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【独自取材】「藤井聡太さんしか見ていない」王座戦・挑戦者 永瀬九段が語る ”尊敬する棋士”藤井七冠への想い「人生は年齢ではないことを、間近で見せてくれる存在」一人称を”私”に変更したその理由…

2024年9月3日 17:00
【独自取材】「藤井聡太さんしか見ていない」王座戦・挑戦者 永瀬九段が語る ”尊敬する棋士”藤井七冠への想い「人生は年齢ではないことを、間近で見せてくれる存在」一人称を”私”に変更したその理由…

2024年9月4日から、第72期王座戦五番勝負が始まる。藤井聡太王座が迎え撃つのは、前王座・永瀬拓矢九段。あの激闘から約1年、研究の鬼・永瀬九段は藤井七冠をどのように見てきたのか。
「尊敬していますからね、すごいんですよ」と、取材中に何度も藤井八冠に対する思いを語った永瀬九段。その理由を、中京テレビ将棋担当・柳貴斗記者が深掘る。

挑戦者として挑む王座戦「運命を感じる」

「ここで一つ結果を出すことができて良かったのと、王座戦というのは”運命”というかそういうものも感じます」

王座への挑戦権を獲得した永瀬拓矢九段はそう語った。

去年の第71期王座戦。王座五連覇と「名誉王座」をかけた永瀬九段は、“王座のタイトル保持者”として藤井聡太竜王・名人を迎え撃った。

結果は、皆さんが知るところではあるが、藤井竜王・名人が王座のタイトルを奪取。8大タイトルの独占を果たした。

2024年7月22日に行われた王座戦挑戦者決定記者会見にて、「去年の王座戦やはり自分としては内容が良かっただけに、悔いが残るシリーズになってしまいました」と悔しさを滲ませた永瀬九段。

去年の王座戦、結果だけを見れば、藤井竜王・名人の3勝1敗だが、シリーズの多くで永瀬九段が序盤・中盤で優勢を築き、有利な状態で終盤戦に突入していた。

果たして、敗因はなんだったのか?今年6月に話を伺ったとき、永瀬九段はこう答えていた。

「個人的には棋力(将棋の力)はあまり変わらないと思ったので、結果としてそうなったのは残念だなと思いましたね」
「藤井さんは、序盤も中盤も本来は強いわけなので、こちらが上手くやったというのがあったとは思う」
「藤井さんがずば抜けている点(終盤)以外でも、こちらが勝っている点も多かったかなとは思いますね」

永瀬九段自身も王座戦を振り返ったときに、”内容は良かった”、”上手く指せた”、”序盤中盤で勝っていた”という印象を受けたようだが、こうも語っていた。

「こちらが上手く指しすぎていたので、藤井さんが思い描いた展開にはならなくて。藤井さんはずば抜けた終盤力というものがあるんですけど、その終盤力一つで負かされてしまったかなと」

藤井竜王・名人のずば抜けた終盤力でひっくり返されてしまった。

語弊はあるかもしれないが、そんな心境を筆者は感じ取った。

一方の藤井竜王・名人は、2024年8月29日に行われた永世王位資格獲得後の会見で、永瀬九段への思いをこう語っていた。

「永瀬九段には普段からVS(練習将棋)をして頂いていて、今はタイトルの期間中と言うことで中断しているんですけど、永瀬九段の強さというのは本当によく感じています」
「まずは序盤で遅れを取らないようにすることが、必要になるかなと思っています」

タイトル保持者と挑戦者を入れ替えて行われる、今年の第72期王座戦五番勝負。永瀬九段にとって、相手は、去年と同様に練習パートナーで手の内を知り尽くした藤井竜王・名人。

まさにこの組み合わせでの王座戦は、前述で永瀬九段も述べたように”運命”だ。

運命のいたずらとしかいいようがない。

去年のような激闘を、我々は再び見ることになるのだろう。

尊敬する棋士・藤井聡太七冠

今年6月、まさに世間が『藤井聡太竜王・名人が失冠か?』と注目していた叡王戦第5局が始まる頃、筆者は”藤井竜王・名人”、”伊藤匠七段(当時)”とVSをする唯一の棋士・永瀬拓矢九段にインタビューを打診した。藤井竜王・名人がVSを行う相手が、“永瀬九段のみ”ということもひとつの理由だ。

多忙の中、なんと快く永瀬九段は1時間超のロングインタビューに答えてくれたのだ。

まず、聞きたかったのは、藤井竜王・名人とのVS(練習将棋)についてだ。

2024年7月22日の王座戦挑戦者決定記者会見にて、「最近、藤井さんと将棋を教えて頂いても、五分の成績にはなってきたので、一番良い状態ではないと思います、藤井さんが」と話していた永瀬九段。

