【回顧2024】アメリカ大統領選挙の争点「人工妊娠中絶」…中絶クリニックで見えたリアル
2024年11月に行われたアメリカ大統領選挙。今回の選挙で大きな争点となったのが「人工妊娠中絶」の是非です。なぜ賛否がここまで割れ、全米で議論されたのか。ウェークアップでは、激戦州の「中絶クリニック」を取材しました。
■「4人に1人が中絶」アメリカの中絶クリニックとは
10月下旬、取材班は、アメリカ7つの激戦州のうちの1つ、アリゾナ州にある「中絶クリニック」を訪れました。ここでは、アリゾナ州全体の3分の1の中絶が行われるといいます。
このクリニックで働く小山敦子(こやま・あつこ)医師が、クリニックの中を案内してくれました。小山さんの両親は日本人で、アリゾナ州で生まれ育ちました。
中絶には、2種類の方法があります。ひとつは、手術。10分前後で終了することが多く、連日患者から予約が入っているといいます。
アリゾナ州の中絶クリニック 小山敦子医師
「手術の件数は1日に5件~15件。多いときは17件行うこともあります。」
もうひとつの方法が、薬です。このクリニックで1つ目の薬を、帰宅後、翌日に2つ目の薬を服用すると、多くの場合、6時間ほどで中絶が完了するといいます。小山医師のクリニックには、経済的に苦しい、子を持つことを望まないなど、様々な理由で患者が来るということです。
小山医師
「アメリカでは4人に1人が中絶を経験します。中絶は簡単な決断ではありません。私自身も子を持つ母です。母はいろいろな難しい決断をし、中絶はそのひとつ。しかし、自分と家族にとってベストだと思っての決断です」
■アメリカで中絶が議論される理由に2年前の最高裁判断
そもそもアメリカでは、1973年の最高裁判決以降、中絶が憲法上の権利として認められてきました。しかし、2年前、最高裁はこの判決を覆されることに…。この判断の裏にいたのが、トランプ氏です。自らの大統領在任中に、中絶に慎重な立場をとる保守派の判事3人を指名し、2年前の判断を「最大の勝利」と表現したのです。
トランプ前大統領(2022年)
「最高裁は憲法の勝利、法の支配の勝利、何よりも生命の勝利を言い渡した」
この判断を受けてアメリカでは、中絶を禁止する州が増え、中絶が禁止、もしくは規制されている州は半分近くに上ります。影響は、この中絶クリニックでも。最高裁が判断を覆して以降、テキサスなどの南部州や中絶が違法になっている州からアリゾナまで中絶するためにやってくるように… 一番遠い人は、南部州からバスに乗ってきた患者もいるということです。
小山医師
「長い間、中絶の権利について議論することはタブーでした。いま多くの人が中絶の権利ついて議論するのは、2年前に最高裁が判断を覆したからだと思います。これによって、中絶が少数派だけでなく、大多数の女性にも影響する問題となったのです。」
■中絶反対派が多い「福音派」の教会を取材すると…
トランプ氏やその支持者が、中絶の権利に否定的な背景には、宗教に基づく価値観があります。
中谷しのぶ ウェークアップキャスター
「住宅街にある教会です。トランプ氏の支持層と重なる福音派の教会で、きょう日曜日は、ミサが開かれています。」
「福音派」とは、キリスト教プロテスタントの一部の宗派で、聖書に忠実な生活を重んじています。アメリカ人口の4分の1を占め、トランプ氏の岩盤支持層といわれています。信者の女性に中谷キャスターが話を聞くと…
信者の女性
「私は中絶に反対です。もともとではなく、若い頃は賛成でした。年齢と共に、また、この教会に通うようになってからこの考えが強くなりました。トランプ氏に投票します。」
教会の牧師にも話を聞きました。
教会の牧師
「いかなる中絶もいけません。なぜなら、命を奪っているからです。そして(モーゼの十戒の)第五戒には、人を殺してはいけないと書かれているからです。私たちは主の言われることに従いたいと思っています。」
聖書には、「ああ、私は咎ある者として生まれ、罪ある者として母は私をみごもりました。」や「人殺しをしてはいけない」という記述があるのです。
■中絶の権利を守るために立ち上がる若者たちも
中絶の権利を守るべく、行動を起こす人々も。アリゾナ州では今回の大統領選挙にあわせて、中絶の権利の是非を問う住民投表が行われました。そのため、若者たちが有権者を戸別訪問し、中絶の権利を保護するよう訴える活動をしていました。
中絶の権利を訴え活動するリネットさん
「女性たちから自分自身と家族を守る権利を全く奪ってしまうのは、正当ではないと思うのです。なので私たちはこのようにお話をさせていただいているのです。」
戸別訪問先の男性
「投票はいつですか?」
中絶の権利を訴え活動するリネットさん
「11月5日で、すでに投票券を受け取っていれば投票できます。」
中谷しのぶキャスターが、この男性に話を聞きました。
戸別訪問先の男性
「いま、彼女の説明を聞いて中絶の問題を知りました。娘たちに中絶の選択肢があることには、賛成です。」
中谷しのぶキャスター
「リネットさんたちは、あなたの考えを変えた?」
戸別訪問先の男性
「そうですね 明らかに」
リネットさん
「私は嬉しいです。こんな小さな町でも、ひとりでも考えを変えることができたから。それが変化に繋がるんです。」
■「精神的にもう産めない」中絶クリニックで見たリアル
伝統的価値観と人権。大きく揺れるアメリカで、患者に向き合い続けている小山医師。この日、30代の女性が、薬の服用による中絶を希望し、クリニックにやってきました。
小山医師
「これが一つ目の薬。ホルモンの分泌と妊娠を止めます。お渡しする前に何か質問はありますか?では、手を出して、薬を飲んでください。」
薬を飲むのは、一瞬の出来事でした。女性は2人の子どもを持つ母親でした。
中絶をした女性(30代)
「私には障害のある息子がいて、娘もいて、私は働いています。なので、この子を産むという選択肢はないのです。私は息子と娘を愛しています。2人子どもがいるので、もう十分なのです。だから、このクリニックに来たのです。精神的にも、もう産めません」
薬を服用したあと静かに涙を流した女性。小山医師は、優しく声をかけながら抱きしめました。
小山医師
「私は求められている医療を提供します。なぜなら、理由を問わず、すべての人が中絶を受ける権利があると信じているからです。自分の運命を決定し、子どもを産むかどうかを決定できるのは、基本的な人権だと思います」
■取材後記…住民投票の結果は
11月の大統領選挙では、トランプ前大統領の返り咲きが決まりました。一方、アリゾナ州で同時に行われた中絶の権利を保障すべきかを問う住民投票では、賛成票が過半数となりました。中絶の権利は、引き続き守られることとなったのです。
今回の大統領選でトランプ氏は、争点化を避けるために反対の姿勢を緩めていて、選挙前に自身のSNSでも人工妊娠中絶を連邦レベルで禁止する法案には「拒否権を行使するつもりだ」と投稿していました。大統領就任以降、アメリカで中絶を巡りどのような動きがあるのか、引き続き注目となります。
(ウェークアップ 11月2日放送分を一部加筆・編集)