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タコ養殖反対派の急先鋒 米・マイアミ大学ジャクエット教授に聞く

2024年9月28日 17:47
タコ養殖反対派の急先鋒 米・マイアミ大学ジャクエット教授に聞く

アメリカ西部カリフォルニア州で27日、タコの養殖や養殖タコの輸入を禁止する法律が成立しました。日本を含め世界各地でタコの養殖技術の研究が積極的に進められる中、なぜ法律レベルでの禁止に踏み込んだのか。先月、『サイエンス』誌に掲載された100人の学者や作家らによるタコ養殖の禁止を支持する書簡を主導した反対派の急先鋒、マイアミ大学ジェニファー・ジャクエット教授に話を聞きました。インタビュー全文は以下の通り。(聞き手・岡田光弘)

▼Q:タコ養殖に反対する理由は、いくつかあると思いますが、まずは倫理面から教えてください。

A:私は動物すべてを道徳的に見ているが、最も強い道徳的論拠は、タコはあまりに洗練され、知的で、好奇心旺盛で、飼育下で良い暮らしをさせるのは難しいというタコの特徴にあると思う。これは、ここ数十年のタコに関する科学的研究によって明らかになった。タコの養殖という行為は、もちろん個々のタコに害をもたらすが、社会的にみれば、タコが本当に必要な人々にとっての利益であるという点から、それを正当化することもできるだろう。でも、この場合、養殖されるタコは非常に高級な市場向けであり、高値で取引され、必然的に空腹でもない消費者の手に渡ることになるだろう。

▼Q:タコが洗練されているということですが、その知性について教えてください。もちろん、彼らは話しません。ではタコは何ができるのですか?

A:まずはっきりさせたいのは大量生産される動物の多く、豚も牛も鶏も知性があるということ。私たちはこのことを知っているし、その根拠もある。しかし、私たちはこれらの動物の巨大な産業的な家畜システムを既に持っており、それを明日、停止することはほぼ不可能だ。この点において、タコ養殖はまだ実現されておらず、研究段階なので、介入するチャンスがある。タコの知性について、瓶を開けることができる、サメを出し抜くことができることなどがある、アメリカに暮らす多くの人は、映画 "My Octopus Teacher"(邦題:オクトパスの神秘:海の賢者は語る)を見たことがある。この映画はセンセーションを巻き起こし、世界各国で大量生産が検討されているマダコが、生息地でどのように行動しているか、その生態を垣間見た。タコの知性がすごいのは、私たちヒトと違って、大人から教えられたり、社会的に学んだりしないことだ。映画のシーンにもあったが、私たちはタコが遊び好きであること、脱出の芸術家であることも知っている。タコの知性はたくさん記録されている。タコが私たちが産業生産システムに組み込んでしまった他の知的動物と違うのは、それが産業になる前に、今この瞬間に介入するまたとないチャンスがあるということだと思う。

▼Q:タコには記憶力もありますか?

A:彼らは素晴らしい記憶力を持っている。彼らは個人を認識し、人によって態度を変える。ある個人に対して、他よりも好奇心を示す。明らかに個体間には性格の違いがあり、そういった所から、彼らの知性の多くは私たちヒトが非常に理解しやすい。そのほかでいうとタコの知性はまったく異質なものだ。彼らがカムフラージュ、背景環境に合わせて体を変化させたりできることは、私たちには想像できないことだ。体全体に分散した意識や記憶、分散した神経系を持っているということや、彼らが柔らかい身体で、様々な形を作り、小さな隙間も通り抜けることができるということなどは、骨格を持つ私たちには想像もつかない。タコは、私たちが共感できるような洗練された行動もとるし、一方で私たちにとっては本当に驚くべき、異質な行動もとる。

▼Q:日本人はタコをたくさん食べています。タコは料理の材料のひとつに過ぎないと考えている人もいるかと思います。この考え方は変えるべきだと考えますか?

A:決して日本だけの問題ではないと思う。私たちは、タコを含む魚や無脊椎動物を、動物として見ることができず、世界中のほとんどの人々が商品として見ているのが実情だ。パンダやゾウに与えるような保護や道徳的な配慮を、これらの動物に与えることができなかった。アメリカでは牛や鶏もそうだ。これらもまた、商品と見なされている。道徳的に扱い保護すべき動物とは見なされていないのだ。しかし今回のケースがユニークなのは、タコを食べるか食べないかという問題ではない。タコに一生、一つの水槽の中での孤独か、あるいは数匹の他のタコとの交流しか経験しないことを強いるかということだ。つまり、タコの生態や知性について、いまわかっていることを考えたうえで、タコを野生から飼育下において寿命まで大量生産するシステムに組み込むかどうかという問題を熟慮する機会を得たのだ。非常に重要なタイミングである。この問題は、牛や七面鳥を食べるべきかといった他のすべての家畜の問題と区別することができる。どれも大切な動物だ。私たちは今、タコでこの問題について考える機会を得ている。そして、本当に興味深いのは、それが無脊椎動物であるということだ。無脊椎動物というのは、普段はあまり話題にすることのない動物だが、タコはその中でとてもユニークで、とても知的で、洗練されていて、好奇心が旺盛である。

▼Q:タコの養殖が環境に与える影響は?