VSを行う場所としては、永瀬九段の東京の研究室か名古屋の杉本昌隆八段の研究室がほとんどだというが、東京で行われたことは10回にも満たないと話し、圧倒的に名古屋の方が多いことを明かした。

交通費や移動時間などを犠牲にしても、藤井竜王・名人と将棋を指しに、名古屋まで行く価値というのは十分あるのだという。

「教えて頂くから名古屋に行くのも別に遠いとは感じないですし、行って損したと思ったことはないです」「それだけすごい存在で、タイトルを独占される前からそう思っていました」と、藤井七冠への思いを話す永瀬九段。

続けて、「価値だと名古屋に行くわけですけど往復移動時間だけで、4時間ぐらいだと思うんですけどそれが全然問題ないと思えます。例えば藤井さんは名古屋なわけですけど、名古屋じゃなくて仮に北海道や沖縄であっても自分は変わらないかなと。それだけの時間をかける価値もありますし、労力をかける価値もあります」「これ(藤井さんとのVS)に見合うものがないと思うので、それだけ自分としてはすごい価値がある」と語った。

藤井七冠と同じ“一人称”に変更

取材では、藤井竜王・名人と伊藤新叡王の二人について、まんべんなく話を聞いていったが、藤井竜王・名人について語りはじめると永瀬九段は止まらない。

伊藤新叡王については、1聞くと1で返ってくるのに対し、藤井竜王・名人は1聞くと100ぐらいで返ってくる。その熱量の様子を、永瀬九段のインタビュー時の返答とともに紹介したいと思う。

『藤井竜王・名人とのVS(練習将棋)はどんな価値がありますか?』という筆者の質問に対して、永瀬九段はこう答えた。

「将棋も指すワケなんですけど、それ以外で藤井さんの考え方一つ一つは自分にとって、人生の模範になるというかこうありたいこうしたい、これを取り入れたいとか、そういう考え方もできるのでやっぱり藤井さんに接することで、得られるモノは自分は計りきれないほど多くありますね」

「すごいんですよ、謙虚さが。あれだけずば抜けて強い立場ではあると思うんですけど、自分と出会った時から変わっていないんですよね」

「ちょっと成長して立場が上になってくると話し方が変わる方いらっしゃるんですよ。藤井さんはまったく変わらなくてですね。最近変わったなと思ったのは、(自分のことを)“私”というようになったんですよ、“自分”じゃなくて」

「自分という言い方をよくしていたんですけど、藤井さんが私というようになって、そうか、じゃあしょうがないかなと思って、(自身も)“私”というようにしています」

「それは立場があって“自分は”という言い方は、あれかなということで考えられて(と思う)。それは悪いことではなくて、藤井さんなりの配慮だと思う」

「なので藤井さんが私と呼ぶのであれば、私と言わないといけないなと思っているわけですけど、藤井さんは出会った頃からなにもかわらなくて、技術とか立場が上がっても、謙虚さが失われないのは人間性なのかすごいことだと思います」

「将棋以外の話はほとんどないんですけどちょっと離れたとき、将棋以外の話をしたときに、ああこういう考え方があるんだすごいなというのも多いです」

以上だ。

将棋を指す以上に、藤井竜王・名人と話すことで、考え方など様々なことを得たいと話した永瀬九段。そのひとつとして取り入れたのが、”私”という一人称だった。

そこで筆者は、藤井竜王・名人の一人称の変化を独自に調べてみた。

◎2021年11月 四冠達成時会見より
「昇竜というのは、竜がさらに勢いよくのぼっていくということで、”自分”もそのように上を向いて志していけるようにという意味を込めた」

◎2022年2月 五冠達成時会見より
「過去に五冠になられた方は、本当に時代を築いた偉大な棋士の方ばかりなので光栄に思います。”自分”の場合はまだまだその立場に見合った実力が足りないかなと思うので、今後実力をつけていく必要があるかなと思う」

◎2023年3月 六冠達成時会見より
「本当に良い結果につなげられて、”自分”としては少し驚きというところもあるが、嬉しく思っているところです」

◎2023年6月 七冠達成時会見より
「谷川先生の言葉は”自分”ももちろん知っていましたし、”私”自身タイトル戦の対局に臨む上では、挑戦者の気持ちで臨みたいと思っている」

