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異次元の少子化対策でも出生率は1.2が1.3になるかどうか 長時間労働改善が必須

2023年12月12日 20:19
異次元の少子化対策でも出生率は1.2が1.3になるかどうか 長時間労働改善が必須
京都大学大学院柴田悠教授

政府は異次元の少子化対策として3兆6000億円に及ぶ「こども未来戦略」の案を発表した。子育て支援策の効果を分析している京都大学大学院の柴田悠教授が、海外事例の論文などをもとに今回の対策の効果を試算したところ、出生率は0.1改善されるかどうかだという。巨額の予算をかけても効果は限定的で、少子化対策に加え、長時間労働の改善が必要だという。

政府の少子化対策は、児童手当拡充などはかなりの規模だったとは思います。ただ私の試算では政策全体で出生率は、0.1上がるか上がらないかぐらいで、大きく伸びることは難しいのかなというところです。高等教育(大学など)の学費軽減もインパクトがあるが、多子世帯に限定されていることなどから、出生率が0.02上がるぐらいの効果かなと。それ以外にも様々な政策があり、虐待防止など非常に有意義だが、少子化対策という面では各メニューの規模が小さく、出生率改善が大きくは見込めないかなと思います。

子育て支援のみならず働き方の改善が必要だと思います。男性の長時間労働や硬直的な働き方が続いてきて、女性は以前よりも自分で稼げる人もいる中、結婚すると家事・育児の負担が自分のみにふりかかってしまうので、結婚に踏み切れない、壁になっているといわれます。そこを改善する方向性も非常に重要。今回の「戦略」の中に「企業における勤務間インターバル制度の導入などを促す」という提案や全ての人の働き方改革という方向性が入ったことは非常に評価できる。しかし具体的に長時間労働をどう減らすのか見えてこない。残業代の割増率や法定労働時間の短縮など踏み込んだ議論も必要だ。働き方改革を進めていくことで、女性が結婚に希望を持てる社会にならないと、お金やサービス支給だけで考え方を変えるのは難しい。

──今回の政策がもっと大きい規模だと効果はあると?

まず児童手当は、当初自民党の案は第2子に月額3万円まで、第3子以降は月額6万円まで増額するというかなり思い切ったものでした。それぐらい大規模なら出生率を上げる効果はもう少しある。政府案で見込まれる効果は0.1上がるか上がらないかぐらいと考えますが、元々の自民党の案であれば、児童手当の効果だけで0.2ぐらい出生率が上がる可能性があります。これを実現するには予算は追加で1.3兆円ぐらい必要です。そして高等教育の学費補助も政府案は多子世帯が対象ですが、もう少し普遍的に全ての高等教育の学生に一律で年間53万円の補助としますと、1.5兆円ぐらいかかるが、見込まれる出生率上昇は0.08ぐらい。今の政府案では0.02ぐらいです。保育では「誰でも通園制度」ができますが、預かる時間が月10時間で、虐待予防や育児の負担軽減にはなるだろうが「この制度ができたから、もう1人産もう」とはなりにくい。理想的には北欧やフランスのように1歳ぐらいから全員保育を受けられる、そしてこどもの発達のためにも質の高さが必要。そのためには保育士の賃金や配置基準も改善していく必要がある。今回の案では、4・5歳の配置基準を改善したところに加算という形ですが、理想的にはしっかりと配置基準の改善も必要かと思いますし、多少改善されても、先進国平均には届いてない部分がありますのでさらなる改善が必要。これらを実現するには私の試算では、2.1兆円ぐらいかかり、出生率は0.13ぐらい上がるのではないかと。

──苦労して実現する対策でも出生率がわずかしか上がらないとなると、どうすればいいのか

お金をかける以外の部分で、例えば労働基準法を改正して、今は努力義務の「勤務間インターバル」を11時間で義務化とか、残業時間の賃金を20時間以降は1.5倍にするとか、法定労働時間、今は週40時間ですが、これをフランスのように35時間にしていくなど大きな改正を検討する必要がある。ただそれらを進めるにはインセンティブのためのお金も必要ですし、倒産や失業が生じてしまう場合には、再就職の支援なども必要で、お金もかかるわけです。とはいえ、この30年間、男性の労働時間が減っていないという調査結果もあり、男性の働き方を効率化し、労働時間が減って、男女がともに家事育児を担うとか、女性にとって結婚が夢のあるものになっていくことが必要でしょう。

──そういう改革がない限り、人口減少が食い止められないということですね

ここで対策せずに少子高齢化が進むと、2070年代には高齢化率が40%程度になって、それが続くという予測が出ています。出生率は1.26が最新値ですが、これが希望出生率である1.6とか、1.8とかに近づけば近づくほど、将来の高齢化率は変わります。2030年に希望出生率である1.8が、仮に実現され、2040年に人口置換水準つまり、人口が維持される水準である出生率2.06が実現されると、将来の高齢化率は30%程度にまで抑えられると政府の計算でわかっています。韓国は今出生率が0.8を下回っていて、日本は韓国並みにはならないだろうと言われていますが、現在の若者の価値観として「結婚しなくてもいい」「子どもを持たなくてもいい」という人も増え、価値観は多様化していく。当然なんですね、それ自体は別に悪いことではない。で、仮に出生率が0.8になると、2070年代以降の高齢化率は、計算が難しいんですが、単純計算で60%ぐらいになる可能性があります。

そう考えると所得や雇用の安定化も含め、少子化対策と働き方改革を今実行できるかが重要。今、人々が希望している出生率に近づけていけるかによって、21世紀後半の日本の未来がかなり変わってくる。政府の最新の予測では、2030年の出生率は一番妥当性のある推計としては1.3ぐらい、低位推計つまり、もし下がった場合には、1.1ぐらいとされ、2040年に関しても同じ数字で推計されています。今回の政府案では、私の見るところでは0.1上がるぐらいですので、おそらく1.2ぐらいの出生率が今後も続く中で、今回の対策によってそれが1.3までいくと。ただ希望出生率1.6とか1.8にはまだ遠い。まさに分岐点の今、働き方改革も実行する必要がある。

対策が実行されても、すぐ人々の感じ方が変わるわけではなく、20年間とか長期的に支援が続くんだという信頼感が得られて、ようやく「結婚しようかな」「出産しようかな」と思えるわけですので、今このタイミングで改善していかないと、2020年代中に人々の行動は変わらないと思います。

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