長岡空襲から79年 平和願う「白菊」打ち上げ 空襲を経験した人の思い《新潟》
長岡空襲から79年となった8月1日、長岡の夜空に平和への願いが込められた花火「白菊」が打ち上がりました。
長岡空襲が始まった午後10時30分。
白一色の花火が3発、夜空に咲きました。
亡くなった人々への慰霊と平和への祈りが込められた「白菊」です。
空襲を経験した伊丹功さん。当時6歳でした。
〈伊丹功さん〉
「真っ暗でしたから逃げた時はね、街灯もなかったから」
1945年8月1日、午後10時30分、アメリカ軍の空襲により市の中心部は焼け野原に。1488人が命を落としました。
あの日から79年…
空襲から逃げようと多くの人が飛び込み命を落とした柿川では犠牲者を悼み灯ろう流しが行われました。
〈犠牲者遺族 谷芳夫さん〉
「焼夷弾の飛び散った油がこの川に落ち、そして引火して炎を上げて流れる柿川になったのです。大勢の市民がこの柿川で亡くなったのです。ご冥福をお祈りします」
水面を照らすほのかな灯り…あの日を思い、静かに手を合わせます。
〈灯籠流しに参加〉
「爆弾を落とさないようにみんなでケンカなしでみんなで一緒に優しさに包まれて一緒に世界のみんなと生きていたい」
「とにかく平和であってほしいなという思いで流しています」
「日本だけでみたら戦争は起きていないと思うんですが世界で見たら戦争が起きているので世界単位で日本くらい平和になればいい」
空襲を経験した伊丹功さん。
家族は無事でしたが、あの日の記憶はいまも重く心に残ります。それでも…
〈伊丹功さん〉
「今は平和になったからそれを思い出せる。私たちが怖い怖いと逃げ回った思想が世界にまだあるお互いに侵略しあう。どちらも自分たちとしてはいいことだと思ってぶつかるわけですけれどそれがなんとか解決できないものかなと思いますね」
夜空に手向ける菊の花。
込められた願いを忘れてはいけません。