◎2023年8月 王座挑戦時会見より
「永瀬王座には”私”が四段の頃に声をかけて頂いて、それ以来研究会をやっていただいていて、”私”にとって勉強になることばかりですごくそれで”自分”の棋力が引き上げられたのかなと感じています」
「今回大きな舞台で永瀬王座と対戦できるのは、”自分”にとっても楽しみです」

◎2023年10月 八冠達成後会見より
「”私”自身こちらで対局するのは初めてだったんですけど、京都は”私”自身もなじみ深いところですので、そういうところで(八冠)達成できたのはうれしく思っています」
「”私”自身勝ったときにご褒美をということはあまり考えていなくて・・・」

筆者調べではあるが、歴史あるタイトル”名人”を獲得したあたりから、”私”と”自分”が混在しはじめ、全タイトル独占し、第1人者となり”私”に統一していったようだ。

「永瀬九段自身も、”私”というようにしているんですか?」という質問に対して、「いうようにしていますね、藤井さんが言わなければ絶対言いません、藤井さんがそういうのであればという感じですね」「藤井さんが僕というなら僕にします」「藤井さんは一つ一つ、配慮や考えがあってされる方なので本当にすごいんですよね」と答えた永瀬九段。

藤井竜王・名人は現在22歳、永瀬九段は31歳(9月5日が32歳の誕生日)。年齢はひと回り近くも離れているわけだが、見習うところは多く、尊敬してやまないのだという。

「藤井さんを見ていて思うのは、年齢はただの数字なんだなと。藤井さんは20歳と少しなわけなんですけど、本当に敬うところしかなくて」
「この世界、先に生まれた方を先輩とかという言い方になるが、本当に敬うところしかない、見習うところしかないわけなので」
「人生は年齢じゃないんだというところを、間近で見せてくれている存在かなと思う」

藤井七冠への溢れ出す想いを、インタビューで語り尽くしてくれた永瀬九段。圧倒的尊敬の念を抱く藤井竜王・名人へ彼はどう挑んでいくのだろうか?

研究の鬼・永瀬九段が勝負をかける“序中盤”

「今まで技術論のみに注視していたんですけど、最近は私がトップ層の中で
かなり精神的にもろいのがわかりました」
「今はバランス良くできるタイプではないので、精神的な強さを身につけないといけないなと。自分と向き合うことで、そういうもろさを少しずつ改善できたらと思っています」

2024年7月22日の王座戦挑戦者決定記者会見、永瀬九段は力強い口調で語った。

去年の王座戦での終盤でのミスは、精神的な“もろさ”からきたとみているのかもしれない。メンタル面も鍛えつつ、重要となるのが作戦面だろう。

藤井竜王・名人が最も得意とする戦型が「角換わり」。「角換わり」とは、序盤に角を交換してから駒組みをすすめる戦法のこと。その角換わりについて、6月に話を聞いた際、永瀬九段はこう話していた。

「私と藤井さんの角換わりそんなに差がないんですね。ただ藤井さんが勝っている部分多くはあると思うが、他の棋士と比べるとすごい差はない」
「藤井さんの先手角換わりの勝率は高いんですけど、本来はもうちょっと相手の棋士が頑張るべきと個人的には思っている」
「もう少し角換わりの対策をしっかり相手がされていれば、勝てるんじゃないかな。少なくとも私ぐらいの棋力で対策と時間をかければ、角換わりに1万時間とか2万時間とかければ、いくらなんでも勝負になるのかなとは思うんですけど」

”研究の鬼”として知られる永瀬九段。そのストイックな姿勢から、”軍曹”とも呼ばれている。

去年の王座戦に敗れてから、モチベーションが下がった時期もあったそうだが、研究に余念はなさそうだ。

藤井竜王・名人との戦いについて、「前提として、藤井さんは終盤はとても強いです。序盤も強いです、中盤も強いです。ただ終盤はとても強いという感じで、序中盤で崩すというのはセオリーだと思う」と話す。序中盤の永瀬九段の作戦にも注目だ。

取材中、何度も”謙虚だ”と藤井竜王・名人を評した永瀬九段。インタビュー後は、「思ったよりも伊藤さん(伊藤新叡王)の話ができなかったです。意外と知らないというか、藤井さんしか自分は見ていないというか」と、少し照れたように微笑んだ。

そんな永瀬九段に筆者は、「永瀬さんが藤井さんのことをすごくお好きなんだなというのは伝わりました」と答えた。

その言葉に永瀬九段は、「尊敬していますからね、すごいんですよ。誰よりも謙虚なのがすごいんです」と答え、再び筆者に藤井七冠の魅力を語った。

第72期王座戦五番勝負第1局は、明日9月4日(水)に、神奈川県の元湯陣屋で行われる。

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