【75年ぶり】路面電車きょう新規開業…「宇都宮LRT」 一番列車運転士の思いは?
8月26日、路面電車としては国内で75年ぶりの新規開業となる「芳賀・宇都宮LRT」が運行を開始します。午後3時からの一般乗車開始に先立つ出発式では開業一番列車が午前11時半すぎ、出発する予定です。
その栄えある「一番列車」を運転することとなった「宇都宮ライトレール」の武井宏祐(たけい・こうすけ)さん(38歳)に開業までの日々や開業目前の心境を聞きました。(聞き手:日本テレビ宇都宮支局 清水彰カメラマン)
■入社のきっかけは“ギョーザ”?「歴史の1ページにぜひ参加したい」と…
――武井さんが「宇都宮ライトレール」(芳賀・宇都宮LRTの運営会社)に入社するきっかけは?
私は地元が愛媛の松山ですが、転職で関東の方に出てまいりました。ちょうど宇都宮をプライベートで観光しました。ギョーザのために来たって言ってしまえばわかるんですけれども(笑)。
そのときにオリオン通りという商店街があるのですけども、オリオン通りでLRTのオープンハウスというのがありました。LRTをこれから宇都宮市の事業として今計画しているよっていう、そういった広報のところに少し足を止めてパンフレットを見ていたのですけれども、「こういう路面電車がこの地図にできるんだ、なんか夢のようだな」っていうのを今覚えています。
その後、実際に運行会社(宇都宮ライトレール)が2015年にできまして、運転士の採用や開業準備をする業務の社員を募集するということで、私も路面電車の経験とか、また人材育成の経験もありますので、この令和にできる新しい次世代型路面電車の会社で開業準備に携わって、その歴史の1ページに私もぜひ参加させていただきたいなという思いで、入社しました。
■伊予鉄で路面電車運転士 TDLでアトラクション運行も…そしてゆかりのない「宇都宮」へ
――以前はどんな仕事を?
地元の愛媛の伊予鉄道で鉄道線の車掌、そして市内電車、いわゆる路面電車ですね。路面電車の運転士を経験しています。伊予鉄道に10年勤めて「鉄道関係の仕事をいかして、何か違うところで仕事をしてみたいな」という気持ちがありまして、それまで地元の愛媛でしか育って暮らしていなかったので、まずは「県外に出てチャレンジしたいな」というところで、その先がたまたま東京ディズニーランド、夢の国というところでした。
――どんなアトラクションを担当されたのですか?
ウエスタンリバー鉄道という蒸気機関車の運転とか、また蒸気船マークトウェイン号というアトラクションの運営に携わっておりました。
――栃木県とか宇都宮市にゆかりはなかったのでしょうか?
縁もゆかりもない中、本当に宇都宮に来て、“本当にこの町でやっていけるのかな”っていう不安は最初すごくありましたが、ただやはり縁もゆかりもないからこそ、これまでにないサービスの提供であったりとか、なかなか地元の方では気づいてないところを、そういったサービスに転換していけるんじゃないかという思いで今、お仕事をしております。
■出向運転士の調整業務に 全国の出向先に「感謝に尽きる」
――宇都宮ライトレールではどんな業務をされましたか?
私は2019年に宇都宮ライトレール株式会社に入社しましたが、その頃は、実は社員はまだそんなに多くいなくて、宇都宮市役所からの出向者と一緒に入社した数名の社員でした。そんな社員と一緒に運転士の採用であったりとか、または開業準備運行計画であったりとか事務職として担当させていただきました。運転士の採用にあたっては、全くゼロからのスタートで、採用のフォーマットであったりとか、どういうふうに採用をして、何(の担当に)に採用して、どこに出向して、そういったところからスタートを始めましたので、かなり苦労しましたが、全国の軌道事業者様のご協力を得て、運転士を受け入れていただいて、免許を取得して、そして宇都宮に帰ってくる。
そういった一連の運転士の採用から教育、そして帰任してこの宇都宮の路線で運転できるように習熟訓練、そういったところを担当しました。採用そして出向先の調整ということは運転士、出向先の宿舎や物件、私もう全部の事業者、全部の地域に回って、不動産屋さんも回ってですね、社宅の手配であったりとかさせていただきました。
■イチからの立ち上げの“苦労” 同僚の免許取得に喜び
――振り返ってどんな苦労はありましたか?
まず一番苦労したことは、やはり「宇都宮ライトレール」は全国でも初めての全線新設の軌道事業者ですので、やはりゼロからのスタートです。伊予鉄道は歴史のある会社だったので、先代が築いたものを受け継いでやっていくという会社でしたが、「宇都宮ライトレール」は全くゼロからのスタートだったので、“0を1にする”っていうことがかなり苦労しました。
特に採用の時期は、コロナも始まった頃だったので、このコロナの中でどれぐらいの採用を進めて、そして採用した運転士も本当に知らない土地で、教育訓練を受けなければならない、そういった環境整備するにはどういう環境を整備してあげればいいのか。そういったフォーマットがない中で、いろんなものを決めていく、決まっていないことを決めていくっていうのがすごく苦労しました。
――苦労の中でうれしいことは?
うれしかったことは、やはり対応した運転士が出向先で免許を取得して「武さん!免許を取りましたよ」という一報をくれたときはすごくうれしかったですし、つらいことがあって相談をしてきた運転士をコロナで直接会うこともできなくて、遠隔でメールやウェブでやりとりをした中で頑張ってくれた運転士が、こちらの宇都宮の方に帰ってきたとき、そして帰ってきた運転士がそろって習熟訓練に全員合格したときはすごくうれしかったです。
――運転士の出向先の事業者にはどんな思いが?
