戦争史から読み解くウクライナ情勢停戦へのシナリオ
ロシアによるウクライナ軍事侵攻から2か月。
泥沼化の様相を呈してきたウクライナ侵攻はどうすれば終結できるのか。
4月20日(水)放送の「深層NEWS」では防衛研究所 戦史研究センター主任研究官の千々和泰明さん、慶應義塾大学准教授の鶴岡路人さんをゲストに、過去の戦争の終結の仕方から、今回のウクライナ情勢の今後を読み解きました。
■戦争終結の2つの形態とは
右松健太キャスター
「戦争の終結の仕方をこれまでの歴史から研究している千々和さんによると、戦争終結には大きく2つの形態があるといいます」
笹崎里菜アナウンサー
「その2つとは『紛争原因の根本的解決』と『妥協的和平』です。『紛争原因の根本的解決』とは、交戦相手の政府を打倒し、紛争の原因を取り除くこと。一方の『妥協的和平』とは、交戦相手と妥協し、その時点での犠牲を回避する方法です」
千々和泰明氏
「戦争の終わり方ということを考えたときに『○○戦争はこう終わりました』ではとりとめもないので、さまざまな戦争の終わり方を一望するような分析のレンズというものが必要になります」
「1つが『紛争原因の根本的解決』。相手を徹底的にたたきのめして将来の禍根を断つ。二度とその相手と戦わなくて済むようにする。そこには犠牲を覚悟しなければいけないわけですが、そういった終わり方が1つの方向にあるということです」
右松キャスター
「『紛争原因の根本的解決』という終わり方をした戦争は、これまでの戦争史では?」
千々和氏
「例えば、第二次世界大戦における連合国とドイツの戦争終結が、これにあてはまると思います」
「当時、連合軍はドイツの首都ベルリンを陥落させ、ヒトラーを自殺に追い込み、そしてドイツという国家をこの世から消滅させるというところまでたたきのめしたということで、これがその例にあたると思います」
鶴岡路人氏
「『将来の危険』が大きいときに、とにかく徹底的にたたく。ただ、これが実際にできるときというのは限られると思います」
「第二次世界大戦のときのように、明らかに根絶しないといけないというような巨大な悪が存在する場合ですが、なかなか普通の国家間の戦争では、こういうところまでいかないケースの方が多いと思います。ですから、例外的な解決方法なのかもしれません」
右松キャスター
「一方の『妥協的和平』。例えば91年の湾岸戦争では、多国籍軍は圧倒的な軍事力で当時のフセイン政権と対峙(たいじ)したが、その後、フセイン政権を完全に打倒するまではいかなかった。これは『妥協的和平』に見えるが」
千々和氏
「当時、多国籍軍はイラク軍をクウェートから撃退しましたが、そこからバグダッドまで攻め上がって、戦争を起こしたフセイン体制を打倒するというところまで進まなかったわけです」
「クウェートからのイラク軍の撃退ということにとどめ、結果的にフセイン体制の延命を許したという意味ではこれは『妥協的和平』の分類に入るものかと思います」
■『将来の危険』と『現在の犠牲』の関係
右松キャスター
「つまり『将来の危険がすごくあるから、今のうちにたたいておかなければいけない』というのと、『そうはいっても今の犠牲が多いから、いったん妥協の道を模索する』という『将来の危険』と『現在の犠牲』のバランスが判断基準になるということ?」
千々和氏
「はい。連合国とドイツとの戦争終結のように、『将来の危険』の方が『現在の犠牲』よりも大きい場合は『紛争原因の根本的解決』の方に進んでいくことになりますし、逆に湾岸戦争の場合は、バグダッドに進軍することによって、アメリカ側は多国籍軍の犠牲が増えるということを恐れたのです」
「当時ブッシュ政権は、フセイン体制はやがて自滅するだろうと。その見通しは外れてしまったわけですが、『将来の危険』は『現在の犠牲』と比べて小さいというようになると、『妥協的和平』の方向に話が進んでいく」
「これはトレードオフの関係なのです。『将来の危険』の除去をするためには『現在の犠牲』を払わなければいけないし、『現在の犠牲』を回避しようとするならば、『将来の危険』と共存しなければならない。あちらを立てるとこちらが立たずというこういう関係にありますので、ここが戦争終結というものを難しくしている大きな理由だと思います」
