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12年前の未解決のひき逃げ 遺族の思いは

2021年10月3日 13:54
12年前の未解決のひき逃げ 遺族の思いは

埼玉県熊谷市で12年前に起きたひき逃げ事件。小学4年生の小関孝徳くんをはねて死亡させた犯人は、いまも捕まっていません。母親の代里子さんは、ある思いを強くしていました。

■息子の命を突然奪ったひき逃げ事件

2009年9月、熊谷市の路上で当時10歳の小関孝徳くんが書道教室からの帰り道、自転車に乗っているところを車にはねられ、亡くなりました。

事件が起きたのは午後6時50分ごろ。生活道路として利用される地元の抜け道でした。事件には2台の車が関与したとみられていますが、どちらも孝徳くんを救護せずに逃走し、いまだに捕まっていません。

「息子さんが事故に遭いました。すぐに病院に来てください」

警察からの電話をとった代里子さん。そのときの感情はまったく思い出せないと言葉すくなに語りました。

■犯人逮捕のため活動する母

代里子さんはそれ以来、犯人逮捕のために動いてきました。

「ひき逃げ事件は犯人が逃げているため当時の状況がわからない。危険運転の可能性がある」

そう主張してきた中、自動車運転過失致死罪の時効は2019年9月30日でしたが、直前12日前に警察が容疑を危険運転致死罪に切り替えて捜査の継続を決定。時効が2029年まで延長となったのです。

代里子さんは引き続き、ひき逃げ事件を危険運転致死罪で捜査し、起訴すること、またひき逃げ事件の時効を撤廃することを求め、警察庁や法務省に嘆願書を提出するなど精力的に活動しています。

■「ひき逃げは悪質な“事件”」母が強くする思い

代里子さんがさまざまな交通事故の報道に触れ、いま強くしている思いがあります。

「事故を起こして救護するのと逃げるということは、全然違うと思います。“この子は死んでもいい”と思って逃走したのですから。孝徳もきちんと救護されていれば、助かったはずなのに…」「ひき逃げは悪質な“事件”なんだ」と世間に理解して関心を持ってほしいと代里子さんは訴えます。

「犯人が捕まらないと裁判で戦うこともできないんです」

■呼びかけ続ける母「犯人につながる情報は必ずある」

先月30日、孝徳くんの命日にあわせ、代里子さんは現場近くで行き交う車を呼び止めて情報提供を呼びかけました。

事件のことを知っているというドライバーも多く、「犯人につながる情報は必ずある」と呼びかけ続けることの重要性をかみしめていました。

さらに、代里子さんがいま力を入れているのは、ツイッターなどのSNS。

「当時は地元にいた人も、10年たったら就職や進学もあるし、全国に呼びかけないといけないんです。SNSを使えばそうした人にも届くかもしれない。情報を知っている人は全国に必ずいると思うんです」

そう強く語ります。代里子さんのブログに必ず書かれているある言葉があります。

「犯人が秘密を抱えて生きていくのは難しいと思います。きっとどこかで誰かに話をしていると思います」

犯人に向けた言葉ですが、これを見て「どうしても伝えなくては」と情報提供をしてくれた人もいたといいます。「時効直前に情報提供がきっかけで逮捕された事件もあるので、どんなささいなことでも胸の中に隠さずに伝えてほしい」とあらためて代里子さんは訴えます。

■時効まであと8年 亡くなった息子への思いは

事件から12年。生きていたら孝徳くんは22歳になります。孝徳くんへの思いを聞くと。

「事件の日に戻れるなら助けてあげたかった。そうすれば22歳になった孝徳の姿を見ることができました。ただ、孝徳がどんな青年になっていたかという想像は、つらくてできないんです。母子家庭で私も体が弱かったこともあって、万が一、息子が1人で生きていくときのことを考えて挨拶や道徳については特に厳しくしていました。孝徳は忍耐強く意志のある子で、サッカーとかいろんなことに興味を持って頑張っていました。夢があったなら、かなえてあげたかったです」

「人からは『代里子さん、もっと自分のことを考えて明るい人生を歩んでください』と言われるんです。でも事件のことを置いて明るく生きるなんてできません。けっして暗く生きている訳ではないんです。事件を切り離すことはないし、それでいいと思っています」

時効まであと8年。

「犯人は当時、絶対近くにいたと思う。現場はナビも指示しないような抜け道だったからです。何か知っている人は必ずいるし、どんなささいなことでも提供してください。時効が迫っても絶対に捕まると証明したいです」


【情報提供】
熊谷署直通 048ー526ー0110

※写真:亡くなった小関孝徳くん