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“盲導犬”普及遅れる中国 北京パラで何が変わった?視覚障害者を取材

2022年3月28日 17:58
“盲導犬”普及遅れる中国 北京パラで何が変わった?視覚障害者を取材
北京"盲導犬"密着取材

ここ数年、冬季パラリンピック開催にあわせ、社会の「バリアフリー化」を推し進めてきた北京。身体障害者用のトイレやスロープなどを増設したほか、関連する条例も整備した。北京の街はどう変わったのか、残された課題とは。盲導犬と暮らす視覚障害者の女性を取材した。

約3分の1が視覚障害者 オフィスに盲導犬同伴

北京市内にあるゲーム会社。視覚障害者でも楽しめるスマートフォンゲームなどを開発している。従業員の約3分の1は視覚に何らかの障害があり、盲導犬を職場まで同伴することができる。私たちが訪れた際も、盲導犬1頭がオフィス内を自由に歩き回っていた。

専用施設で厳しい訓練を受けてきた盲導犬。オフィス内で従業員が肉まんを食べ始めると、思わずにおいにつられて近づいていくが、そばで見つめたままじっと我慢。私たちが取材中、様々な人がオフィスを出入りしたが、吠えたり暴れたりすることは一度もなかった。

盲導犬の名前は「ジェイ」。商品のPRを担当する周トウさん(31)と“出勤”している。周さんは生まれつき視覚障害があるが、仕事中はヘッドホンを付けて取引先と通話しながらパソコンにすばやく情報を入力。キーボードは見ないで打っている。ただ、パソコン画面の表示が読めないため、別の同僚からサポートを受ける場面もあった。

周さんは7年前から「ジェイ」と生活している。悪天候の日を除けば、ほかの会社員と同様、地下鉄や路線バスを乗り継いで通勤している。その道のりは1時間以上かかるといい、私たちは今回、その様子を撮影させてもらうことにした。

周さんは、毎朝8時にジェイと自宅を出る。ハーネス越しにジェイの頭の向きが伝わるといい、ジェイが違う方向に進むと「今日はタクシーじゃないの。地下鉄に乗るわよ」などと語りかける。その後も周さんは「よそ見しないで、まっすぐ進んで」などと、常にジェイと“会話”しながら歩き続けていた。

カメラで追いかけるのが大変なほど、どんどん前に進んでいく周さん。毎日歩き慣れた道とはいえ、「杖だったらこんなに速く歩けない」そうだ。周さんによると「杖の場合、自分で障害物に杖で触れないと回避できないが、盲導犬は障害物を直接避けて誘導してくれる」という。

自宅から数分かけ最寄りの地下鉄の駅に到着。周さんの場合、障害者手帳を提示すれば無料の乗車券が交付され、ジェイと一緒に自動改札を通ることができる。構内は通勤ラッシュの乗客で混雑しているが、ジェイとともに間をするすると抜けていく。

駅のホームに降りると、盲導犬に気づいた駅員の男性が周さんに声をかける。「北京南行きですか?こっちに行きましょう。少しすいてますから」。駅員は周さんの腕をもって乗車をサポート。数年前までは起こりえなかったことだと周さんは言う。

普及遅れる盲導犬 理解されずトラブルも

走行中は車両の真ん中で立ったままの周さん。ジェイはその足元で終始おとなしく座っている。まわりの乗客は興味深そうに見つめているが、犬を見ても驚く様子はない。ただ、以前はトラブルが絶えなかったという。

周さん:
「ある日、ジェイが見つけた空席に私が座ると、隣の若い女性が突然立ち上がったのです。そして車両の奥に離れていきながら、こう言いました。“こんな大きな犬を連れてびっくりするでしょ!なんて迷惑なの!”って。それから女性は1~2分ほど私に怒鳴り続けました」

別の乗客からは「こんなに怖がらせたことを謝れ!」と罵られた。長年にわたり感じてきた“盲導犬への不理解”。つい最近まで、地下鉄やバスのほか、スーパーや飲食店などへの入場拒否は日常茶飯事だったという。

背景にあるのは、盲導犬の普及の遅れだ。「中国盲人協会」によると、中国では視覚障害者が1700万人以上いるのに対し、盲導犬の数はわずか200頭前後といわれる。周さんは、盲導犬を申請してから3年以上待たされ、ようやくジェイと出会った。

こうした中、最近になって周囲の態度には“変化”が見られるという。地下鉄をおりてバス停に向かうと、ボランティアの女性が話しかけてきた。女性は、地下鉄の駅員と同様、周さんの腕を持ってバス停まで付き添ってくれた。すでに10人以上の行列ができていたが、周さんは列に並ばず優先的に乗車できた。

急ピッチの“改善”も…パラ閉幕後に問われる真価

毎日の通勤で、少しずつ盲導犬への理解が広がってきたと感じる周さん。去年11月には、公共交通機関が盲導犬の乗車を拒否することを禁じる条例が施行された。北京では近年、パラリンピック開催にあわせて「バリアフリー拡充」の一大キャンペーンを展開。市内100か所をモデル地区として整備するなど、その実績を内外にアピールした。

さらには「モバイル決済」が生活の隅々に浸透した、中国ならではの“変化”もある。

周さん:
「今では宅配やタクシー、買い物も何でも携帯電話で済みます。(タクシーには)目的地へのナビがあるし、自分の位置情報を使って車を呼べるので、とても便利になりました」

一方、周さんが最も危険を感じるのが「交差点」だ。ジェイも信号機の色までは識別できないため、赤信号で横断してしまうことも珍しくないという。音声案内がついた歩行者用の信号機があれば安心だが、一本一本の道幅が広い北京ですら、ほとんど普及していない。

また、シェアサイクルが盛んな北京では、歩道からあふれるほどの自転車が雑に置かれている。さらに、乗用車を歩道の上にとめておくのも一般的で、それらが点字ブロックをふさいでいる光景が至る所でみられる。市民の視覚障害者に対する理解や、社会のバリアフリー化はまだ“道半ば”といった印象だ。

ここ数年、急ピッチでバリアフリー化を進めてきた北京。パラリンピックが終わった今こそ、その真価が問われそうだ。