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“受診控え・面会制限”コロナ禍のがん医療

2021年2月6日 16:39
“受診控え・面会制限”コロナ禍のがん医療

「病院でコロナに感染するのが怖い」「医療従事者に負担をかけたくない」。そんな思いから、自己判断でがんの治療や検査を見送る“受診控え”が問題となっています。さらに、末期と診断されたがん患者が家族との面会を制限される状況も。新型コロナウイルスが、がんの医療現場に与えた影響とは―

■「コロナで遠慮を…」受診を控え病状悪化

群馬県に住む、嶋田ひろ子さん(仮名・40)は、4年前に受けた検診で、ある異常が見つかったといいます。
 
「子宮頸がん検診を受けて、そこでCIN1(子宮頸部軽度異形成)という診断結果を受けました」

見つかったのは、子宮頸部異形成。子宮の入り口である子宮頸部に腫瘍ができる病気で、子宮頸がんの前段階とされています。
 
それ以来、医師の指示のもと、定期的に検査を受けていた嶋田さん。しかし、去年は…

「5月か6月に本来であれば(検査を)受けるはずだったんですけども、ちょっと遠慮をしてしまって」
 
予定していた定期検査を、受けなかったといいます。その理由は…

「病院が(コロナで)すごく逼迫しているというふうに毎日のように報道されていた時だったので」

その後、嶋田さんが検査を受けたのは、予定より約4か月遅れた9月末。その結果、医師からこう告げられました。

「先生から開口一番『要手術です』と」「(来るのが)『遅すぎます』と」
 
受診を控えていたうちに、病状は悪化。すぐに手術が必要な状態にまで進行していました。
 

■約8人に1人が「受診控え」 専門医が警鐘

新型コロナに感染することや医療機関への負担を避けようと、自己判断で受診を見送る。がん治療の現場では、こうした”受診控え”が問題となっています。
 
がん患者支援団体・一般社団法人CSRプロジェクトの調査によりますと、去年4月以降、定期的に通院が必要ながん患者のうち、約8人に1人が受診をキャンセルするなどしていたことが分かりました。その約半数が、自己判断によるものだったといいます。
 
こうした現象に対し、北里大学病院・集学的がん診療センターの佐々木治一郎センター長は警鐘を鳴らしています。
 
「ちゃんと精密検査に行かないといけないのに行けていなかったり、診断の遅れ・治療の遅れというのがやはりあると思います。自己判断が一番怖いです。延ばしていい治療とか延ばしていい経過観察と、きちっと受診するべきものと、やはり主治医の先生と相談するのが一番いいかなと思います」
 
その後、手術で腫瘍を取り除くことができた嶋田さんも、こう話します。

「私はタイミングが合って手術ができたんですけど、定期的な検査とか、行くべきだと思います」

■末期がんでも面会禁止「コロナが憎い」

新型コロナウイルスは、がん患者やその家族にも影響を与えました。

東京都に住む神谷康秀さん(69)は去年、40年以上連れ添った妻の清江さんをがんで亡くしました。
 
腰の痛みが続いていた清江さんは去年5月、検査のため入院。その結果は、膵臓がん。すでに末期の状態でした。

がんが分かった時のことについて、神谷さんはこう話します。
 
「その時私は家内も一緒に話を聞けませんかと(病院にお願いした)。『コロナ禍で今病院が患者との面会を禁じているので(面会)できません』と、はっきり言われました」
 
当時病院では新型コロナへの感染対策として、入院患者との面会が禁止に。
 
清江さんは、一人きりでがんの宣告を受けたといいます。そのことについて、神谷さんは…

「一緒に宣告を受けて、一緒に胸を痛めて、一緒に泣いてあげることができなかったのがつらかったです」
 
その後、約3週間の入院中、神谷さんは清江さんと一度も面会することができませんでした。
 
放射線治療を受けていた清江さんは痛みがひどく、一度だけ、神谷さんに電話をかけてきたといいます。
 
「うなるような絞り出すような声で『康秀さんやめよう、もうつらくてできない』って。今でも頭の中に、声が残っています」
「すぐ近くに行ってあげたいということは、切実に切実に思いました」

娘の久美さん(30)も、当時のことについてこう話します。

「もうつらくて、とにかく母に会いたい、残された時間を一緒に過ごしたいという気持ち。ただそれだけでした」

そして神谷さんは、噛み締めるようにこう呟きました。

「今更ですけども、コロナが憎いですね…」
 
神谷さんは退院した日の清江さんの姿が、今も忘れられないといいます。
 
「かわいそうでですね…見ていられなかったです。もう体が恐怖で震えてるんです、ブルブルブルブル。よっぽど切ない怖い、さみしい、もうどん底だったんだと思います」
 
その後、緩和ケアを経て在宅療養へと移った清江さん。がんの発見から約2か月後、自宅で息を引き取りました。
 
清江さんが亡くなってはじめてのお正月。神谷さんは清江さんのお墓の前で、こう語りました。

「(入院中のことを)目を閉じる度思い出します」「つらい、の一言です」
 
新型コロナウイルスは、がん患者と家族との貴重な時間をも奪っています。


■取材後記:
新型コロナは、がん患者が受ける「受診」だけでなく、健康な人ががんを早期発見するために受ける「検診」の数も大きく低下させています。コロナへの不安から病院へ行くことをためらううちに、がんは体を蝕んでいきます。
そして自分の家族が突然末期がんと診断され、3週間も会えずにいたら…。神谷さんの「コロナが憎い」という一言が、胸に響きました。
感染していない人にまで多くの苦痛を強いる、感染症という病の恐ろしさと憎らしさを実感する取材でした。
2人に1人ががんになる時代、今日も多くの人ががんと闘っています。一刻も早いコロナ終息を願って止みません。(取材ディレクター 廣瀬正樹)