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部活での体罰なくすには? 指導者の“学びほぐし”気づきを

2023年1月21日 1:07
部活での体罰なくすには? 指導者の“学びほぐし”気づきを

高校野球の強豪校で昨年の東京都大会で優勝した東海大菅生高校の野球部監督が、選手への暴力行為などがあったとして、日本学生野球協会から謹慎4か月の処分をうけた。このように部活動での体罰が相次いでいるが、教員やコーチの卵が通う大阪の大学では、暴力やパワハラのない指導法を学ぶ取り組みが続けられている。

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「選手と信頼関係にある指導者がボールを選手にむかって思い切りなげて、『キーパーの恐怖心をとってやる!』と言ったら、この指導はセーフ? アウト?」

大阪体育大学のゼミで学生に尋ねるのは、スポーツカウンセリングが専門の土屋裕睦(つちやひろのぶ)教授だ。この問いに対して学生は…。

女子学生「自分はなんとも思わないので、体罰だとは思わない」

土屋教授「そうか。鼻血出ても? これは自分を強くしてもらっているとあなたは思うと」

女子学生「はい」

別の女子学生「第三者が見て、違うなと思ったら、それは体罰。洗脳みたいな感じもあるかも」

意見を聞いたあと土屋教授は、「周りの生徒の恐怖感情を悪化させている。指導者とある選手の間で納得していても、周りの選手がいやだなあ、怖いなあと思ったら、それはハラスメントだね」と解説した。

この大学には全国大会優勝や日本代表に選ばれる学生も在籍。体罰を受けて、苦しんだことがある学生がいる一方、体罰や暴言も「強くなるためには必要だった」と考える学生もいる。

土屋教授は、一方的に教え込むのではなく、実例をもとに、学生に意見を出し合ってもらい、色々な見方を知った上で、自ら考える、気づきを大切にしているという。

土屋教授は、暴力やハラスメントのない「選手中心=プレーヤーセンタード」の指導法の研究を続け、いくつかの競技の日本代表やプロスポーツチームのメンタルコーチを務めているほか、指導者向けの研修を行い、文部科学省のスポーツ指導者の資質能力向上のための有識者会議の委員も務めた。

土屋教授に改めて部活の体罰について聞いた。

──そもそもなぜ体罰をしない方がいいのか教えてください。

土屋教授)体罰というのは明らかに人権侵害なので、法律違反ですよね。特に教師やコーチは、生徒や選手に対して、上の立場、優位な立場にある。よほど気をつけないと、彼らの人権を侵害してしまう。法律違反であるということが第一義だと思います。

心理学的に言うと、いくつか理由があって、体罰を使うと、すぐにその状況が好転する。急にやる気があるように見えるんです。しかし、それはやらされたものであって、選手の自主性は育たないし、長い目で見れば、子どもたちの心に深い傷を負わせる。スポーツは嫌だなとか、この先生怖いなと。長い目で見ると本当にデメリットの方が多いからです。その競技自体は好きなのに、やめてしまう子もいますし。

──しかし、体罰はなかなかなくならない。

土屋教授)体罰をすると、指導者側にいわばメリットがあるんです。選手がミスを繰り返していて、指導者が口頭で「集中しなさい」と。何度注意しても全然変わらない。ケガするんじゃないかと心配で。「何やってるんだ」と激しく怒鳴るとか、キャプテン呼んで、平手でパンとたたくと、空気が一変します。一生懸命やるようになりますよね。つまり、指導者側にとっては、すごくメリットがある。一瞬にして、状況を変える効果、即効性があるんですから。

もちろんそれは人権侵害、子供たちの心に大きな傷を残す方法なので、教育とか、スポーツの現場では絶対に使ってはいけないんです。

──そんなきれいごとでは勝てないよ、という声には、どう答えますか。

土屋教授)私も、全日本チームやプロ選手のメンタルコーチをしていて、命をかけて勝負しているアスリートをみていますので、勝つことの重要性はすごくよくわかるんですけど、そもそも、なぜスポーツをしているのかという根源に立ち返ると、その人の幸せや成長のためにスポーツをしているのであって、目の前の勝利のために、のちの人生にマイナスのもの、例えば、心に傷を負うような体験は、排除すべきだと思います。

──保護者や学校関係者が優勝を目指してほしい、少しでも強くなってほしいと過剰に期待することもある。

土屋教授)当然あるでしょうね。コーチの方々には、周りの利害関係者からの声がのしかかる。でも、スポーツはプレーヤーが中心で、アスリートセンタードという考えなんですけど、選手の人生が、豊かになることが何よりも優先されるものだと思います。

そして、何のためにコーチをしているのか考えていただくと、選手、生徒たちの将来を見据えた指導が必要だと気づいていただけるのではないか。

■トップダウンでなく、学びほぐしの中で気づく・・とは

土屋教授)学び合い、学びほぐしという感覚で、指導者の研修会をしています。今までは「これが正しいことだ」「この正しい知識を覚えてください」というトップダウンで教えていたことが多いんですが、トップダウンで習った知識はトップダウンで選手に伝えられることが多いと思うんです。

これからコーチを目指す人、あるいは今、コーチをやっている人の学びというのは、トップダウンではなくて、お互いに学び合うとかボトムアップのような考え方ですね。学び合って、学びほぐす。そこで「なるほど、こういうことか」という気づき、ふに落ちた経験が今度はアスリートや生徒との関係にいかされる。

そういう経験をしたコーチは、選手にも学び合い、学びほぐす経験を共有していけると思う。そういう期待を持ってやっています。

──とはいえ、やはり強くなるには厳しくしないとだめだ、生徒の感じ方に配慮なんかしていると、弱くなってしまうという考え方も根強いのでは?