鶴岡氏
「非常にきれいなモデルで説明力が高いと思いますが、あえて1つだけ指摘すると、やはりこの『将来の危険』も『現在の犠牲』も正確に測れるのかということです」
「『将来の危険』が大きいと思ったら実は大きくないかもしれないし、少ないと思ったら実は大きいかもしれない」
千々和氏
「そうですね。鶴岡さんがおっしゃった通り、これは交戦勢力の主観というところがかなり大きくなってきます。そこでの判断の間違いというものが戦争終結の失敗の歴史を形づくっているように思います」
「『将来の危険』を過小評価して安易な妥協をしてしまったり、あるいは不必要な犠牲を払ってしまったりということが、やはり戦争終結の歴史の中ではたびたび見られることです」
■戦争終結モデルから見るウクライナ情勢の停戦は
笹崎アナ
「千々和さんは『戦争終結の2つの形態』を今回のウクライナ侵攻に当てはめると、『紛争原因の根本的解決』の最も極端な例は、『ロシアがウクライナを完全属国化すること』としています。一方の『妥協的和平』の極端な例は、『ロシア軍がウクライナから撤退すること』だそうです」
千々和氏
「戦争というのは、パワーとパワーのぶつかり合いなので、優勢勢力がどのように判断しているのかということを見るのが基本です。ただ、劣勢勢力側の抵抗によってはその優勢勢力側の『将来の危険』と『現在の犠牲』のバランスに影響を与えることになる。そこに相互作用が生じるということです」
右松キャスター
「ロシアが軍事侵攻を仕掛けようと思った時、『将来の危険』と『現在の犠牲』をどう判断して軍事侵攻を始めたとみている?」
千々和氏
「少なくとも、プーチン大統領から見たときに『西側寄りのウクライナ』というのが(将来の)危険だというように、彼の主観や歴史観では見ているということが1つある」
「1つ重要なのは、『現在の犠牲』というものを相当、過小評価してこの戦争を始めたのではないかということです」
「グルジア侵攻(2008年南オセチア紛争)や2014年のクリミア併合のときに、ロシア軍の犠牲は非常に少なかった。それからロシア側が軍事的に優位である、そしてNATO側が直接的な軍事介入をしてこないであろうというふうに踏んだ。こうしたことから、プーチン大統領は相当『現在の犠牲』を過小評価し、この戦争を始めたという可能性が考えられます」
■プーチン大統領は『現在の犠牲』を過小評価した?
右松キャスター
「プーチン大統領からする『将来の危険』とは、『ウクライナのNATO加盟』や『NATOの東方拡大』だと思うが」
鶴岡氏
「プーチン大統領の頭の中で『将来の危険』はどんどん勝手に広がっていきつつ、『現在の犠牲』というのを過少評価し、『もう今、やるしかない』というふうな状況が頭の中で作り出されたということだと思います」
右松キャスター
「戦況によって『将来の危険』と『現在の犠牲』のバランスは揺れることは過去にも?」
千々和氏
「例えば、冬戦争という1940年にソ連とフィンランドの間で戦われた戦争があります」
「スターリンは当初、フィンランドを完全に制圧し傀儡(かいらい)政権を立てるという、今回のプーチン大統領がこの戦争を始めたときの状況にやや近いところもありますが、実際にやってみますとフィンランド側が英雄的な抵抗を示して、辛くもフィンランドは独立を保つことができた。ただ国土の10%ぐらいはソ連に奪われることになりましたが、『紛争原因の根本的解決』の極みかと思いきや、戦局の推移によっては、それがやや『妥協的和平』の方に揺れる例もあるかと思います」
■プーチン大統領の発言の変化
笹崎アナ
「プーチン大統領は、侵攻を開始した2月24日に行った演説で、軍事行動の目的について『私たちはウクライナの非武装化と非ナチ化をはかる』と発言しましたが、侵攻からおよそ1か月半たった今月12日に『ドンバス地方に住む人々を救うこと』と変えました」
右松キャスター
「戦況が変わっていったことでプーチン大統領は『妥協的和平』に近づいている?」
千々和氏
