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2021年12月30日 16:23

未解決で21年…新人記者が見た遺族の思い

未解決で21年…新人記者が見た遺族の思い
(c)NNN

世田谷区上祖師谷で一家4人が殺害された事件は未解決のまま21年になる。遺族の宮沢節子さんは今年90歳になった。関係者の記憶は薄れ、事件を長らく追っていた警視庁のベテラン捜査員は定年退職を迎え、世代交代の波が押し寄せる。伝える側にもその波は押し寄せている。事件のことをほとんど知らない24歳の新人記者は遺族や捜査員の思いに何を感じたか。

「私、こんなに長く生きていると思わなかったんですけど、今になると少しでも解決を見て死にたいなというか、それだけを思っています」

12月18日。宮沢節子さんは背中を丸め、少しうつむきながらもはっきりとした口調でこう話した。今年90歳となった節子さんは世田谷一家殺害事件で息子夫婦と孫2人を殺害されたご遺族だ。

私が宮沢さんの元を訪ねたのは、先輩記者からの「世田谷事件の記事を書いてほしい」という一言からだった。私は今月から日本テレビの警視庁担当になり、捜査一課を担当して、まだ2週間しかたっていなかった。

事件が起きた2000年当時、私はまだ2歳。入社するまでこの事件については恥ずかしながらほとんど知らなかった。戸惑いながら取材をする中で聞いた節子さんの言葉。それは私に重くのしかかった。

「私は事件以来、変わってないんですね。毎年、毎年というよりかは、毎日、毎日、今日も連絡がない、今日も連絡がないなと思って、過ごしています」

2000年12月30日、世田谷区上祖師谷の一軒家でせい惨な事件が起きた。宮沢みきおさん(当時44)、妻の泰子さん(当時41)長女のにいなちゃん(当時8)長男の礼くん(当時6)の一家4人が殺害されたこの事件は今も未解決のまま21年になる。現場には犯人の指紋やDNAなど直接的な証拠が多く残され、データベースなどと5900万件近く照合されてきたが、それでも犯人はわかっていない。

投入された捜査員はのべ28万6000人あまりにのぼる。そのうちの1人、この事件を長い間捜査してきたベテラン捜査員がまもなく定年退職を迎える。今その胸の内にはどんな思いが去来しているのか。私はその捜査員に話を聞きに行った。

「この事件のことを考えないときはない。実際問題、何がどうできるかというのを考えない日はないと言っても過言ではないと思う」

野間俊一郎氏(60)。世田谷事件の捜査に関わったのべ、およそ28万人の中の1人で、現在は警視庁東大和警察署の署長だが、およそ11年もの間、捜査一課でこの事件の捜査に従事してきた。

野間氏が初めて事件に携わったのは、事件から5年がたった2005年。事件のことを改めて整理するために、捜査資料や遺留品などを数か月かけて目を通したという。しかし、その後も捜査は思うように進まなかったという。捜査をする中でその都度悩まされてきた壁があったのだ。関係者の記憶の風化だ。

「2000年当時にいかに記憶を戻すかというところが、年々、大変さを増していく。それは非常に感じていました」

捜査員が関係者に事件の聞き取りをするときに、当時の新聞を見せたり、2000年から2001年頃に流行したものなどを持参し、まず相手の当時の記憶を呼び起こす必要があるという。私たちだって、たとえ数年前の出来事でも覚えていないことは多いはずだ。ましてや21年前のことを思い出すことはかなりの困難を伴うだろう。当然、情報提供の数も年々減っていく。

「今、署員に折りに触れて事件のことについて話をして、いろんな活動を通じて知り得たことがあれば情報を上げてほしいということを常々言っているんです」

捜査に携わった身として、事件を風化させないよう若い捜査員に過去の経験を伝えていく、今はそれが急務だという。野間氏はこの21年についてこう振り返った。

「事件の解決に至っていないのが、非常にじくじたる思いですし遺族・関係者の方々に本当に申し訳ないという気持ちでいっぱいです。ただ今となっては後輩たちがきちっとした形で答えを出してくれるだろう。それを信じているだけです」

今の若い世代には、世田谷事件を知らない人もいる。記者になるまで詳しく知らなかった私もその1人だ。世田谷事件のことを私が少しでも伝えることができれば、事件を知らない人に記憶を受け継ぐきっかけになるかもしれない。野間氏と話しながら、そんな思いが頭をよぎった。

12月30日。節子さんの姿は、4人が眠る埼玉県内の墓前にあった。同行した関係者に手伝ってもらいながら自分の手で線香を供え、ゆっくりと目を閉じると、30秒ほど手を合わせ続けた。

「みんながいる頃は一番弱かったおばあちゃんが今は1人で頑張ってますよ。1日も早く犯人が見つかるように頑張りたいと思っています」

節子さんは4人にそう話しかけたという。事件が起きてから、節子さんの願うことはただ一つ。

「21年間変わらず犯人は1日も早く捕まってくれないかなと毎日毎日祈ってます。私が元気なうちに捕まってくれないかなと思っています」

節子さんの事件に対する思いは事件から何年たっても変わらない。発生から21年となる世田谷一家殺害事件。新人記者の私にできることは、毎日、毎日変わらず事件の解決を願うご遺族の思いを伝え続けることではないのだろうか。目の前の節子さんの小さな背中を見ていて強くそう思った。そして事件を風化させまいと記憶を受け継ぎながら捜査を続ける人たちの姿を伝えること。それぞれの記憶を風化させないため、21年目も変わらず伝えていきたい。

(取材・文=浅賀慧祐)

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成城警察署捜査本部
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