「同じ気持ち背負う仲間…」 大震災“語り部”の元女将 被災地の能登に寄り添う思い
この日、炊き出しが行われていた珠洲市の大谷地区を訪れた1人の女性。
「孫子のために私たちも生き抜かなきゃね」
「頑張らないとね」
「そうそうそう」
岩手県釜石市で父が開いた宿「宝来館」を、女将として切り盛りしてきた岩崎昭子さんです。
岩手の旅館「宝来館」・岩崎 昭子 さん:
「津波はね、土台ごと持っていくので何にも無くなる。本当にきれいに掃除しましたっていうくらいに、土台ごと海に持っていくので」
14年前の東日本大震災。あの日、避難していた裏山を一旦降りて、駐車場に集まっていた住民を避難させようとした矢先…
「早く来て。早く上がって来て」
津波にのまれました。
「来た、来た、来た。早く、早く、早く、早く。ほら早く、早く」
岩崎 昭子 さん:
「渦みたいに流れたの。入って、真っ暗だったんだけど。『私こうやって死ぬんだな』ってね、冷静になんか考えていたの」
岩崎さんは、なんとか裏山に這い上がりましたが、その場を離れた3人の従業員が命を落としました。
「お魚のみりん、どうぞ」
地域の避難所となった宿では、多くの人が寒さとひもじさをしのぎました。
「あ~、彼氏と離れるの辛いねぇ」
ボランティアの助けもあってなんとか宿を再建し守り続けてきた岩崎さん。
あの大震災から14年。今回、交流のあった学生ボランティアと一緒に、当時を知る語り部として珠洲を訪れました。
岩崎 昭子 さん:
「何があったか分かんないくらいにもう残らないんですよ。ほんとに家やったかっていうぐらいにね、一瞬に全部引き波でもってかれるので」
そこには震災の記憶を語り継ぐ一方、こんな思いもありました。
岩崎 昭子 さん:
「今ごろ皆さんのところに来てしまったんですけど、一緒にがんばる気持ちを分けてもらいたくて来たっていうのが本当の気持ちなんです。私も一から皆さんと一緒」
被災者:
「遠い所から来てもらえて元気もらえるよね」
お互いに元気でいるために… 岩崎さんは、多くの人に支えてもらった分だけ、同じ被災者としてこれからも能登に寄り添いたいと願います。
岩手の旅館「宝来館」・岩崎 昭子 さん:
「私も少しわかるよっていう、そんな気持ちだけなもんですから、一緒に何か同じ気持ちを背負っていくような、そういうお仲間でいたいなと。こういう恩返しのつながりがずっといろんな事でつながればいいなと思います」