にぎわい象徴した“夢のプロムナード”が58年の歴史閉じ解体へ…「文化を担った空間だったと思います」ライブやワークショップで市民が別れと感謝 青森県八戸市
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3月末で閉館、解体される予定の八戸市中心街のテナントビルです。
58年の歴史を閉じる前にライブイベントや1日限定の感謝祭が行われ、別れを惜しむ人たちでにぎわいました。
八戸市六日町のテナントビル「いわとくパルコ」。
4階で営業するカフェバー「パトリ」を会場に、きのうは階上町出身のシンガーソングライター古屋敷裕大さんたちが料理と歌を楽しむ31回目の「昼のみ部」を行いました。
ゲストに招かれた南部町出身の坂本サトルさんも思い出を語りました。
★古屋敷裕大さん
「このビルの存在っていうのは?」
★坂本サトルさん
「いわとくパルコはランドマーク的な感じですよね当時から」
いわとくパルコは1966年八戸市中心街に建設された4階建ての複合ビルで、当時は「夢のプロムナード」と言われていました。
所有者が亡くなり2022年に所有会社が破産するまで40軒を超えるテナントが入居し、街のにぎわいを象徴する建物でした。
★カフェバー パトリ店主 佐々木亜裕美さん
「いろいろなことを自由にさせてもらった なかなか街なかでこんなことができるビルがないので、すごくありがたいしもったいないなと」
先週には1日限定の感謝祭も行われ会場はにぎわいました。
広い和室の空き店舗ではライブが行われ、シャッターに自由に絵を描くワークショップも。
子どもたちに絵の手ほどきをする大学教員も、かつてのにぎわいに刺激を受けたひとりです。
★八戸学院大学短大部 差波直樹 教授
「私自身は高校時代にこの周辺のいろいろな路地をあっちいったりこっちいったりしながら本当に駆け巡った記憶があるんですね」
「そこの最後をこうしてみんなが集まってわいわいできるというのはとても楽しいイベントだと思います」
絵画教室などに使われた3階の「おらん洞」跡では、若手料理人4人が地元食材を使ってパスタ料理の速さを競うパフォーマンスを披露。
大勢の人たちがときには笑い、ときにはプロの技術に驚きながら仕上がりに感心して拍手を送っていました。
★キッチン オラレ コウタ シェフ
「終始寂しいですね結構お世話になったお店も多かったので遊び場が減るなと思っていますね この先どうなるかわからないですけれど」
「人が自然と出てくるような街になればよいと思って、それに直結するような何かができたら楽しいかなと思いますね」
メインイベントはいわとくパルコのゆかりを知る人たちが思い出を語るトークショーです。
地元の画家が営んでいた民芸品店やアートイベントを仕掛けたスペースなど、かつては文化の拠点であったいわとくパルコ。
それぞれが思い出話を披露しながら、この建物が地域で果たしてきた役割などを語り合いました。
★石万 石橋司 代表
「八戸の中心街における文化を担った空間だったと思います。『はっち』ができる前にこういう民間でこういう空間があったということはひじょうに誇らしいことで、それを皆さんと話をしてそれでこのいわとくパルコに感謝したいと」
★六日町商店街振興組合 松井正文 理事長
「生まれも育ちもここなのであって当たり前という感じなのですけれど、本当に閉鎖するところは残念だなと思いながら、そうすると古い話を思い出しちゃうんですよねいろいろ」
きのうも店に入りきれないほど多くのファンが坂本サトルさんの歌声に耳を傾けながら、懐かしの場所に別れを告げていました。
★企画した古屋敷裕大さん
「さよならじゃないですけど自分なりの送り出すというか そしてまた新しい建物にどういうものになるのかという期待も込めてやらせていただきました」
市民の思い出がつまったいわとくパルコ。
来月末でその役目を終え、閉館後は解体されて再開発を待ちます。