「令和流」元日発信 陛下のお言葉を考える
新型コロナウイルスの感染が広がる中で元日に天皇陛下のビデオメッセージが公表されました。前半に続いてお言葉について考えます。(日本テレビ客員解説委員 井上茂男)
■【コラム】「皇室その時そこにエピソードが」第4回「天皇陛下のビデオメッセージ(下)」
■新年一般参賀のお言葉に代わる「御挨拶」
東日本大震災から10年。「平成」から「令和」に時代が移り、新型コロナウイルスの感染が広がる中で、天皇陛下の新年のビデオメッセージが公開されました。
「今、この難局にあって、人々が将来への確固たる希望を胸に、安心して暮らせる日が必ずや遠くない将来に来ることを信じ、皆が互いに思いやりを持って助け合い、支え合いながら、進んで行くことを心から願っています」
6分45秒。医療関係者に感謝の気持ちを伝え、人々の身を案じ、希望を胸に助け合いながら進もうと呼びかける内容です。上皇さまの東日本大震災と、退位の気持ちを表明された時(2016年)に続く、3度目となる天皇のビデオメッセージでした。
コロナ禍に見舞われて1年。この間、上皇さまのようなメッセージを求める声もありましたが、即位からまだ間もない陛下は慎重でした。去年3月24日に東京オリンピックとパラリンピックの1年延期が発表され、外出自粛要請を経て4月7日に7都府県に政府の緊急事態宣言が出され、16日には全都道府県に範囲が広げられます。感染防止と、経済対策との両立が言われる中でした。そのころ宮内庁は陛下のご進講の際の発言を公表しています。
「この度の感染症の拡大は、人類にとって大きな試練であり、我が国でも数多くの命が危険にさらされたり、多くの人々が様々な困難に直面したりしていることを深く案じています」(去年4月10日)
ご進講のお言葉が明らかにされるのは極めて異例で、陛下の思いを伝えようとしたと受け止めました。その後、先が見えない中で、陛下のメッセージは時機を失したようにもみえました。そこに新しい年です。例年、元日には新年を迎える「ご感想」、2日の一般参賀にはマイクを通して「お言葉」が出されます。コロナ禍でその新年一般参賀が中止となり、「ご感想」と「お言葉」に代えてメッセージ(「新年の御挨拶」)が出されたのです。これ以上ない機会でした。
■皇后雅子さまと二人で臨んだ「令和流」
収録は両陛下で臨まれました。
宮内庁からビデオメッセージを出すことが発表されたのは12月10日。陛下はぎりぎりまで原稿を練られ、収録が行われたのは御用納めの28日午後でした。お二人でという形は両陛下で相談して決められたそうです。病気の回復途上にある皇后さまにとってはカメラを見続けられる負担は小さくなかったでしょう。それでも陛下の隣で静かに頷(うなず)かれる様子は陛下のお言葉の行間を十二分に埋め、お二人一緒という形に「令和流」を感じました。
うれしかったのは言葉遣いです。「再び皆さんと直接お会いできる日を心待ちにしています」。政治家が当然のように使う「国民」ではなく、「皆さん」(皇后さまは「皆様」)という敬意を含んだ呼びかけだったこと、「私たち」という言葉で皆と一緒にいるという気持ちをさり気なく示されたことです。
皇后さまの話が始まると陛下は唇をかすかに動かされ、同じメッセージを読まれているようでした。皇后さまを独りにしない、二人一緒にという優しさだったと受け止めました。
去年10月、宮内庁長官を務めた羽毛田信吾さんを久しぶりに訪ねました。「こういう状況の中で、天皇としての思いをどう伝えていくか、役割をどのように活動の上に表していくかは、置かれた状況下でご苦労されるところだと思います。陛下は一生懸命に、思いを伝えようとなさっていると思います」。羽毛田さんの「ご苦労」という言葉選びに、陛下もまたずっと思い悩まれていることに改めて気付かされました。
■オンライン訪問の可視化を それがリアルのメッセージに
ビデオメッセージは元日午前5時半に公表されました。伊勢神宮などを遙拝(ようはい)する「四方拝」が始まる時刻でした。新年最初の行事に臨まれるタイミングだったことに陛下の意志を感じます。いま思うのは、今回のメッセージを特例にしないで、折々に、果敢に、ハードルを高くせず、陛下の肉声を伝えてほしいということです。1996年に陛下は「時代の要請を的確に感じとって、物事の本質を見極めて、精神的なよりどころとしての役割を果たしていくことが非常に重要であると思います」と述べられています。その役割を果たしていくために、お気持ちの発信は欠かせないと思うのです。
去年11月、医療機関や高齢者施設にオンラインで訪問する新たな取り組みが始まりました。これまでのような訪問が難しいために、オンラインという新しい手法が採られ、これから増えていくとみられています。この1月27日には、去年7月の豪雨で大きな被害が出た熊本県の被災地を見舞い、被災した人たちを励まされました。こうした機会に宮内庁が公表する映像はモニター画面に向かわれる両陛下ですが、「皆」の関心は、画面の中でどのような交流が行われているかにあります。やり取りを肉声で聞きたいのです。まずはオンラインでもやり取りを実際の訪問のように可視化してほしい、先が見えないコロナ禍の中ではそれがビデオ以上にリアルなメッセージになると思います。(終)
【略歴】井上茂男(いのうえ・しげお)日本テレビ客員解説委員。皇室ジャーナリスト。元読売新聞編集委員。1957年生まれ。読売新聞社で宮内庁担当として天皇皇后両陛下のご結婚を取材。警視庁キャップ、社会部デスクなどを経て、編集委員として雅子さまの病気や愛子さまの成長を取材した。著書に『番記者が見た新天皇の素顔』(中公新書ラクレ)。
(冒頭の動画は「天皇陛下新年ビデオメッセージ」<1月1日公開>)