事件後に生まれた記者が見た ナンペイ事件
「我々はあきらめない」──捜査員は犯人逮捕への望みを今も捨てていなかった。26年前の1995年7月、八王子のスーパー「ナンペイ」で従業員3人が銃で撃たれ、殺害された事件。人々の記憶が薄れる中、捜査側の思いを事件後に生まれた記者が取材した。
「ナンペイ事件だけでなく未解決事件は時が経てば忘れ去られたりしてしまう。事件当時に生まれていない人も増えてきて、捜査員にもそんな人が出てくるようになった」
警視庁捜査1課の幹部は私にそう話した。そんな私もナンペイ事件の1年後に生まれている。
■事件現場は駐車場に-
一般市民3人が銃で撃たれ殺害されるという残忍な事件。今月はじめ、私はそのナンペイ事件の現場を訪ねた。夜の9時ともなれば、街灯が少ない住宅街は2021年の今でも薄暗い。湿気を帯びた暑さの中、現場を探し回るがそれらしき跡形さえ見つけることができなかった。
1995年7月にせい惨な事件が起きた現場、スーパー「ナンペイ大和田店」は、事件から3年後に取り壊され今は駐車場になっている。「求む情報!」と書かれた、看板だけがこの場所で事件があったことを物語っていた。
現場近くに住む人に話を聞くと「その話(ナンペイ事件のこと)は、たくさんしたよ。もう話すことないよ」インターホン越しにそう答えるのみだった。捜査員が何度も足を運び話を聞いてまわったのだろうか。私はナンペイ事件が起きた1年後の1996年に生まれ、今は記者をしている。恥ずかしい話だが、警視庁クラブに配属され捜査1課の担当になるまで正直、この事件のことを詳しく知らなかった。事件のあった八王子市に隣接する多摩市の出身にもかかわらずだ。
情報提供を求めるポスターも学生時代に何となく駅で見かけた記憶はあるが、足を止めてまで見たことはなかったように思う。テレビで事件の特集を見た記憶もあるが、はっきりとは思い出せない。
「本当にここで事件があったのだろうか」
何も残されていない現場を見て回っても、当時のことを、イメージすることはできなかった。
■未解決26年のせい惨な事件
今から26年前の1995年7月30日。現場からほど近い公園では盆踊り大会が行われていた夏の日に事件は起きた。午後9時15分ごろ、東京・八王子市のスーパー、「ナンペイ大和田店」の2階事務所でパート従業員の稲垣則子さん(当時47)、アルバイトで高校2年生の矢吹恵さん(当時17)と前田寛美さん(当時16)が何者かに拳銃で撃たれ殺害されたのだ。事務所には金庫があり、弾の痕も残っていたが金庫の中にあった現金およそ500万円は手つかずのまま。えん恨なのか強盗なのか…懸命の捜査が続けられたが、今も犯人像は絞り込めていない。
■勇退が迫るベテラン捜査員
警視庁はこれまでにのべ21万人以上の捜査員を投入してきた。現役の捜査員の中で最も長くナンペイ事件を担当する警視庁捜査1課・特命捜査対策室長の岩城茂警視(59)もそのうちの1人。長く暴力団捜査の刑事として活躍してきたが、転機が訪れたのは2010年。殺人などの凶悪犯を担当する捜査1課に異動し、そしてナンペイ事件の専従捜査員になった。
岩城警視「まさか自分がこの事件をやるとは思っていませんでしたし、プレッシャーはありました」
岩城警視は突破口を見いだそうと各地を駆け回った。2012年には、犯行に使われた可能性のある拳銃が押収され製造元のフィリピンに渡り流通ルートを調べた。さらに翌年には、事件を知る可能性があるカナダ在住の中国人の男を捜査。男の日本への移送や取り調べを担当した。
しかし、事件解決の糸口は見つからなかったという。以降は、人事異動を繰り返しながらも八王子署の刑事課長などを務め、現在に至る。
「八王子という地を離れて仕事というのはなかったですね」
岩城警視は毎年、被害者の命日には墓参りや捜査本部にある遺影に手を合わせ解決を誓ってきた。
「被害者のご遺族に対して、解決できないということで大変申し訳ないと。同時に非常に悔しい思いをしております。まだ退職したわけではないのでまだ期間はありますけど」
実は岩城警視は来年の春で定年退職する予定。今年は捜査員として迎える最後の命日になる。
「現職としては最後ですけど、何年経っても解決するまでは7月30日は忘れられない日ですから。あの世に行くまで思っているんじゃないですか」
警視庁は2019年、取り壊されたナンペイ大和田店の現場を3Dで復元し、動画でも公開している。少しでも事件をイメージしやすくするためだという。情報提供が寄せられやすいようにとポスターも今年から感情に訴えるシンプルなデザインに変更する。しかし、直近の1年間に情報が寄せられた数は28件。時間の経過とともに年々減少しているのが現状だ。
■事件を知らない世代
殺人など凶悪事件については時効が撤廃されたため、捜査は今後も続けられていく。しかし、事件の風化に直面し、関係者の記憶も薄らぐ。捜査する側にも事件当時に生まれていない若い刑事が増えてきているという。
「刑事であれば絶対にあきらめることなく執念の捜査をやりとげなきゃいけないと若い刑事に教え込んでやっているつもりです。捜査技術が日々進歩しているので、最新の捜査でやれることをどんどんやって欲しい」
今回、取材を通して感じたのは年々厳しさを増す捜査の現状と、多くの人が事件解決への望みを紡いできたという事実。私は記者という仕事を通して今後もこうした思いを伝えていきたいと切に願う。もちろん事件解決の報も。警視庁捜査1課の幹部はこう話している。
「我々はあきらめない。必ず犯人を捕まえる」
■情報提供先:八王子警察署特別捜査本部
042-621-0110