コロナ禍で「受診控え」 がん専門医が警鐘
新型コロナウイルスの感染が広がったこの一年。がんの医療現場では、病院に行くことで新型コロナに感染することを恐れ、自己判断で受診を控える「受診控え」が増えている。結果、がんの発見や治療が遅れてしまうケースも。さらに、医療体制が逼迫する今、病院側も診療制限を検討する必要に迫られている。コロナ禍の中、がん治療とどう向き合えばよいのか。北里大学病院副院長で、集学的がん診療センター・センター長の佐々木治一郎医師に聞いた。
■「受診控え」が招く、がん治療への影響
コロナ禍の中で増えている「受診控え」。がん患者支援団体CSRプロジェクトの調査によると、新型コロナの感染が広がった去年4月以降、定期的に通院が必要ながん患者のうち約8人に1人が受診をキャンセルするなどしていたことが分かった。その大半が、院内感染への恐れを理由とするものだった。
がん治療の最前線に身を置く佐々木医師は、「不安」が患者に混乱を招いているという。
「自分が感染することへの不安と、それを家族や周囲にうつしてしまうことへの不安。そういった不安による受診控えだと思います。通院や投薬の必要性については、当然最初に医師から患者に説明されているはずですが、コロナに関する不安という不確定要素が入ったことで、患者さんがどうしても混乱し、受診を控えてしまうのだと思われます」
受診をキャンセルするなどした人のうち、約半数が患者の自己判断によるものだった。佐々木医師は、その危険性についてこう語る。
「自己判断が一番恐いです。例えば、がんの状態を抗がん剤やホルモン薬で維持しているという方が受診を控えると、薬が足りなくなり、飲まない期間ができてしまう。そうなると、治療の継続性が損なわれ、治療効果が落ちる可能性があります。極端に言えば、再発のきっかけにもなることも考えられます。
様々な情報があり判断を迷うこともあると思いますが、延ばしていい治療や経過観察なのか、きちっと定期的に受診すべきものか、一番ご存知なのは主治医の先生です。やはり主治医の先生と相談した上で判断することが一番いいと思います」
■「コロナが恐くて」診断・治療に遅れ
コロナによる「受診控え」は、すでに治療を始めているがん患者だけにとどまらない。痛みなどの自覚症状があるにもかかわらず、コロナ感染を恐れて病院へ行かず、結果的に進行した状態のがんが見つかる人もいると言う。
「患者さんに「どうしてもっと早く病院に来なかったの?」と聞くと、「コロナが恐くて」という返事が去年から増えていると感じます。来院を遅らせたことによる診断の遅れ、治療の遅れということがあると思っています。
実際に、腰の痛みがあるにも関わらずコロナで受診を控えていた患者さんは、市販の痛み止めを飲んで我慢していましたが、痛みが治らず病院にかかったところ、がんが骨に転移していたことが分かったというケースもありました。コロナがなければ、もう少し早く治療を始めることができていたと思います」
■深刻な影響をもたらす、「検診控え」
新型コロナは、がんや自覚症状のある人が診察を受ける「受診」だけでなく、健康な人ががんを早期発見するために受ける「検診」にも影響を及ぼしている。日本対がん協会の調査によると、新型コロナが広がった去年4月?7月、がん検診を受けた人の数は、前年比約37%にまで大きく減少した。
佐々木医師はこの「検診控え」を、深刻な問題として捉えている。
「もともと日本では、がん検診の受診率が低いという課題があります。国の施策としてどうにか受診率を50%まで上げようと様々な取り組みもされてきた中、今回のコロナでそれが大きく下がってしまいました。つまり今、健康な人ががんを見つけるという行動が大きく損なわれている状況にある訳です。
これは非常に大きな問題です。当然、早期で見つかるはずだったがんが、より深刻化した状態で見つかるというケースが増加すると予想されます。全体的に見た時、この先5年10年の生存率に影響してくる可能性があります」
早期発見が鍵となるがん治療において、コロナは深刻な影響をもたらしている。
■感染対策をして「安心して受診を」
コロナ禍の中、私たちはがん治療とどう向き合えばいいのか。佐々木医師は「冷静になることが重要」として、こう話す。
「「病院に行くとコロナの患者さんがいて、感染してしまうのではないか」。皆さんどうしてもそのような不安が大きくなってしまう。ですが政府も指摘しているように、感染する場所はマスクを外してお喋りするような会食の席などが多い訳です。病院は感染対策をきちんとやっています。病院に行くことで感染リスクが上がる訳ではありません。感染リスクを恐れるよりも、病院できちんと検査や治療を受けることが重要です。
会食などの場を控えたり、3密を避けたり、普段から感染対策をきちっとして、病院に行く時もきちんと感染対策をしていく。そうしておけば、病院へ行くことはあまり怖いことではありません。安心して受診してもらえればと思います」
■“第3波”で医療機関がひっ迫 診療制限の可能性も?
一方、新型コロナ感染者が増大している年明け以降の状況から、佐々木医師は新たな懸念を指摘する。医療機関が、治療や手術を見送るなどの「診療制限」を行わざるを得なくなる可能性があるという。
「いわゆる“第3波”が来て、病院としては本当に大変な状況にあります。コロナの入院患者が増えていることから、コロナの患者を診ながらがんの患者を診たり、他の病気の患者を診たりというのが非常に難しい状況になっています。
北里大学病院では、コロナの重症患者用のベッドがあるのは集中治療室ですが、集中治療室は通常、手術後の患者が1~2日間入る場所です。集中治療室がコロナ患者で埋まっていた場合、その場所に手術の患者を入れることが難しくなるので、結果的にがんの手術も延期せざるを得なくなってくる。一番最初に起こる診療制限として、そのようなことが考えられます」
佐々木医師がセンター長を務める集学的がん診療センターでは、「診療制限」が起きかねないギリギリの状態が続いているといいます。
「がん治療中の患者さんに対して医療機関側から「定期検査を一回飛ばしましょう」とか、「あなたの場合は手術を先延ばしにすることもできますよ」と言わなければならないような状況になってきていると感じます」
このまま感染者数が高止まりを続ければ、がんが見つかってもすぐには治療や手術を行えないという事態が起きる可能性も考えられる。コロナ禍の中、がん治療にはより一層冷静で慎重な対応が求められている。