本当に出向先の事業者様には大先輩として、ご指導いただき本当に感謝をしております。特に2019年以降ですね、コロナの感染が拡大して、これまでにない環境の中で教育訓練をしていただいたというところで、かなり苦労されたのではないかと思っています。そういった中で快く引き受けていただきましたので、本当にもう感謝の一言に尽きます。
■黄色い最新車両 初めて運転した時は…感激
――宇都宮LRTの車両を初めて運転したときの気持ちは?
最初にハンドルを握ったときは「これが本当にこの宇都宮の街を走り抜けるんだ」っていう感覚になりました。本当に感激しましたね。私が勤めていた会社(伊予鉄道)では、やはりこの最新型の流線形の車両ではなかったので、まず乗ったときに「こういう景色なんだ」と。やっぱりいろんな人がいろんな思いで作った車両でありますし、「これを運転士たちが運転するんだ」と最初のハンドルを握ったときは感激しました。
――運転で大変だったことは?
やはりこの車両については、他の会社の運転席とは違うところがありまして、例えばハンドルが左側にあったり、右側にあったりっていうように、各社局の車両は違いますので、当社の場合は左ですけれども、例えば右手の運転を私は経験をしていましたので、まず左手の運転がなかなか慣れないなっていうところもあったり、またブレーキの方式もやはり違っていますので、そういった感覚をつかむというのはすごく最初大変でした。
あとはやはり流線形の未来型の車両ですので、やはりその死角=見えないところですね。そういったところが他の車両とは違うので、実際に見づらいところもあれば、見えるところもあったりと、なかなかそういった宇都宮の車両に合わせて運転するっていうのは、最初はかなり苦労しましたね。やっぱり長年運転してきたものは癖として残ってしまいますので、新しいものを自分の技術に取り入れるのは、なかなか苦労しました。
――試運転ではどんなことに気をつけましたか?
「芳賀・宇都宮LRT」はやはり14.6キロという路線の中で、市街地の中を走る区間もあれば、LRT専用の区間もあります。やはり注意するべきポイントはたくさんあって、例えば市街地であれば、車と並走するところは、車の動向に注視しなければならないです。また専用区間でも、芳賀町の工業団地区間については、60パーミル(1000m進むと60mの高低差)という急勾配のところもありますので、そういったところでの運転操作もあります。
また宇都宮は、路面電車が初めて走る街ですので、やはり車を運転する方もそうですし、これからお客様として乗られる方もそうですし、そしてここで運転する運転士もそうなんですけれども、“初めてづくし”の路線の中でいかに事故を起こさないよう、危険予知をしながら防衛運転をすることの大切さ、それを教えてまいりました。
――運転で「気をつけないといけない」ポイントはありますか?
特に市街地を走るところで行くと、商業施設のある「ベルモール」のところは、特に土日は渋滞をしますし、車が列を作りますので、例えば車が少し曲がってきたりとか、またはそのちょうど軌道敷が空いているからと車が強引に入ってきたりとか、そういった危険性もあるなと感じました。あとは急勾配のところを行くと、雨の日に少しブレーキを強く取ってしまうと、滑ってしまったりというところもあります。
――運転の指導だけでなく、実際運転の業務もあるのですね?
当社の場合は朝夕のピーク時は8分間隔の運行になりますので、それだけ電車の本数が増えます。私は普段はデスクワークをしていますが、ピーク時間帯は、運転士としてハンドルを握ることもございます。
――運転に携わる中で大切にしている言葉はありますか?
中尾正俊常務(※43年間勤務した広島電鉄から安全統括管理者として宇都宮ライトレールへ。豊富な経験から「路面電車の神様」との異名も)からありましたのは「初心忘れるべからず」。中尾常務が書いた言葉がちょうど教育訓練をする部屋に飾ってあるんですけれども、まさに今、私達ははじめの一歩を踏み出そうとしているわけです。やっぱり今、安全運行で、事故は絶対起こさないという気持ち、初めのその気持ちを持っておりますので、その中尾常務の「初心忘れるべからず」をしっかりと取り組んでいきたいなと。そういう言葉が私の中では印象に残っております。
■「大変光栄」“一番列車”への思い
――26日にLRT開業を迎える思いはいかがですか?
今回構想から30年、開業までなかなか大変な中で、8月26日、この一番電車の式典の電車を担当するということで、すごく緊張もしております。ただやはり運転士として安全にお客様をこの宇都宮の街を乗せて走り抜けるというところが私の中では大きなポイントになっております。
――式典の「開業一番列車」を運転するのはいつ伝えられました?
1週間前にそれぞれの業務分担が出たときに私の名前が、ちょうどその式典の時間にあってそこで初めて知りました。その後、安全統括官である中尾常務から「ぜひあなたにやってほしい」というお言葉をいただき大変光栄なことなんですけれども、その言葉をいただいて、より身が引き締まる思いでお受けした次第です。
――「開業一番列車」の運転士に決まったことは最初誰に伝えましたか?
最初はやはり愛媛の両親に伝えました。すごくびっくりしていましたし、同時にこれまで頑張ってきたことのねぎらいっていう意味もあるんじゃないかというところで「当日は頑張ってね」という言葉がありました。
――最後に、一番列車に携わる率直な気持ちは?
まずは「安全第一」というのが私の役目ですので、一番電車をまずは安全に走らせて、そして多くのお客様の笑顔を乗せて、この宇都宮の街を走り抜けたいと考えています。(※8月23日にインタビューし再構成)
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武井さんが運転する記念の一番電車は、午前11時半すぎに宇都宮駅東口停留場を出発します。(※26日の一般乗車は午後3時以降)