印で開始“世界最大”の接種とワクチン外交
■インドの“世界最大のワクチン接種計画”。スマホのアプリも活用。
新型コロナウイルスの累計感染者数がアメリカに次いで世界で2番目に多いインドで1月16日、ワクチンの大規模接種が始まった。まず医療従事者などから優先的に接種し、その後、50歳以上の人や基礎疾患がある人へ拡大していく方針だ。インド政府は今年夏までに約3億人に接種する予定で、「世界最大の接種計画」とアピールしている。
接種が始まったのは、イギリスの製薬大手アストラゼネカなどが開発しインドで製造された「コビシールド」と、インドの製薬会社バーラト・バイオテックなどが開発した国産ワクチンの「コバクシン」だ。いずれのワクチンも家庭用の冷蔵庫とほぼ同じ2℃から8℃で保管できる。最高気温が50℃に達することもあるインドでも配布しやすいのが利点だ。
これらのワクチンを円滑に接種するため、インド政府はスマートフォンのアプリを開発した。「COVID-19ワクチン・インテリジェンス・ネットワーク」を表す「Co-WIN」だ。地元メディアによると、接種を受ける人は全員登録が義務付けられていて、接種時の本人確認に使われるほか、2回目の接種日時を通知する機能もある。接種証明書もこのアプリの登録者にしか発行されない。また当局側は、このアプリを使って接種の進捗(しんちょく)確認やワクチンの在庫管理などができるという。
驚きなのはワクチンの価格だ。インド政府によると、2つのワクチンの1回分あたりの調達価格は日本円で約280円。ファイザー製のおよそ7分の1、中国シノバック製の5分の1と格段に安い。理由はいずれのワクチンもインド国内で製造されているからだ。インドは世界の約60%のワクチンを生産し、150か国以上に輸出する「ワクチン製造大国」だ。メーカーも自国のために割り引きしてワクチンを提供している。
その一方で、臨床試験の途中で緊急承認された国産ワクチンの「コバクシン」については、国民から安全性を不安視する声も上がる。どちらのワクチンを打つか選択することができないため、一部の医療従事者がワクチン接種を拒否する動きもあった。「世界の薬局」を自任するモディ首相は「世界の約60%の子どもは、インドで製造されたワクチンを接種している。世界はインドの科学と研究に信頼を置いている」と述べ、安全性を強調している。
■印中が火花を散らす“ワクチン贈り物合戦”
国内で大規模接種を進める一方、インドは近隣諸国へワクチンの無償提供に乗り出している。いわゆる「ワクチン外交」だ。念頭にあるのはアジア各国で存在感を高める中国だ。インドと中国はカシミール地方の領有権をめぐり長年対立している。去年は両軍が衝突し死者が出ていて、関係はさらに冷え込んでいる。
すでに「ワクチン外交」を始めている中国に対し、インドは1月20日、第1弾としてブータンに15万回分、モルディブに10万回分を輸送した。さらにバングラデシュに200万回分、ネパールに100万回分、ミャンマーに150万回分を相次いで無償提供した。地元メディアによると、提供したのはアストラゼネカなどが開発しインド国内で製造した「コビシールド」だ。ミャンマーについては、直前に中国が国産ワクチンの無償提供を申し出たばかりだった。まさに印中による“ワクチンの贈り物合戦”の様相を呈している。
提供先は近年、中国が影響力を強めている国々だ。巨大経済圏構想「一帯一路」のもと巨額の資本が投じられたり、領土問題をめぐって圧力を受けたりしている。インドはワクチン製造大国の強みを生かして、独自に必要量を確保することが難しい発展途上国などを支援し、中国に対抗したい考えだ。
インド外務省は「今後数か月にわたって、段階的にワクチンをパートナー国に供給し続ける」と述べている。ワクチンを武器にした印中の外交攻勢はさらに強まることが予想される。