コロナ禍でのダンサーたちの苦悩と挑戦
28日、東京・渋谷区にある新国立劇場で「谷桃子バレエ団」の公演「ALIVE」が始まりました。コロナ感染対策のため、空席を作りながら、収容人数の上限5000人以内に制限された観客。「ブラボー」などの歓声も禁じられていましたが、公演終了時には会場は万雷の拍手で包まれました。
ダンサーたちは、新型コロナウイルスの流行以降、自らの“存在意義”についてしばしば葛藤してきたといいます。「コロナ禍だからこそ“心の栄養を”」と、4人の振り付け家が「愛、喜び、悲しみ、つらさ、怒り」などを表現した今回の公演。今日を迎えるまでに多くの苦労がありました。(社会部 和田弘江)
■戦後に咲いた“バレエの花”
谷桃子バレエ団は、戦後間もない1949年にバレエダンサー・谷桃子さんが創立しました。当時は、食べ物も住むところさえも十分ではなく、生きることが精いっぱいな時代。そんな状況下で立ち上げた谷桃子バレエ団。「バレエ」という芸術が、人々に癒やしをあたえ、人間性回復へと向かう原動力になればとの思いだったといいます。
生前、谷さんはこんな言葉を残しています。「創立の頃は、焼け跡のアトリエで、とにかく停電がちの日々をロウソクの光で照らして稽古をした。窓ガラスの割れ目から吹き込む冷たい風に、バーを握る手が氷のように冷たくなり指が動かなくなるので、手袋をはめて稽古をした。寒くても、電気がなくても、稽古ができるだけで幸せだった。終戦を迎えた直後、焼け跡にいち早く花を咲かせたのは、バレエだった」
コロナ禍の28日、バレエの公演を行ったのは、そんな谷さんの意思を引き継いだダンサーたちです。今回の公演では、シェイクスピアの作品を原作とした「OTHELLO オセロー」、ロマンティック組曲「レ・シルフィード」を現代版にアレンジした「TWILIGHT FOREST」など4つの演目が披露されました。
4つの作品のうち3つは、コロナ禍におけるダンサーたちの葛藤やそれを乗り越えて挑み続ける人をテーマに作られ、こうした状況下だからこそ生まれた作品だといいます。
■バレエ団でワクチンの職域接種も!
公演できない日々が長く続いたため、バレエ団の運営は厳しい状況です。ダンサーの多くは、バレエ講師や飲食店のアルバイトなどもして生計をなんとか立てています。
ダンサーだけではありません。バレエは衣装、照明、大道具、音響など多くの人がかかわる総合芸術です。だからこそ、谷桃子バレエ団では感染対策を徹底。消毒、検温などの基本的な感染対策に加え、毎週行うリハーサルの度にダンサーやスタッフの抗原検査も実施。ワクチンの職域接種も行いました。
芸術監督の高部尚子さんは、「ワクチン接種は1つの安心材料。これでやっと、もう一歩進める」と話します。
■コロナ禍での新しいチャレンジ
創立者・谷桃子さんの「舞台は生で観るもの」という意思を引き継ぎ、バレエ団では、これまでDVDなど映像商品の販売は行ってきませんでした。しかし、長引く感染拡大の影響で、舞台に足を運べないファンが多くいるため、コロナ禍においては、初めてライブ配信を実施。今年1月に行われた「新春公演『海賊』」では、プリンシパル(最高位のダンサー)の三木雄馬さんが、自ら配信の指揮をとりました。反響が大きかったということで、今回の公演でも、ライブ配信が実施されています。
不要不急の外出自粛が求められる中、ファンからも「公演を中止にしないのか」という声が少なからずあがったといいます。しかし、ストレスの多い時代だからこそ、「“心の栄養”となるバレエ芸術が“不要”ではないということを伝えたい」とのスタッフやダンサーたちの思いは強くなったといいます。
バレエ団は今、戦後の暗闇の中で、バレエ団を立ち上げた創立者・谷さんの言葉を胸に「どのような苦難の中でも芸術の灯を絶やさぬ強さも受け継いでいく」と決意を新たにしています。
谷さんの教え子でもあり、芸術監督の高部さんは最後にこう話しました。「苦労してきたことが、大きな力となって発揮できる日が来ると信じて、前に進みたい」