ミャンマー軍事クーデターから1年 社長やカメラマンがジャングルに向かうわけとは?
ミャンマー人ジャーナリストのアウン・ゾウ氏(54)は弾圧を逃れてタイに移住、1993年、軍事政権の検閲なしの初のミャンマー語メディア「イラワジ」を創刊。ミャンマー内外に記者や通信員を置き、WEB版(ミャンマー語、英語)を発行、主筆を務めている。
──ミャンマーの状況を教えてください
去年2月のクーデター後、海外企業は撤退、通貨は暴落。新型コロナウイルスもあり、大量の失業者が出ている。物価は上がり、人々の困窮は深刻。中間層でも職を見つけるのが難しい。商人や公務員、医療従事者も軍が民主勢力から政権を奪ったことに反対の意思を示すため、仕事を休む「不服従運動」を続けている。
弾圧を逃れ、職を探すため、隣国タイに非公式に渡る人も増え、国境でタイ政府に拘束される例が毎日、報じられている。ヤンゴンでは国外脱出のため、パスポート申請の長い列ができているという。経済の見通しは暗く、世界銀行の予測では、今年度の経済成長率は1%だ。
■10年間で前進した全てがなくなった
(軍事政権から民政移管した)2011年以降、投資も増え、経済が好転、わずかに民主化も進んでいたが、全てがなくなってしまった。それが人々の怒り、失望を招いた。
軍は、クーデター後、フェイスブックやツイッターなどの使用を禁止し、最近、VPN(特定の人が使えるインターネット回線)を使った者を逮捕、懲役を科す新法案を打ち出した。
──新年に「おめでとう」との言葉が聞かれなかったとか?
そうです。ミャンマー国内の友人から、かろうじて届いたメッセージは「おめでとう」でなく、「鍋をたたく」(軍に反対する合図)様子が多かった。多くの人が軍への抵抗を示すため、家にこもり、新年の挨拶に出かけなかった。
デモへの発砲や地方への空爆などは(軍が民主化デモに発砲し多数の死者が出た)1988年より残虐で、まるで外国軍による侵攻のようだ。
──民主化を求める動きは?
民主勢力側も1988年の時とは違う。「Z世代」はスマホで連携、情報を得ている。88年当時は国全体が貧しかったが、この10年で、事業で成功した「中間層」が増えた。
そうしたビジネスマンやセレブと言われる人が、民主勢力を支持している。海外で働き、成功したミャンマー人が増え、彼らによる民主勢力への多額の寄付も大きな役割を果たしている。
■社長がジャングルでの戦闘に
驚いたのは、資金協力だけでなく、軍事的闘いに加わる人が増えたことだ。
高級オートバイなどの販売で富を築いた社長が、今、ジャングルで軍と戦っている。彼が組織したデモが軍の攻撃を受け、若者が死亡したという。「その衝撃と罪悪感から、行動を決意した」と彼は話した。彼は妊娠中の妻と離れ、北部で軍事訓練を受け、自らの資金で軍事組織を立ち上げた。
また、私が主筆を務める「イラワジ」のカメラマンだった男性も、今、少数民族カレン軍にいる。彼の恋人は「AKー47(自動小銃)を買って」と貯金を渡したという。
このように、デモ参加や仕事を休む「不服従運動」だけでなく、PDF(国民防衛隊)に加わる人が増えている。
PDFとは、民主勢力NUG(挙国一致政府)が作った軍事組織で、各地で軍と戦い、拠点を奪い返そうとしている。
全土に300から400のPDFができ、20人程度から数百人の組織もある、若者、ビジネスマン、医師もが、カレン族、カチン族など少数民族の地域に行き、各民族が国軍に抵抗するために維持してきた軍事組織で訓練をうけ、PDFに加わる。地域の農民や地主もPDFを支援する。
皮肉なことに、軍事クーデターが、さまざまな民族や人々を団結させた。東部カヤー州は、軍の支配から民主勢力側に転じたと聞いている。
■軍の残虐行為ゆえ市民が武器を
──日本の人々には理解しにくいが、なぜ武力で抵抗か?
そうさせられたからだ。軍の残虐行為が市民に武器をとる道を選ばせた。人々は「今、抵抗しないと、永遠にこの軍のもとで生きることになる」と感じている。
この10ヶ月、1年、軍がしたことは残虐すぎて、人々の怒りを招いた。長い間、市民の思いは、軍をいかに改革するかだったが、真の民主化のためには、軍を一掃するしかないと考えるようになった。
また、クーデター後、国連や各国代表が来たが、過去20年間同様、軍を変えられなかった。「誰も助けには来てくれない。自分たちで抵抗するしかない」と人々は思っている。
NLD(スー・チー氏率いる国民民主連盟)は「非暴力」を掲げてきたが、今回「洗練された武装化」の傾向が出てきた。
少数民族組織での訓練だけでなく、ユーチューブで銃の扱いを学び、自分たちで対戦車地雷を作っている。
──今後の見通しは?
今後3~6ヶ月はPDFや少数民族組織が激しく軍に抵抗、不安定さが続き、経済は悪化するとみられる。軍は攻撃を強め、村は破壊され、避難民も増えてしまう。国が完全に二分され、両者とも譲らない。自分たちが勝つと信じ、交渉のテーブルに着かない。いつか交渉するかもしれないが、少しでも優勢になっておこうと闘いは激化する。どちらが勝つかわからない。
軍は来年、選挙を行う予定で、自分たちが勝ち、正当な政権樹立を狙っているのだろうが、人々は参加しないだろう。
──仮に交渉を模索する場合、民主勢力側にリーダーはいますか?
いない! それを懸念している。PDFも数百あり、統制されていない。発言力を増している指導者もいるが、政治力や軍事的な戦略がどの程度か未知数だ。
一方、軍は6,70年、国を牛耳ってきて強じんだ。スー・チー氏は軍に拘束され、活動できない。今も彼女は敬愛されているが76歳だ。彼女の次のリーダーがいない。
──国際社会や日本政府に望むことは?
各国はコロナ対応に忙しく、往来も限定的だ。軍は国際社会が政権を承認してくれることを渇望しているが、国連や西欧、ASEANも彼らを認めない。
軍と親密だった中国も、ミャンマーに次々投資したのに不安定な状況で損失が出て、アプローチを変えつつある。
人々は海外からの投資再開を望んでいるが、軍と組んで事業をする企業は反感を買うだろう。
ミャンマー人は、日本とは温かい関係がある、民主化を支援してくれると信じている。日本政府が軍に強い働きかけをしてくれるのか、期待と失望が入り交じっていると思う。