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“なぜ追い詰めた”手紙に記された答え 再発防止へ『指導死』で娘を失った母親の闘い

2023年10月12日 18:48
“なぜ追い詰めた”手紙に記された答え 再発防止へ『指導死』で娘を失った母親の闘い
『指導死』で娘を失った母親の闘い

3年前、福岡市東区にある博多高校の剣道部に所属していた1年の女子生徒が、部活動での不適切な指導を苦に自ら命を絶ちました。女子生徒の母親は12日午後、当時の剣道部の男性顧問2人との間で和解が成立したことを明らかにしました。

侑夏さんのように、教員の不適切な指導を苦にして子どもが自ら命を絶つことは、遺族や専門家の間で『指導死』と呼ばれています。“娘と同じ苦しみをもう誰にも背負わせたくない”という一心で、侑夏さんの母親は長い闘いを続けてきました。

■侑夏さん(中学校卒業時)
「3年間の最後を6組で過ごせて 本当によかったです。1年間ありがとうございました。」

3年前に福岡市内の中学校を卒業した侑夏さんは、責任感が強く、困った人には手を差し伸べる優しい女の子でした。

母親の影響で、幼いころから打ち込んでいた剣道は2段の腕前です。剣道部の特待生として、福岡市東区の私立博多高校に入学しました。

■侑夏さんの母親
「チェック柄を見ると、すごく侑夏を思い出しますね。」

高校の部活動のために竹刀や防具を新調していました。しかし、侑夏さんは使い込むことなく、入部からわずか3か月後、剣道部の男性顧問2人による不適切な指導を苦に、自ら命を絶ちました。

「貴様やる気あんのか!」「そんな試合するなら試合出させんぞ」などとしつこく暴言を浴びせたのは、若手の男性顧問Aです。男女一緒の過酷な稽古に加え、竹刀で強く打ったり、何度も地面に倒したりと指導は暴力的だったといいます。

こうしたAの行為を黙認したのは、年長の男性顧問Bでした。侑夏さんの母親から相談を受けても、何の手立ても講じませんでした。

「部活ていう存在が死にたい原因なのにね」「死ぬために学校休んだ」「誰が悪いって心が弱い私が多分悪いです 迷惑かけてわがままばっかでごめんなさい」というメッセージを、3年前の8月、思い詰めた侑夏さんがSNSに残しました。帰らぬ人となったのは、この直後のことでした。

『指導死』の責任を追及するため、侑夏さんの母親は闘うことを決意しました。民事裁判を起こそうとすると、博多高校は事実関係を認め、去年10月に和解が成立しました。すでに高校を退職していた当時の剣道部の男性顧問2人にも、謝罪と賠償を求めてきました。

時を置かず謝罪の言葉が届きました。『なぜ、娘を追いつめるような指導をしたのか』という母親が最も知りたかった疑問の答えが、顧問Aの手紙に書かれていました。

■侑夏さんの母親
「(顧問Aは)顧問の先生からのプレッシャーの中、自分もすごく高校時代はきつい思いをしたと。」

自分が受けた暴言や暴力的な稽古のイメージを引きずって指導をしていたこと、そうした指導を受ける生徒の気持ちを考えていなかったこと、自分の指導が原因で生徒が自ら命を絶つとは思ってもみなかったことなど、後悔の気持ちが文面に表れていました。

顧問Aとは、直接会って率直に話をしたといいます。

■侑夏さんの母親
「二度と同じことをしないように、また自分の周りでそういう先生がいたら止める勇気を持つというようなことを言っていただいた。良心の呵責にさいなまれることになると思うけれど、それが償うということだと思うので。」

顧問AはFBSの取材に対し、「教員になって以降、侑夏さんが死を選ぶまで、指導の見直しにつながるような学びの機会はなかった」と答えました。

一方で、顧問Bに対しては、次のように述べました。

■侑夏さんの母親
「私は正直、期待はしてないですね。一人の生徒が命を絶ったということを、本当に真剣に考えているのかなと。」

「顧問Aに指導を任せきりにしていた」「責任を放棄していた」といった言葉に、自分も加害者だと分かっているのだろうかと、不信感を持ったといいます。

■侑夏さんの母親
「本人が子どもを傷つけるような言葉を気づいていない以上は、やっぱり指導に関わってほしくないと思います。」

ことし6月までに母親と当時の顧問2人との間でも和解が成立しました。ただ、顧問Bに対しては、剣道の指導に今後一切関わらないことを和解の条件としました。

責任を認めていた博多高校は再発防止のため、新たに入学してくる生徒に侑夏さんの身に起きた出来事を伝えるとともに、教員が適切な指導について学ぶ機会を新たに設けています。

■侑夏さんの母親
「今回和解していますけど、『許します』じゃないんですよ。『再発がないことを期待します』っていうだけであって。うちの娘のような思いをする子が一人もいなくなればと思っていますね。」

命を絶つ半年前に侑夏さんが母親にあてた手紙には「15年間、育ててくれてありがとう」と綴られ、大好きな母親への感謝と剣道への熱い思いがあふれていました。

それほど仲良しだった母と娘は、これからもずっと一緒に年を重ねていくと思っていました。

■侑夏さんの母親
「やっぱりどうしても自分の中では和解したからって、娘が帰ってくるわけではないって思いはずっとある。私がそっちに行くときまで見守っててねって、それだけですね。」

“娘と同じ苦しみをもう誰にも背負わせたくない”という思いを胸に、母親は長い闘いの果てに、『指導死』の責任の所在を明らかにし再発防止を約束させました。

「ママ、頑張ったよ」と侑夏さんに報告できる日がようやく訪れました。

政府が毎年行っている『児童生徒の問題行動・不登校調査』で、昨年度から『指導死』も調査対象となりました。その調査結果が10月に発表され、全国で2人の児童・生徒が不適切な指導を受けた中で、自ら命を絶っていたことが報告されています。

専門家によりますと、平成以降の30年あまりで、『指導死』にあたるケースは少なくとも109件にのぼるとみられ、『指導死』の実態を国レベルで把握しようという動きがようやく始まった形です。(未遂15件を含む)

侑夏さんを追い込んだ男性顧問の一人は、自分自身が高校時代に経験した暴言や暴力的な指導のイメージを引きずり、生徒にも同じように不適切な指導を行っていたことに、侑夏さんが命を絶つまで気づいていませんでした。

そうした負の連鎖を断つためにも、正しい指導法を教員が学べる機会を確保することが求められています。

心の不安や悩みを誰かに話したいと思ったときには相談窓口に連絡することができます。

ふくおか自殺予防ホットライン 092-592ー0783
福岡いのちの電話 092-741ー4343
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