【検証】「プールサイドで蹴り飛ばされる」経験者が語る消防学校の過酷な訓練 溺死は防げなかったのか

去年7月、福岡市消防学校の水難救助訓練中、入校中だった男性職員が溺死した事故についてお伝えします。同じような重大事故は全国で相次いでいて、再発防止策が提言されていました。
しかし、福岡市消防局ではこれまでの訓練で事故が起きていなかったことを過信し、不十分な対策にとどまっていました。
■福岡市消防学校の訓練経験者
「立ち泳ぎの訓練をしている時は、きつくなって縁に行って休むは絶対に許されないから。」
「やっぱりかという感覚です。逆に今まで起こらなかったのが不思議だなと思うくらいきつかった。」
取材に応じたのは、福岡市消防学校の水難救助訓練を受けたことがある経験者たちです。それぞれ言葉を選びながらも、怒りをにじませました。
■白野寛太記者
「現場はこちらの市民プールです。当時は、消防学校の生徒が訓練を行っていました。」
去年7月、福岡市西区の「総合西市民プール」で、福岡市消防学校の水難救助訓練が行われました。訓練には消防学校に入校中の52人が参加していましたが、そのうち26歳の男性職員が溺れ、死亡しました。男性職員はヘリコプターの整備士を志していたといいます。
福岡市消防局に採用されたすべての職員は、現場に配属される前に半年ほど消防学校に入ります。人命救助のプロが見守る訓練中に、いったい何があったのでしょうか。
男性職員が参加していたのは、立ち泳ぎの訓練です。現場となったプールの深さは3.3メートルで、足の届かないプールでした。経験者たちはその訓練の厳しさを語りました。
■福岡市消防学校の訓練経験者
「とりあえず、いいって言われるまでしろみたいな感じ。水の中で呼吸もできない、足もつかない、うまく体を動かせない状態でもやり切らないといけない訓練。」
「溺れそうな時は助けてくれないのですが、溺れたら助ける的な感じです。上がろうとするとプールサイドの溝のところで蹴り飛ばされるとか。」
水中に戻るよう強く促す
事故が起きた時、どのくらい立ち泳ぎを続けるのか、参加者には明確に伝えられないまま訓練は始まりました。福岡市消防局によりますと、苦しくなってプールの縁をつかんだ学校生たちに対し、教官は「訓練を続けるなら戻れ」と、水中に戻るよう強く促していました。
事故を受けて設置された第三者による調査検討委員会は、訓練の途中で誰かが立ち泳ぎをやめた場合、全員の訓練のやり直しにつながるため、学校生たちが訓練の中断を申し出にくい環境だった可能性を指摘しています。
死亡した男性職員は水中に沈んでいくところを救助されましたが、その後、命を落としました。
■福岡市消防学校の訓練経験者
「福岡市消防局の消防学校は『日本一厳しい消防学校』って言われていて、そこにプライドというか誇りがあるんですよね。時代に合ってない訓練。だからといって訓練をしないとか質を下げてしまうことになると市民サービスの低下につながる。そこが本当に難しいと思っています。」
3月、事故の調査検討委員会が報告書をまとめたことを受けて、福岡市消防局は26日、初めてインタビュー取材に応じました。
■福岡市消防局 職員課・永野伸治課長
「かけがえのない命が失われてしまったことに対し、大変重く受け止めています。」
事故当時、福岡市消防局では52人の学校生が一斉に行う訓練に教官や指導員、ダイバーなど18人の監視員を配置していました。立ち泳ぎ訓練の監視員は、4年前から5、6人増やしていたといいます。
これには、あるきっかけがありました。
他県でも起きていた
2020年、山口県消防学校で、21歳だった男性の学校生が立ち泳ぎの訓練中に溺れ、死亡しました。事故を調査した第三者などによる検討委員会は、立ち泳ぎの訓練で毎年、溺れかける学校生がいたとして、足の届かないプールで50人以上を一斉に泳がせていたことは問題だと指摘していました。
■山口県の事故の検討委員会・杉浦崇夫委員長
「旧態依然とした教育体制があって、現実に即してないようなところも多々あったような感じがします。」
さらに再発防止策として、泳力に応じてグループ分けするなど参加人数を制限した上で、学校生が2人一組になり、お互いに見守る「バディ制度」を徹底することや、監視員を十分に配置することなどが提言されていました。
「しっかりやれるだろうと」
山口県での事故を受け、福岡市消防局は訓練中の監視員の人数を増やしましたが、そのほかの提言内容の多くは取り入れていませんでした。
■福岡市消防局 職員課・永野伸治課長
「これまで事故が起こってきていなかったのと、監視の人数を増強させていれば対処としてはしっかりやれるだろうという認識があったと思っています。」
Q今、その認識について
「そうですね。当然ながら調査検討委員会からも再発防止策として挙げられていますので、そういった認識不足を具体的な取り組みとして、バディ制度の導入や入水人数の制限をしっかりと整えていかないといけないと思っています。」
立ち泳ぎ訓練中の重大事故は2014年、静岡県消防学校でも起きていました。この時は、20代の男性の学校生2人が溺れ、一時、意識不明となりました。
訓練中の死亡事故が起きるたび、国は都道府県や政令市に対し、訓練時の安全管理を徹し、事故防止に万全を期すよう求めています。ただ「地域によって体制も異なる」として、各自治体の消防が安全管理をマニュアルを見直したかどうかの追跡調査は行っていないということです。
過酷な現場に立つ消防だからこそ
安全管理や事故の防止に詳しい専門家は。
■元 九州大学特任教授・福岡幸二さん
「過去にこういった死亡事故が発生している訓練に対しては(総務省)消防庁で共有すると。それを教訓として全国の消防学校が学ぶ。自分たちも同じような状況にあると分かったら、そこに書かれた改善策を取るということが必要。」
福岡市消防学校の訓練を巡っては、市の安全管理規程により「最高指揮者」や「安全主任」を置くことになっていますが、訓練計画書には少なくとも数年間にわたり責任者を記載していなかった、ずさんな対応も明らかになっています。
過酷な現場に立つ消防だからこそ、職員たちの安全をもっと大切にする組織に。
福岡市消防局は、事故の調査検討委員会が提言した再発防止策について検討を進めるとした上で、今後は安全を最優先とする訓練を目指すとしています。
※FBS福岡放送めんたいワイド2025年3月27日午後5時すぎ放送