点として、今重視されている去年7月に発表された『ロシア人とウクライナ人の歴史的な一体性について』という論文に数えると計13回『ロシア正教会』という単語が全て重要なポイントのところに出てくるのです」
「例えば『最も重要なのは、ロシアの東西の人々は、同じ言葉をしゃべり、ロシア正教会を信仰していること』と指摘し、そのうえで『今ウクライナで起きていることは、我々のアイデンティティーを強制的に変えようとするもの』だと」
「そして『我々の精神的な一体性が攻撃されている』と。こういうことがウクライナ侵攻の根拠であると言っているのですが、私が感じるのは歴史観と宗教が混ざってしまうと、理論的な交渉は今後難しく、理性的に戦争が終わらないのではと心配になります」

右松キャスター
「かつての戦争は領土や賠償金を得ることをひとつの戦争目的にしていた。今回の軍事侵攻ではイデオロギーや『ルースキー・ミール』という価値観が溶け込んでいる。すると妥協点を見いだすことは難しいのでは?」

廣瀬氏
「非常に難しいと思います。プーチン論文発表と同時期の去年7月に国家安全保障戦略が改定されました」
「そこでは『欧米の価値観がロシアの価値観を脅かしている』ということを強調していて、『ロシアの価値観を守らなければいけない』ということを言っているのです。それを安全保障戦略の中で言っているということが非常に興味深い」
「今回の軍事侵攻は、ロシアの軍事・政治・宗教が全て結びついた話で、それを何かひとつで解決を見いだすというのは非常に難しいと思います」

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