「(プーチン大統領発言の)『非ナチ化』、これはナチスドイツのことで、ソ連は第二次世界大戦において連合国の一員としてドイツを徹底的にたたきのめすまで戦いました。つまり『お前はナチスだ』『もうこの相手とは共存できない、打倒しなければならない相手だ』ということを開戦劈頭(へきとう)から宣言したわけで、私は非常に衝撃的に受け止めました。しかし、実際にはなかなかうまくいかず、『東部の制圧』というものに焦点を変えてきていると思います」
鶴岡氏
「ロシアの目標が変わったという言い方をすると若干、語弊があります。大きかったものがしぼんだっていうようなイメージだと思います」「『ドンバス地方でジェノサイドが行われている』『ロシア系住民を助けないといけない』というのは最初から言っていたことです。今はこの目標が萎(しぼ)んでいますが、東部の作戦が今回うまくいった場合には、またキーウ(侵攻)との話が出てくる可能性があります。これは戦況次第で大きくなるし、小さくなるということだと思います」
飯塚恵子 読売新聞編集委員
「まさに目標が萎(しぼ)んだ、強気な言葉とは裏腹に、思うとおり戦況が展開していないということをプーチン大統領がある程度理解したことが垣間見えた記者会見だったと思います」
「ここでわかることは、正しい情報ということの重要性です。戦争中にこれから何らかの妥協をするということになれば戦況の正しい情報がリーダーに上がり、実際にどちらが優勢なのか正確に把握し続けないといけないと思います」
「プーチン氏がFSB(連邦保安局)の職員約150人を追放したことがありましたが、侵攻前に虚偽の情報があったということをプーチン氏としては非常に重く見た」
「プーチン氏にこれから、どのくらい正確な現場の情報が届くようになったのか、この部分が今後、ロシアとウクライナ双方の妥協点を見いだす上では重要です」
■「イデオロギー」がもたらす終結判断は?
右松キャスター
「過去の戦争では賠償金や領土を奪うことが1つの戦争目的だったが、ロシアによる侵攻は『ウクライナの非ナチ化』という、プーチン大統領のイデオロギーや世界観をかけた戦いにも見える。戦況における『損得勘定』で冷静に戦争の落としどころを見いだせるのか?」
千々和氏
「昔のヨーロッパの王様たちは領土の取り合いで戦争をしていて、取られれば取り返せばいいとか、そこで戦う軍隊も外国からやってきた傭兵というような戦争をしていました」
「近代国家ができて国民という観念が生まれ、国民軍というものができ上がってくると戦争に多かれ少なかれ、イデオロギー的な要素というものが入ってくる。これが近現代の戦争の特徴です」
「今回のケースも、イデオロギー的要素がかなり先鋭化して出てきている部分があると思います」
鶴岡氏
「もし『損得勘定』だとしたら、最初から侵攻していないはずです。戦争が始まってしまったという時点で『損得勘定』ではなかったということなんだと思います。ただ、ロシアに引き下がってもらうためには、何らかのロシア国内向けの理屈というのは作らなければいけない」
右松キャスター
「ロシアの戦勝記念日5月9日が近づいてきた。プーチン大統領は、この日までに東部ドンバス地方の制圧を達成して、勝利宣言を行うという目標を立てているとも。こういった日程ありきで戦争終結に向かった例はあった?」
千々和氏
「湾岸戦争のときに、1991年の2月28日の真夜中に多国籍軍は攻撃を停止しましたが、なぜ2月28日の夜中12時だったかというと、地上戦を開始してからちょうど100時間なんです」
「この戦争を『100時間戦争』と名付けたいという声がブッシュ政権の中で出てきて、アメリカが短期で圧勝したということをアピールできるということがありました」
「そういう数字というのは軍事的には無意味です。ところが、その軍事的に無意味な数字が政治的な意味を持ってしまって、戦争終結のあり方を歪めてしまうということはこれまでの例でもありました」
鶴岡氏
「シンボリズムのシワ寄せは現場に来るということだと思います。今回も、おそらく相当急いで再編し東部にロシア軍が送り込まれたと」
「本当に5月9日まで何かやりたい。ただ、そう上手くいくかどうかというのは現場の戦況次第ということにはなると思います」
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