土屋教授)もちろん頻度や強度が強い練習をして、試合に使えるスキルを身につけるわけですよね。ポイントは、それが強制されているのか、選手が強くなりたいと思って自らやっていくのか、です。たたかれたり蹴られたり、ハラスメントとか、強制的にやらされるとしたら、それは体罰です。

■選手の自主性、やる気

土屋教授)「選手の自主性が足りないんです」と嘆く指導者がいますが、自主性を伸ばす指導をしていないからでは? ずっと指示していたら自主性は伸びないですよね。

また「待っていても、主体性が育たない」とか「選手がやる気にならないんです」とおっしゃる方もいるが、そういう方はご自分のコーチングのスキルを是非見直していただいて、本当に選手の心に火がつくような指導ができているのか。それができないから、お手軽な方法として体罰とかハラスメント、暴言があると私は思っています。

本当にプレーヤーの心に火がつくような指導をするには、コーチも学ばないといけない。例えば、目標設定をどんなふうにすれば選手がやる気になるのか。どんな質問、どんな問いかけをしたら、心に火がつくのか。今日はあの選手はどうして集中していないんだろうと考える、タイミングをみて働きかける、場合によっては選手本人が変わるまで待つ・・・ものすごく時間や手間がかかるんです。

一方、体罰はすぐに選手の行動を変えることができる。しかし、そのメリットは指導者側にしかなくて、選手中心に考えたら、よりよい方法があるんじゃないかと私は思います。

■グッドコーチの方法は世界共通

土屋教授)指導法のモデルとなるカリキュラムを作る作業をお手伝いしたが、不思議なことに、日本の「グッドコーチ」を訪ね歩いて作ったカリキュラムは、国際的に認められている枠組みと非常に似ています。おそらく世界共通のスタンダードがあるような気がします。

アメリカも激しい勝利至上主義でしたが、女子体操の問題などもあって変わってきたし、日本がそういう世界の潮流に追いつきつつあるし、日本独自の良いものもあります。

■指導者が相談できる場を

土屋教授)不適切な指導が起きるには、機会、動機、正当化があると言われていて、そういったものをなくしていくことが重要です。たとえば体罰をする「機会」というのは、密室性などです。

仮に指導の現場を常にオープンにして、どなたでも自由に来ていいですよとしていくと、体罰、不適切な指導は、一気に減ると思います。

また、体罰をする指導者は何か「動機」があるんですよね。地域や学校関係者から、この部活を強くしてとプレッシャーがあると、ついつい不適切な指導をするといったことです。

それから「正当化」ですね。ほかもやっている、これぐらいやって当たり前だ、自分もそういうところで育ったから、というようなものです。

機会、動機、正当化をなくしていく環境作りが、必要。そして、スポーツにおける体罰被害者の相談窓口は充実してきたが、指導者側が相談できる場や研修する制度が整っていない気がします。

指導者が追い詰められないように、何か悩んでいる指導者がいたら、コーチングについて勉強できるような窓口があったり、相談機関があったり、そういう機会がもっと充実するといいなと思っています。

──体罰をした先生を追い詰めても、解決にはならないということでしょうか。

土屋教授)体罰の一番の問題は、罰で行動を変えようとすることです。体罰をした先生の行動を変えるために、罰しても意味がないんです。同じことなので、行動の仕方が。ですので、「罰をもって行動を変える」という発想そのものを変えることが必要だと思います。

体罰しそうになっている先生がいたら、その先生の知識が足りないのか、信念が間違っているのか。周りが十分に理解できていないのか。どこかに問題があるので。悩み、苦しんでいらっしゃる場合が多いんですよ。指導者への罰でなく、相談や研修できる場を増やすことが改善につながると思います。

■熱心で良い先生が体罰することも

体罰をする指導者には「良い先生」も多いです。懲戒処分など受けると、保護者や卒業生から「とても良い先生だから戻してください」と嘆願書が出ることもよくあります。生徒思いの熱心な先生なんです。しかし、その指導法がアップデートできなかったんだろうと。ずっとWindowsの古いバージョンを使っているようなものです。

でも、まだ遅くない、これから学べばいい。失敗の中に学びがあります。ある意味スポーツってそもそもそうですよね。失敗から学ぶようにできてるんで、コーチも同じなんだと思うんです。

■体罰を見たらどうすればいい?

この日のゼミでは、大学生が中学校などの部活動指導に加わった際、体罰を見たらどうすればよいか、という話題も。

ある学生は、体罰をした指導者に「どうしてたたいたのですか」と問うと述べた。

土屋教授は、「いいですね!『先生、今のは体罰ですよ!』と責めるのではなく、お互いに話をして、学び戻すという関係がいい。その先生は熱意を持ってずっとやってきた。いいところもいっぱいあるんだけど、怒鳴る、強制するやり方を考え直してもらうしかない。でもそれはすごく難しい」

学生が「難しいです」と応じると土屋教授は「だけど、あきらめずに言い続けることが大事だと思う」と語った。

土屋教授もスポーツの現場や指導者研修などで、「どうしてああいうふうにされたんですか」「どういうことを考えていらっしゃるんですか」などと質問するという。

「指導者、コーチ同士リラックスして、学べる時間って必要ですよね。安心して語れる状況を作って、鎧(よろい)を脱いでいろいろ話す。体罰は駄目だと百回言うよりも意味があると思う。自分が考える幸せ、うれしかったこと、悔しかったことについて語る。自分が大事に思っている選手の将来について語るとか、そんな時間がとても大切じゃないかなと思いますが、どうですか?」

この問いかけは、学生だけでなく、スポーツ界、教育界に投げられている。