A:タコは雑食ではなく肉食だ。タコの生態を記録した映像を見ると、それがよくわかり、例えばカニを好んで食べ、特に生きているカニを好む。私たちが家畜として大量生産している陸上動物は肉食ではない。他の動物を捕まえるか飼育して、その動物に食べさせなければならないのでは効率的ではないからだ。私たちが飼育する陸上動物のほとんどが雑食か草食だが、さまざまな理由から、サケのような肉食性の種を養殖している。アトランティックサーモンなどである。これは海により負担をかけてしまっている。これらの動物に餌を与えるために、餌となる魚を養殖するか、獲りに行かなければならないのだ。これはまったく持続可能なことではない。理にかなっていない。わざわざ陸上でやることではないし、それを正当化することもできない。あらゆる飼育には何らかの汚染を伴うが、特に肉食動物の飼育による排水などには、窒素やリンが多く含まれ、まだわかっていないが、抗生物質が大量に使用されることも予想される。もちろん、排水の環境問題だけでなく、公衆衛生上のリスクもある。少なくとも1970年代初頭から、私たち科学者は何十年もの間、水産業における肉食動物の養殖の廃止を求めてきた。今、タコをこの養殖システムに投入することは、これらの問題を悪化させるだけで、解決への一歩にはならないだろう。

▼Q:タコの養殖を続けようとしたらどうなるのでしょうか?懸念されることは何ですか?

A:それは他の動物の養殖システムからわかっていて、タコを養殖しても野生のタコへのプレッシャーは減らないだろうということだ。私たちがサケの養殖を始めたとき、太平洋でのサケ漁は減少ではなく増加したのだ。養殖サケの導入で、サケの価格が全体的に下がったため、天然サケを求める漁師たちはさらに漁に出て、より多くのサケを漁獲するようになったのだ。サケの価格はさらに下がり、人々はより多く食べるように。その結果、野生にいるサケへのプレッシャーは軽減されなかった。タコの養殖も、野生のタコにとっては、さらに大きなプレッシャーになりかねない。他のケースで見られるのは、天然ものと養殖ものを置き換えるようなったのではなく、単に人々がより多くのシーフードを食べるようになっただけということだ。

▼Q:最近、カリフォルニア州でタコ養殖禁止法案が可決された。こうした動きについてどう思いますか?

A:米国ではワシントン州でタコ養殖の禁止が24年3月に法制化されたことを皮切りに、カリフォルニア州でも養殖と養殖タコの販売の両方を禁止する法案が超党派の支持を得て、最近、可決された。私はアメリカに住んでいるが、カリフォルニア州がやることは、他の州もしばしば追随しなければならない。信じられないほどの経済力を持つ巨大な州だからだ。実際、ハワイ州でも同様の法案が提出されるなど各地で広がりを見せている。連邦レベルでもアメリカ全土で養殖タコの輸入と販売を禁止する法案も検討されていて、上院で審議中だ。私はこの動きを非常に有望なものと見ている。なぜなら、これは問題が起こる前に対処するための立法的な試みだからだ。アメリカには活発なタコ養殖禁止のロビー活動はない。だからこそ、私たちはアメリカ人として団結し、タコを野生のままにしたいと言うことができるのだ。

▼Q:世界的にタコ養殖禁止を推進していきたいと考えていますか?

A:もちろん、アメリカはアメリカ国内の法律しか決められないが、少なくともアメリカへの養殖タコの輸入と販売を防ぐことができる。他国でのタコ養殖を禁止することはできないが、輸入を禁止することはできる。だから、アメリカでの養殖タコの輸入・販売禁止については、例えばカナダでも議論されていて、養殖タコに対してアメリカの需要がないことを世界の市場に示していると思う。養殖タコがリスキーなビジネスであると感じる投資家が出てきて、そうした流れを受けてタコ養殖の事業化を再検討する経営者も出てくるだろう。だから、アメリカでの議論が国際的に影響を及ぼしていく可能性は十分あると思う。